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コラム
第13回 『梨泰院クラス』の復讐法にみる韓国株式会社の現在
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051815
2020年8月
(3,275字)
緊急事態宣言による巣ごもり期間以降、韓国ドラマが再び人気を集めている。特に、『愛の不時着』とともにNetflixの視聴ランキングで上位を維持しているのが『梨泰院(イテウォン)クラス』である。不正を暴き、父親を死に追いやった相手を最後に土下座させるというストーリー展開から、『韓国版半沢直樹』とも呼ばれている。しかし、その復讐劇には現代韓国の株式会社のあり方が色濃く反映されている(以下、ネタバレあり)。
外食産業での成功を目指す
『梨泰院クラス』の舞台は韓国の外食業界である。主人公セロイは元同級生のグンウォンが起こした交通事故により父親を亡くす。グンウォンは、外食産業最大手の長家(チャンガ)会長チャン・テヒの長男である。チャン・テヒは権力を利用して息子の事故への関与を隠蔽してしまう。復讐を誓うセロイは、長家と同じ外食産業での成功を目指し、多様な若者が集う街であるソウル・梨泰院に居酒屋「タンバム」をオープンさせる。若いが類い希なる才能をもつイソをマネージャーとして迎え入れ、メニュー開発をはじめ店舗インテリアやマーケティングなどに力を注いだ結果、タンバムは超人気店となる。途中、店舗の立ち退きを余儀なくされたり、フランチャイズ化のために募った外部からの投資が直前にキャンセルされるなど、いずれもチャン・テヒの計略によってタンバムは危機に陥る。しかし、そのたびにセロイは困難を乗り越えて、タンバムを外食大手企業IC(Itaewon Classの略称)にまで成長させることに成功する。
セロイのもとにはイソの他に、元暴力団員、トランスジェンダー、黒人とのハーフなど韓国社会のマイノリティが集い、互いの信頼によって店を大きくしていく。それは、人を裏切り、切り捨てながら長家を大きくしていったチャン・テヒとは対照的である。仲間同士の友情、そして恋模様がストーリーの核であり、会社名、さらにはドラマのタイトルを『梨泰院「クラス」』としている所以である。
復讐劇の舞台としての株主総会
しかし、半沢直樹が目的のためには恫喝も厭わないように、セロイも復讐のためにときに冷徹な一面をのぞかせる。実はセロイの復讐劇は、仲間同士の信頼で築き上げていくタンバムやICとは別に進行する。そのためにセロイにはもうひとりの仲間が存在する。高校時代の同級生でファンドマネージャーのホジンである。ホジンはセロイから父親の死亡保険金などを託されて資産運用をおこなっている。セロイはホジンに指示して長家の株式を買い増して、宿敵チャン・テヒ会長の経営を揺さぶろうとするのである。
とは言っても、セロイひとりではチャン会長に脅威を与えることは不可能である。そこでセロイはホジンを通じて長家のカン・ミンジョン専務に接近する。カン専務はチャン会長が長家を創業した際の共同経営者の娘であり、チャン会長が長男のグンウォンに経営を継がせることに不満を持つ長家幹部からの信任が厚かった。しかし、株主のなかでは会長派とカン専務派それぞれの持ち株比率には12%の差があった。セロイはカン専務に対し、長家の株を買い増すので株主総会で会長を解任して後継者にならないかと持ちかける。途中でセロイはタンバム存続のために長家株を一部手放さざるを得なくなり、計画は一時頓挫する。
しばらくして息子グンウォンがまたも不祥事を起こしてチャン一家に社会的な批判が殺到すると、セロイはホジンを使って他の株主に働きかけて、再び臨時株主総会でのチャン・テヒ会長解任を目論む。しかし、土壇場でチャン会長がグンウォンへの後継路線を放棄すると宣言したために解任案は否決され、カン専務は本社から追放される。それでも諦めないセロイは、今度は腹心であるイソを社外取締役として長家に送り込むべく株主の多数派工作をおこなう。これに対してチャン会長は、グンウォンの腹違いの弟グンスを新たに後継者に指名する。グンスは海外株主の票をとりまとめることに成功し、イソ選任案は株主総会で否決されてしまう。このように『梨泰院クラス』では、株主総会でのプロクシー・ファイト(株主の委任状集めをめぐる争い)が復讐をめぐる攻防の舞台となっている。
韓国における投資ファンドの台頭
長家が株主としてのセロイの攻撃にさらされるのは、長家が株式を公開しているうえに、チャン・テヒ一家が最大株主とはいえ持ち株比率が決して高くないからである。これは近年の韓国の大企業の特徴でもある。韓国の大企業の大半は、最大株主が直接経営をおこなう、いわゆるオーナー経営である。しかし、多くの企業は株式を公開しており、サムスンや現代自動車など大財閥の場合、オーナーの持ち株比率は家族と合わせても数%にすぎない。グループ企業のあいだで株式を持ち合うことによって経営権を防御しようとしているが、企業によっては決して十分とはいえない。
それでも従来は、一部の海外ヘッジファンドが韓国企業の経営に介入しようとする例はあったものの、国内の外部株主の存在感は薄かった。ところが近年、韓国内でも金融資産が蓄積されて資本市場が成長するにつれて、『梨泰院クラス』のホジンのようなファンドマネージャーがみずから投資ファンドを立ち上げるようになっている。なかには物言う株主として経営に関与しようとするファンドも出始めている。その代表的な例はKCGIである。同ファンドは元証券会社勤務のカン・ソンブが設立した、コーポレートガバナンスの改善による企業価値の向上を投資目的にうたったファンドである。
韓進グループをめぐるプロクシー・ファイト
KCGIが一躍注目を浴びるようになったのは、大韓航空を傘下に持つ韓進グループへの投資である。KCGIは2018年11月に韓進グループの持ち株会社的役割を担っている韓進KALの株式9%を取得したと発表した。翌2019年1月には持ち株比率を10.8%まで引き上げた。そのうえで同年3月の株主総会で自らが推薦する社外取締役の選任を図った。
これは否決されるが、その直後の2019年4月に韓進グループのチョ・ヤンホ(趙亮鎬)会長が急逝してしまう。代わって長男のチョ・ウォンテ(趙源泰)が会長に就任すると、長女のチョ・ヒョナ(趙顕娥)との対立が顕在化した。チョ・ヒョナとは、2014年にアメリカの空港で客室乗務員のナッツの出し方が悪いとして離陸直前の旅客機を引き返させた、あの「ナッツ姫」である。KCGIは韓進KAL株式を保有するチョ・ヒョナと組んで、やはり株式を保有する半島建設とともに三者連合を形成した。三者連合は2020年3月の株主総会において専門経営者中心の新たな経営陣への交代を提案して、チョ・ウォンテ会長を中心とした現経営陣とプロクシー・ファイトを激しく展開した。結局、株主総会は現経営陣の勝利に終わったが、三者連合は引き続き現経営陣と対決していく姿勢を明確にしている。
『梨泰院クラス』の物語は、長家の経営破綻に直面したチャン・テヒ会長が会社存続のためにセロイに土下座するも、株主総会の決議によって長家がICに吸収合併されて幕を閉じる。韓国の会社=オーナー万能という固定観念をもつ我々に、外部株主のプレゼンス上昇という近年の急速な変化を本ドラマは教えてくれている。
写真の出典
- NewsInStar, 한국어: 30일오후서울시영등포구T T새T JTBC새태원 '이태원클라쓰'제작발표회가박서준유재명박서준、김다미、유재명권나라가기자기자하고있다있다(CC BY 3.0).
著者プロフィール
安倍誠(あべまこと) アジア経済研究所新領域研究センター長。専門は韓国企業・産業論。おもな著作に、『韓国財閥の成長と変容――四大グループの組織改革と資源配分構造――』岩波書店(2011年)、『日韓関係史Ⅱ 経済』(共編著)東京大学出版会(2015年)など。
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