記事のポイント
- 国連に提出する次期NDC(温室効果ガスの国別削減目標)案が大詰めを迎える
- 国連は今回のNDCを「今世紀、各国が作成する最重要文書」と位置付ける
- 野心的なNDCを求める声は、医療界、アウトドア業界など各方面からも
日本の次期NDC(温室効果ガスの国別削減目標)案の策定が大詰めを迎える。国連は今回のNDCを「今世紀、各国が作成する最重要文書」と位置付ける。11月25日に政府が2035年度に「13年度比で60%削減」の目標案を示すと、国内外から「1.5℃目標に整合しない」との批判が相次いだ。産業界や環境NGO、若者有志団体、医療界、アウトドア業界など、各方面から野心的な目標策定を求める声があがる。(オルタナ副編集長=北村佳代子)

■国連「NDCは今世紀、各国政府が作成する最重要文書の一つ」
国連UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組み条約)のサイモン・スティル事務局長は12月12日、日本記者クラブ主催の記者会見の冒頭で、各国政府が作成する新たなNDCは、「今世紀、各国政府が作成する最も重要な政策文書の一つ」だと強調した。
スティル事務局長は会見で、世界の気候変動対策が大きく前進した京都議定書にも触れ、こうした国際協調のプロセスがなければ、「人類は、(気温上昇が産業革命前から)5度という危機的な温暖化への道を歩んでいただろう。(中略)現状でも、約3度の温暖化という深刻な軌道にある」と述べた。
そして、今の温暖化の軌道では、「日本を含むすべての国の経済と国民の暮らしに甚大な影響を及ぼすことは避けられない」とし、「気候変動対策を次の段階へと進めることは、日本自身の国益そのものであり、2兆ドル(約300兆円)規模に拡大するクリーンエネルギー市場の恩恵を、日本の産業界と国民が最大限に享受できるよう、今こそ行動を起こすべき時だ」と力を込めた。
欧州気象情報機関のコペルニクス気候変動サービスは11月、2024年の気温は昨年をさらに上回り、観測史上最高となることが「確実」だと発表した。2024年は暦年で、産業革命前の水準より1.5℃以上高くなる見通しだという。
NDCは「国が決定する貢献」だ。日本がまだ正式にNDCを提出していないこともあり、スティル事務局長は、これまでの慣行にならい、個別の国の状況についてのコメントは差し控えた。
しかし、「良いNDC」についての考え方について問われると、「1.5℃目標に足並みを揃えることだ」と回答した。それはすなわち、2030年までに温室効果ガス(GHG)を2019年比で43%削減、2035年までに2019年比で60%削減する水準だ。
スティル事務局長はまた、世界が排出するGHGの8割がG20によるものであることに言及し、これら20カ国には特に最大限の努力を通じて野心的な目標を策定するよう期待すると加えた。
11月下旬に日本政府案として示された「2035年まで60%減」は、「2013年比」での目標数値だ。基準年を世界と同じ2019年で引き直すと、「2035年までの66%減」が、1.5度目標に整合する最低ラインとなる。

(Photo)UN Climate Change/Lucia Vasquez-Tumi
■野心的な目標を求める声、各方面から
11月25日に「2035年までに2013年比で60%減」とする政府案が示されると、国内外から「1.5℃目標に整合しない」との批判が相次いだ。
200を超える企業・団体で構成するネットワーク「気候変動イニシアティブ(JCI)」や、「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」のほか、若者有志団体なども、政府に対して1.5℃目標に整合したNDCの策定を要望した。
(参考記事)・236社・団体:「1.5℃目標」に整合する気候政策を政府に求める
・日本のNDC案は1.5℃目標に整合せず、国内外から批判相次ぐ
・「35年に60%減は不十分」、若者が石破首相らに署名提出へ
■アウトドア業界も「1.5℃への整合」求める
登山、キャンプ、スキーなどのアウトドア・コミュニティは、2024年10月から、日本政府に対し1.5℃に整合したNDCの策定を求めてきた。
自然に根差し、自然と触れ合う機会を提供するアウトドア業界は、他の産業以上に、気候変動の脅威とその影響を身近な変化として感じやすい。
豪雨災害による土砂災害や、甚大化した台風・集中豪雨は、登山道に大きな被害をもたらす。温暖化による冬の雪不足は、来場者の減少や営業期間の縮小につながり、倒産するスキー場が日本をはじめ、米仏でも増えているという。
アウトドア・コミュニティは、NDCや第7次エネルギー基本計画などでの「1.5℃⽬標との整合」を求めると同時に、意思決定プロセスについても、気候変動の影響を現に受けている⼈の声を反映させる仕組みづくりが必要だと訴える。
■医療界からは「NDCに健康の視点を」
政府に野心的なNDCを求める声は、医療界からも届く。
気候変動問題は、人々の健康問題にも深刻な影響を及ぼす。感染症の拡大、メンタルヘルスの悪化、熱中症、栄養失調、山火事による被害のほか、気象災害による身体的・精神的ストレスも問題だ。
(参考記事)・熱中症による高齢の死亡者数、2023年は90年代の3倍近くに
特定非営利活動法人日本医療政策機構は12月9日、政府が2025年に提出するNDCに、健康の視点を反映するよう、政策提言を出した。
日本医療政策機構によると、2022 年時点で、193カ国中175カ国(91%)のNDCは健康への配慮を盛り込んでいる。同機構は、日本のNDCにも、気候変動による健康影響を記載の上、健康影響を抑制するための緩和策を示すよう提言した。
健康影響を抑制するためにも、「1.5℃目標」に整合した目標設定が必要だとしたほか、地球環境と人間の健康とが相互に影響し合うメカニズムをもとにプラネタリーヘルス(地球の健康)を考えると、気候変動は「1.5℃」よりさらに厳しい「1℃」を目標とする必要があることも示唆した。
■第7次エネルギー基本計画にも影響
NDCの野心度は、現在策定中の次期エネルギー基本計画における電源構成にも影響する。
12月9日には、2040年度の発電量全体に占める再エネ比率を4~5割、原子力発電を2割、火力を3~4割程度とする最終調整案が明らかになった。
再エネ比率を、2040年度に「最大電源」と謳いながらも、2030年度目標(36~38%)から10年間で4~5割止まりとなる数値について、米国立ローレンス・バークレー研究所の白石賢司・研究員は「衝撃的に低い数字で驚いた」と「X」に投稿した。
また、福島第一原発事故からわずか十数年で、原発へのスタンスを変更する点などにも疑問の声が上がる。
NDC案の審議の過程では、「結論ありき」の進め方に、審議会委員からも疑問の声が出た。
日本政府は、科学のエビデンスに基づき、透明性をもって「今世紀、作成する最重要文書」を策定し、先進国としての責任を国際社会に示していくことが問われている。
(参考記事)・日本で原子力発電ができなくなる「2030年問題」とは
・揺れるGHG目標(上) 「結論ありき」の審議会に疑問の声相次ぐ
・揺れるGHG目標(中) 問われる審議会のガバナンス