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2024年7月に作成された投稿

2024年7月31日

「"喉仏" の骨」という謎が解けた

義父の葬儀を終えて戻ってきた。妻の実家の仙台はまだ梅雨が明けていないということだったが、日中は 32〜33℃ ぐらいに気温が上がり、地元の人たちは「暑い、暑い」とこぼしていた。しかし前日に 38℃ の酷暑を潜り抜けた私と妻には、むしろ凌ぎやく感じられたのだった。

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そしてつくばの自宅に戻ってみると、二日近く閉めっぱなしだったため、家の中はむっとする暑さで、壁という壁は触ると熱い。ソファも座ると尻と背中が熱い。窓を開け放して風を通した後でエアコンを作動させると、ようやく人の生きられる環境になった。

ところで今日のトピックは、「"喉仏" の骨」ということだ。肉親の遺体を火葬に付すと親族が遺骨を骨壺に収めるわけだが、火葬場のスタッフが頭蓋骨の下辺りにある小さな骨を指してうやうやしく、「こちらは "喉仏" の骨ですので、まず喪主の方がお取りください」などと言うのがお約束のようなのである。

私はこれまで何度か火葬に立ち会い、とくに父が亡くなった時は自らその「"喉仏" の骨」を箸で拾い上げたはずなのだが、「喉仏は骨じゃないから、お骨として残るわけないんだがなあ」と不思議に思っていた。あれって、本当はどこの骨なんだろう?

で、今回ばかりはその不思議さが頂点に達してしまい、昨夜インターネットで検索してみたのである。すると案外呆気なく見つかったのが、専門学校仙台医療大学校の「喉仏(のどぼとけ)の正体」というページだった。今回は仙台での葬儀だったのだから、これも奇しき因縁というものである。

このページの説明に寄れば、いわゆる「"喉仏" の骨」というのは脊椎骨(背骨)の上から 2番目の骨で、正式名称は「軸椎」というのだそうだ。フツーに言うところの「喉仏」というのは「甲状軟骨」なので、火葬すれば燃えてなくなってしまうというのである。

で、何でまたこの「軸椎」を「"喉仏" の骨」と称してありがたがるのかといえば、上の写真にあるように、人が合掌しているような形で残るからなのだそうだ。なるほど、そう言われてみれば、ほんの小さな骨だがそんな風に見える。

というわけで、今回は長年の疑問が呆気なく解けてしまったというお話なのであった。知らないことは死ぬ前に調べてみるものである。死んでからでは遅いものね。

 

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2024年7月30日

義父の葬儀が終わった

義父の葬儀が終わった。今朝早く自宅を出発し、常磐高速道をひた走りに走って妻の実家に到着。午前 10時からの葬儀を済ませ、その後に火葬も済ませた。全て終わったのは午後 4時。さすがに少し疲れた。

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戒名は「壽照義安信士」と付けてもらったようだ。なかなかいい名前である。ちなみに、命日は 7月 27日で私の誕生日の翌日。これなら忘れようがない。

明日は途中で用を済ませて自宅に帰らなければならないので、結構な強行軍。今日のところは、これにて失礼。

 

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2024年7月29日

義父(妻の父)が大往生を遂げる

昨日の朝、妻の弟から義父が亡くなったとの知らせが入った。死因は「老衰」で、97歳(あと 1週間生きれば 98歳になるところだった)での大往生だった。

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これで、我々夫婦の親世代は 4人とも亡くなったということである。叔父、叔母の世代もすっかりあの世に行き、妻には年上のいとこが何人かいるが、私はいとこの中でも最年長なので、親戚の中でも一番年上の世代ということになってしまった。

明日の早朝、葬儀のために仙台に出発する。今日はその前にこなしておかなければならない用をこなし、明日の準備もしなければならないので、結構大忙しである。

というわけで今月中(といっても、今日を含めて 3日間だけだが)は、このブログも簡単な更新で、それほどヘビーなことは書けないと思う。

以上、報告まで。

 

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2024年7月28日

「どうぞよろしく」を英語で言うと?

Quora に "「どうぞよろしく」という言葉を英語に翻訳するとしたら、どのように言うのが適切でしょうか?" という質問があり、「文脈によって訳し分ける」という模範解答のほかに「訳さないかも」とかいうのもあるので、「そうだよなあ」と笑いつつも共感してしまった。

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「どうぞよろしく」という日本語はとても便利な言葉で、大抵の場合はそれでさらりと済んでしまうのだが、じゃあ英語でどう言ったらいいのかと言われたら訳しようがない場合が多い。元々それほど具体的な意味のある言葉じゃなくて「雰囲気のもの」だし。

Quora には時々似たような趣の質問がアップされることがある。"「あらよっと」は英語で何ですか?" とか "「ウケる」って英語で何と言いますか?" みたいなヤツだ。

そのまま直訳すれば通じるとか、日本語独特の言い回しに完全に対応するイディオムみたいなものが英語にもあるだろうなんて考え違いをしている人も案外多い。翻訳に難儀するのはそんなところから出た言葉だ。

例えば「紅一点」という日本語にはそれなりのニュアンスというものがある。しかしそれをフツーに "only woman in the group" なんて訳してしまうと、「それが何か?」で済めばまだいい方で、「なんで女性が一人しかいないの?」とか「男女平等に反する」なんて話になりかねない。

思えば日本語というのは、その場を無難に切り抜けるにはとても便利だが、英語はよくも悪しくも具体性を重視する言葉なので、多少面倒なところがある。このことに関しては、昨年 2月 25日付の "世界の「よいしょ、どっこいしょ!」" という記事でも触れている。

軽い気持ちで発せられた日本語をしっかり翻訳し過ぎたために、思いのほかヘビーな話になってしまうことだってある。「後はよろしく」という言葉のココロは "good-by" でしかないのだから、"I hope your best finish."(あなたが最高の仕上げをしてくれると期待する)なんて訳しちゃいけない。

逆に、複雑に込み入った問題を整理しようと思ったら、英文直訳式の日本語で考えるとうまくいくこともあったりする。あるいは、まんま英語で、yes か no かみたいに考えていくとか。

思考の結論というのは、何語で考えるかによっても違ってくることがあるのだね。国際理解というのが思いのほか難しい所以である。

 

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2024年7月27日

「ものを言う女性バッシング」というステロタイプ視点

弁護士 JP ニュースというサイトに、【なぜ蓮舫氏に「からかい」が集中するのか? "ものを言う女性" バッシングの背景にある「女性差別」の構造】(7月 23日付)という記事がある。これ、私としてはとても気になってしまった。

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というのは、この記事では蓮舫氏に対する「バッシング」として東国原英夫氏、上沼恵美子氏、今野忍氏の発言が紹介されているが、どれも発言としての趣味の良し悪しは別として、蓮舫氏個人の政治姿勢やキャラに言及したもので、取り立てて「女性差別」的なもの言いというわけではないからだ。

一方で島根県の丸山達也知事は「なぜ女性が勢いよく力強く物事の問題点を指摘するとバッシングを受けるのか。女性への蔑視や差別に近い」と、「女性差別」をストレートな形で前面に出している。発言の「内容」が問題にされていないのが気になるが。

さらに蓮舫氏自身の発言も次のように紹介されている。

選挙前から、蓮舫氏は「男性政治家がはっきりものを言っても、『吠えている』などとは言われない。自分や辻元清美氏などの女性議員は『攻撃的』などとレッテルを貼られやすいと感じている」と語っていた。

こう言っちゃナンだが、これはかなりの「思い込み発言」である。ちょっとググってみればわかるが、「吠えている」みたいな言われ方をしたり「攻撃的」とのレッテルを貼られたりするのは、実際にはむしろ男性議員の方に多い。これらは基本的にジェンダー問題というより、個人の特性によることである。

また、特定政治家の目立った発言が多ければそれへのリアクションが多くなるのは当然のことで、その中には肯定的なものと批判的なもの、さらには弁護士 JP のいう「からかい」的(風刺的なものという意味か?)なものが含まれるのもまた当然だ。それは発言の主が男だろうが女だろうが関係ない。

蓮舫氏の発言へのリアクションが多いのは、彼女の発言がとても目立つ(目立たないよりずっといいだろう)のだから自然なことなのである。その中に含まれる批判的なものや風刺的なものをことさら「女性差別」と決めつけるのは、私にはちょっとズレた(もっと言えば「ズルい」)反応に思われる。

というわけで、今回取り上げた弁護士 JP ニュースの記事には、安易なステロタイプの気配が漂っていると思う。気に食わない状況を強調したい時に恣意的に「女性」を振りかざす手法は、案外両刃の剣となりやすいのだ。

この記事は、次のように結ばれている。

やはり、蓮舫氏に対するバッシングの背景には少なからず潜在的に女性差別が存在していると総括できる。「ものを言う女性」に対する日本社会の目線は、いまだに厳しい。

そう言いたくなる気持ちはわからないではない。とはいえ「潜在的に」という但し書きを付けたら、どんなことにでも針小棒大なイチャモンは付けられるということは指摘しておく。

そろそろ別の筋肉も使って一つ上の段階を目指さないと、蓮舫氏への支持は拡大せず、「ここまでの人」で終わってしまうだろう。今後は、中途半端な「頭の良さ」よりもむしろ「センスの良さ」が求められる。

 

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2024年7月26日

「老化」とは、自分の肉体に飽きてしまうことかも

2012年 9月 19日付で "「後期高齢者」という呼称を巡る冒険" という記事を書いている。この「後期高齢者」という呼称を嫌がる人が多いが、私は全然気にならないし、死ぬことに関してさえいつでも構わないと思っている。

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ただ、この記事を書いたのは還暦を迎えた直後だったから、まだまだバリバリに元気だった。実は今日は私の誕生日で、これで 72歳。還暦プラス一廻りだから、自分でも驚いてしまう。そしてふと気付けば上の写真のように、こめかみあたりにちらほら白髪が生えちゃってるじゃないか。

おいおい、これまで白髪なんてなかったから、ちょっとショックだなあ!

ただ「後期高齢者」と呼ばれるまでにはまだ 3年あるが、今日からそう呼ばれても別に構わないし、12年前の記事でも書いたように、何なら「末期高齢者」と呼ばれるのでもいいと思っている。というのは、何だか自分の肉体というものに飽きが来始めたような気がしているからなのだ。

とは言っても「老人性の鬱」になってしまったというわけじゃなく、その意味ではまだまだ意気盛んである。そもそも鬱なんかになったら、ブログの毎日更新なんかできるわけがないのだから、安心していただきたい。

ただ最近、さすがに昔と比べて体力が少し落ち気味になってきたことを感じてしまうのだよね。ダラダラしていると驚くほど足腰の筋力が落ちるので、意識してコンスタントに運動していなければならない。近頃やたら暑いのでなかなか大変だが。

ちょっと変化に乏しい時代になってしまってるので、「何かパッとしたことないかな」なんて思ってしまうのだが、自分の体でできることにそれを求めるのは難しくなってきた。これ、正直言ってちょっと口惜しい。

しかし本当に自分の肉体にほとほと飽きてしまったりなんかしたら、いくらなんでも困るだろう。正直なところ早く飽きてしまいたい気持ちもないではないのだが、物理的な見地からは 70歳過ぎとしてはかなり元気な方なので、その辺りの実感が湧くにはまだ早いようだ。

ということはまだそれほどの老化ということもなく、まだまだシコシコと生きていかなければならないみたいなのだね。やれやれ。

最後に話は急に変わるが、私の故郷である山形県酒田市とその周辺の大雨被害が心配だ。早く水が引いてくれればいいのだが。

 

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2024年7月25日

やっぱり、セミは暑すぎると鳴かないらしい

一昨日の『和歌ログ』で、「明明け方に聞こえしみんみん蝉の声昼途絶えしは暑さの故か」という歌を詠んだ。明け方にこの夏初めてミンミンゼミの鳴くのを聞いたが、午前 9時を過ぎてやたら暑くなってしまうと鳴き声が途絶えてしまったのである。セミもやはりあまりの暑さには弱いのだろうか。

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ちょっと気になって調べてみたところ、TSSテレビ新広島のサイトの TSS お天気キャスターブログというサイトに、昨年 7月 31日付で「セミは暑すぎると鳴かない?」という記事があるのを発見した。「夏休みの子どもたちへ セミが鳴き止んだらおうち(涼しい所)に帰ろうね!」というのである。

これ、前々から薄々感じてはいたことなのだが、やっぱり本当にその通りのようなのである。いくら夏の代名詞のような存在のセミでも、「危険な暑さになってまで鳴き続けるのは勘弁してくれ」というわけなのだね。

このブログの筆者は気象予報士の山本剛弘さんという方で、次のように書かれている。

実は、セミは気温が高くなり過ぎて、危険な暑さになると、
鳴くのをやめる習性があるのです(※セミの種類にもよります)。

なので、セミが鳴き止んだ時は「危険な暑さに達した」時なのです。

というわけで、朝から鳴いていたセミが急に鳴き止んでしまったら、家、あるいは涼しい所に帰るための警告と思えばいいようなのだ。さらに文中の「セミの種類にもよります」ということに関しては、同じ山本氏が 2018年 7月 18日付のブログ(参照)で、次のように書かれている。

一説によると、セミの種類によって違いがありますが、
特にクマゼミは、気温が高くなり過ぎると、
暑さから体を守るために「休養」し、
鳴かなくなるのだそうです。

へえ、クマゼミはとくに暑さに弱いのか。東日本では昔はクマゼミなんていなかったが、最近は関東辺りでも「ワシワシワシワシ・・・」という声が聞かれるようになった。あの声が聞こえなくなったら、「ヤバい暑さ」の最初のサインということのようなのだね。覚えておこう。

それにしてもここ数日の気温は、「危険すぎる暑さ」と言っていい。セミも鳴き止むわけだ

 

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2024年7月24日

"This is a pen." とか "This is a dish." とか

英語の教科書に出てくる "This is a pen." なんていう文はナンセンスの極みで、実際の会話で使われることなんてないというのは、昔からまことしやかに語り継がれていることだ。しかし 平田朋義さんという方の tweet は、これに対する見事なアンチ・テーゼだった。

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空港のセキュリティチェックで「これは何ですか?」と聞かれて答えたというもの。8年も前の tweet だが、色褪せることがない。とにかく左側の写真を見ただけでは何だかわからないのだから "What's this?" と聞かれても何の不思議もないよね。

左の写真の状態から右の使えるペンの形にするまでは、青い部分を下の写真のように開き、白いペンの部分を伸ばしててセットするもののようだ。なるほど、話のタネとしてもなかなかのものである。私も一度でいいから実際の場面で "This is a pen." と言ってみたいものだ。

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ちなみに私が中学校 1年生の時の英語の教科書(開隆堂の "New Prince Readers")では、Lesson 1 の最初は "This is a pen." ではなく、 "This is a dish." だったと記憶している。なんでもない白い皿の絵まで覚えている。

それに続くのは、"Is this a dish?" で、その次が "Yes, it is a dish." だった。どうしようもないほど間の抜けた会話だよね。"This is a dish." を実際の会話で使うためには、よほど凝った「折りたたみ皿」みたいなものを持ち歩かなければならないだろう。

そう思いつつダメ元でググったところ、なんとお誂えみたいなモノが見つかってしまったのである。"24" Foldable Beauty Dish" というものだ。こんなふうにして使う。

ご覧になっていただければおわかりだが、これ、写真撮影に使う照明用器具である。英語ではこうしたものも "dish" と称するのだね。

ただ、"This is a dish." と言うためにのみこんなものを買い求めて飛行機に乗るというのは、ちょっとハードルが高いなあ。高級そうなカメラとセットでなければ不自然すぎるしね。

 

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2024年7月23日

「がっこ」が美味しそうでたまらない

東洋経済の【秋田の無人駅で「"がっこ" 爆売れ」感動の舞台裏  "漬物危機" に瀕したお母さんたち「3年間の奮戦記」】という記事を読んで、次に秋田方面に行くことがあったら、その無人駅で「がっこ」を買って帰ろうと思ってしまった。見ればずいぶん豊富な「がっこバリエーション」である。

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で、その無人駅というのがどこなのかといえば、マタギ発祥の地である秋田県大阿仁(おおあに)地区にある比立内(ひたちない)という秋田内陸線の駅なんだそうだ。聞いたこともない地名なので地図を調べてみると、秘境、田沢湖よりもさらに北に位置している。

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我が故郷、山形県酒田市から 100km 北上すると秋田県の県庁所在地である秋田市に到着するが、比立内駅まではそこからさらに 80km の山道を辿らなければならないようだ。秋田新幹線のルートからも完全に外れているので、なかなか厄介だ。

ちなみに末尾に「内(ない)」という字の付く地名は北海道に多い(稚内、幌加内など)が、東北(とくに青森県と秋田県)でも少なくない。こうした地名はアイヌ語の系譜を引いているとの説がある(参照)。

ともかく思った以上の秘境のようで、「秋田市に用があるので、ついでにちょっと寄り道を」なんて気軽に脚を伸ばせるようなところではなさそうだ。行くとしたら、よほど覚悟を決めて行かなければならない。

ただ、それにしても記事で語られる「がっこ」は美味しそうでそそられる。下の写真ぐらいの「がっこ」があったら、若い頃だったらどんぶり飯 3杯は軽くイケた。

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秋田県に行く用があったら、何とか立ち寄れるように都合を付けてみたいと思ってしまう。

ちなみに「がっこ」は漬物を意味する秋田弁で、私の生まれた庄内でも十分通じる。さらに「いぶりがっこ」は沢庵の燻製である。

 

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2024年7月22日

バイデンじいさん、ようやく気付く

目を覚まして iPhone を覗くと、トップは "US President Joe Biden says it has been 'greatest honour' to serve as he ends campaign" という BBC ニュースである。持って回った言い回しだが「要するに、バイデン撤退ってことだよね」と思っているうちに、NHK が詳しく報じ始めた(参照)。

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そもそもの話としては、「日本時間の 22日午前 3時ごろ、SNS の X で声明を発表」したということのようなので、検索してみるとこんなのが見つかった。署名入り書面の画像のみで、本文はない。

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冒頭でたっぷりと自分の業績を自分で讃嘆し、中段にさしかかってようやく「ここで身を引いて残りの業務に専念することが、我が党と国にとって最大の利益になる」なんてことを書いている。80歳過ぎのじいさんらしくやたら勿体ぶった言い回しなので、BBC の見出しがあんなになるのもしょうがない。

7月 7日に「バイデンじいさん、やっぱりヤバいんじゃねぇの?」という記事を書いている身としては、取りあえずホッとした。じいさん、あまり意地を張り続けてはろくなことにならないと、ようやく気付いたらしい。気付くのもトロかったが、間に合ってよかった。

あとはハリスさんの健闘を祈りつつ、猫でも抱きながらゆったり過ごしてもらうだけだ。

 

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2024年7月21日

本場のエスプレッソというもの

コーヒー好きの私だが、ごくフツーの淹れ方でガブガブ飲むだけで、本場のエスプレッソがどんなものかなんて、ちっとも意識していなかった。それで 19日付の毎日新聞『桜田です!』を見てちょっと驚いてしまったのである。こだわりのエスプレッソって、かなり小さな器で飲むみたいなのだね。

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お馴染み大山珈琲店のにこりともしないこだわりオーナー、大山勝一氏が、本場のイタリアからエスプレッソ・マシンを輸入したという。かなりフンパツしたもののようだ。

ところが出されたコーヒーは 3コマ目にあるように、やたら小さなカップの底の方にほんの少しだったので、4コマ目は奥さんとともに「イタリア人はケチだよなー」なんて語り合うオチになっている。インスタント・コーヒーを淹れながらというのが、落とし過ぎみたいな気もするけどね。

そんなわけでちょっと気になってググってみたところ、本場のエスプレッソって、本当に小さなカップで飲むもののようで、

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こんなのとか、

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こんなのとかばかりなのである。

「なんじゃ、こりゃ?」と言うほど小さいカップに、馬鹿にされてるんじゃないかと思うほどほんの少ししか注がれていない。

私はコーヒーに関しては自分で豆から挽いて淹れる程度にはこだわっているのだが、大きめのマグカップやシエラカップでたっぷり飲むスタイルなので、エスプレッソなんて世界にはあまり縁がなかった。

ただ、飲んだことがないわけじゃないような気もするので自分のブログを調べてみると、2016年の秋頃に頂き物のマキネッタという器具を使って、何とまあ、エスプレッソを飲んでいたようなのだ(参照)。そんなこと、どこからもらったのかということとともにほとんど忘れていた。

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さらに言えば、これはどうやら自己流の「エスプレッソもどき」だったようだ。添えられた写真を見ればさすがに少量しかないが、いつものようにノー・シュガーで飲んでいた。

改めて調べてみると、エスプレッソ本来の飲み方というのは、砂糖をたっぷり入れるもののようなのである(参照)。スプーンで 2〜3杯入れるみたいなことになっているのだが、そんなに入れたって、こんなちょっぴりのコーヒーに砂糖が溶けるわけないじゃないか。

ところが溶け残った砂糖は、飲み終えた後にカップの底からスプーンですくって食うなんてことが書いてある。いやはや、そんなの私には到底無理。直後にしっかりうがいしなければ、いつもの生活に戻れない。

そんなわけで 8年前は、器具に付属していたエスプレッソ用の粉だったか豆だったかを使い切ってしまうと改めて買い直すなんて気にもならず、元の「レギュラー・コーヒーをたっぷり淹れて飲む」というやり方に戻ったのだった。私にはこれが一番だ。

というわけで、今後の人生の中でもエスプレッソというものは飲まずに済ませようと思った次第である。たとえ頂き物があったとしても、妻に任せてしまうことにする。

 

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2024年7月20日

興奮して叫びながら水に飛び込むと、下手したら死ぬ

今月 5日、横浜市の川で友達と遊んでいた小学校 5年生の子どもが溺れ死ぬという事故が発生した。水難事故に関し、NHK が "水難事故 原因は?「飛び込み」に潜む危険 沈み込んだ先の“魔の時間”に何が・・・ 水中検証で迫る" で検証している。

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飛び込み競技用のプールを使った動画では、大きく息を吸い込んだ状態で高さ 1メートルの飛び板からプールに飛び込むと、それほど深くは沈まず、浮上するまでにかかった時間はほぼ 5秒だった。

ところが同じプールで大きな声を出しながら飛び込むと、深さ 3.8メートルの底に足が付いてしまうほど深く沈んでしまう。肺の中の空気が少ないので、浮力が不足するのだ。そして浮上するまでに 13秒もかかってしまった。

暑い夏に興奮して大きな声を出しながら水に飛び込むと、思いもよらないほど深いところまで沈んでしまいがちなのだ。深く沈むほど浮上するまでに長い時間がかかり、さらに肺の中の空気が少ないので苦しくなってしまう。

早く呼吸をしたいと焦ってしまうと、水面に上がりきる前に呼吸してしまいがちで、肺に水が入ってしまう。考えるだに恐ろしいことだ。記事の末尾には次のようにある(ちょっと悪文だが)。

専門家は、水辺で飛び込みをする人の多くが、川辺でバーベキュー中にお酒を飲んで気分が高まったり、友達どうしで度胸試しをしたりと、気の持ち方で防げるはずなのに、無くならないのが現状だとしています。

さらに飛び込んだわけではなくても、大声を上げながら水の中ではしゃいでいる時に何かに躓いて転んでしまった時など、それほど深く沈まなくてもパニックになり、杯の中に水が入ってしまうこともあるだろう。

夏空の下とは言え、水に入る時に興奮しすぎるとろくなことにならない。これは肝に銘じておくべきだろう。

【7月 23日 追記】

今回の水難事故のケースにより近いと思われる危険性を訴える 7月 11日付の NHK 動画も見つかった(参照)。

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合わせてご覧いただきたい。

 

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2024年7月19日

昼前は扇風機、昼過ぎは「必要悪」の冷房に頼る

昨日昼前、気象庁が関東甲信地方の梅雨明けを発表した(参照)。梅雨入りしたのが先月の 21日だったから期間は 27日間だったが、途中で「梅雨の中休み」と言われる期間がやたら暑かったので、印象としては「呆気ない梅雨」だった。ただし東京都心の雨量は平年同時期に比べると 1.6倍に達したという。

決して「カラ梅雨」だったというわけではなく、降るときはどっと降ったということのようで、こういうのを「短期集中型」と言うらしい。昔は「梅雨はシトシト雨が続く季節」と言われていたが、最近はこの時期の大雨被害が結構報じられるので、梅雨の様相が変わってしまったということなのだろう。

今朝は明るい太陽が昇りつつあるのを感じながら目が覚めた。朝から青空である。春や秋などの季節なら爽やかな目覚めというところだが、既に暑い。予報ではつくば周辺は 35℃ 以上の猛暑日には達しないようだが、34℃ にはなりそうだ。たった 1℃ の違いだから、十分に暑くなる。

Weather News の見解によれば、今年の夏は昨年に匹敵する暑さになりそうだという(参照)。「7月〜9月の気温傾向」という図を見れば、日本中が「平年より高い」を示す真っ赤っかだ。いやはや、あの思い出したくもない暑さの真っ只中に、既に入っているわけなのである。

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部屋の中の気温は、午前 9時を過ぎたばかりだというのに、既に 29.8℃、湿度は 65%に達している。こんなの、20〜30年前だったら 1日の「最高気温」だ(参照)。

一日だけ妙に暑いというなら何とか耐えるが、それがほとんど毎日続けば確実に疲労が蓄積してしまう。私としては「冷房は必要悪」と思っているのだが、ここまで暑いと「悪」の文字はかすれてしまって、「必要」の二文字ばかりがやたら迫ってくるのだよね。

とはいえ、昼前まではできるだけ扇風機だけで頑張っている。扇風機って汗を蒸発させて気化熱を奪ってくれるから、案外頼りになる。昔は「扇風機の風は直接体に当てないように」なんて言われていたが、今となってはそんな悠長なこと言ってられない。

【翌 20日 追記】

この記事を書いた日は「午前 9時を過ぎたばかりだというのに、既に 29.8℃、湿度は 65%」だったが、今日は 朝の 7時半の時点で気温が 30.1℃、湿度が72% となっている。窓の外を見ると、太陽のギラつき方のレベルが違う。

ここまで来ると、「午前中は扇風機」なんて悠長なことは言ってられない状態だ。

 

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2024年7月18日

「猛暑日でもマスク」する人が約4割だと !?

よろず〜 というサイトに "「夏になってもマスク着用」約 5割が該当 「猛暑日でもマスク」も約 4割 いずれも 23年からは減少" というニュースがある。これには驚いてしまった。

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これは健康総合企業「タニタ」が全国の 15歳以上の男女 1000人を対象に実施した「熱中症に関する意識・実態調査2024」で明らかになった数字だ。どうやらでたらめな数字ではないようで、「信じられないが本当だ!」と言いたくなってしまう。

記事には、夏のマスク着用について、各項目に「非常にあてはまる」もしくは「ややあてはまる」と回答した割合が次のように報じられている。

  • 「夏になってもマスクの着用を続けている」 48.2%
  • 「猛暑日でもマスクを着用している」 41.0%
  • 「屋外で人と十分な距離が確保できる場合もマスクを着用している」 34.3%
  • 「夏に外で運動(ウオーキング・ジョギングなど)をする際もマスクを着用している」 22.1%

「屋外で人と十分な距離が確保できる場合」でも、3分の 1以上の人がマスクを着用しているというのは、「おかしいんじゃないの?」と言いたくなってしまう。昨年 3月 27日にはこうした状況について、"マスクは「顔パンツ」化しているのだそうだが" なんて記事を書いているほどだ。

確かに実感としても、こんなに暑くなっているというのに街やショッピングモールですれ違う人の半分近くがマスクをしていることに驚く。空いた道を歩いていてもかなりの人がマスクをしたままだ。

マスクの着用が「個人の判断」に任せられるようになったのは、昨年の 3月 13日からである。私はその日を期してマスクなんか外してしまったのだが、多くの人はずっと着用のままで、1年以上経った夏になってもまだこんな状態なのだから、「個人の判断」なんてされていないんじゃあるまいか。

マスクを着用することでコロナ感染が防げるということに関しては、私としてはかなり疑問に思っている。ただ、統計数字的には僅かとはいえ「効果がある」ということになっているので、マスメディアは「マスク着用なんてほとんど無意味」と書くわけにいかないのだろう。

しかしその数字的裏付けは、暑い夏でも我慢して着用し続けることを肯定するほど顕著なものとも思われない。私自身、マスクなんてしていなくても一度も感染していないし。

コロナよりも、この暑い中でマスクをし続けることによる熱中症の方が心配になってしまうよ。

 

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2024年7月17日

コーヒー・チェーン、一番人気はやっぱり「スタバ」

HUFFPOST がコーヒーチェーンに関するアンケート調査の結果を 3回に分けて記事にしている。「ゆっくり過ごせるコーヒーチェーン」(7月 9日付)「ホットコーヒーが美味しいと思うコーヒーチェーン」(10日付)「一番好きなコーヒーチェーン店」(14日付)の 3本だ。

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ご覧の通り、元記事の画像ではもったいぶって 1位が「??」なんて表示になっているが、行きがかり上、さっさとバラしてしまう。こんな結果だった。

  • ゆっくり過ごせる」部門 1位は コメダ珈琲店
  • ホットコーヒーが美味しいと思う」部門 1位は ドトールコーヒ
  • 一番好きな」部門の 1位は スターバックスコーヒー

「一番好きな」という総合力ではスタバがトップで、他の 2部門でも 2位に付けているというのは「さすがの強み」と言っていいのだろう。

私もコーヒー好きなので、あちこちのチェーンを利用するのだが、「ゆっくり過ごせる」部門 1位のコメダ珈琲に関しては、悪いけど店内のビミョーに派手な「名古屋感覚」のせいで、逆に落ち着かないんだよね。

これには 2013年 7月 29日付の記事で書いた事情も重なっている。もう 10年以上前になるわけだが、名古屋に出張した時に「名古屋人が盛んに勧めるかの有名なコメダ」のコーヒーを試そうと名古屋駅地下街の「コメダ」入り口まで行ったのだが、こんな具合だったのである。

ところが、その入り口をくぐることができなかった。中から猛烈な煙草の匂いが漂ってくるのである。すぐに踵を返して、近所のスタバを探した。

コメダでも分煙化している店舗は少なくないようなのだが、この時の印象が強すぎたため、何となく似た雰囲気の漂う星乃珈琲店や UCC上島珈琲店まで含めて足が向かなくなってしまった。こればかりは雰囲気のものなので仕方がない。

「ホットコーヒーが美味しいと思う」部門 1位のドトールコーヒーは、私の印象ではかなり都心型のショップだ。美味しいコーヒーでも飲みながらちょっとだけ時間を潰したい時に重宝するのだが、テーブルでノート PC を開いて急ぎの仕事をこなすような雰囲気ではない。

そんな時に選ぶのは、私の場合タリーズコーヒーである。スタバよりゆったりしていて体の大きい私にはありがたいし、コーヒーの味でもタリーズは好みだ。それからサンマルク・カフェも好きなのだが、この調査ではトップ 10には入っても残念ながらそれより上位にはランクされていない。

これって、サンマルクにはどういうわけかやたら賑やかな声で会話するオバサン・グループが多いからかなあ。先月 13日付の「飲食店で傍若無人の大声で話すオバサンという存在」という記事でも書いているが、あれって本当に迷惑だ。

それから、埼玉方面によく行かれる方なら、それほど大きなチェーンではないが、"珈琲屋 OB" という店を意識するといい。詳しいことは昨年 11月 20日付の記事に書いているので、よかったらどうぞ。

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2024年7月16日

クレジットカードだとお金を使いすぎるって?

Gigazine に "クレジットカードだとお金を使い過ぎることが研究で実証される、「無駄遣いしたくないなら現金を持ち歩いて」と専門家" という記事がある。これには「へぇ!」と驚いてしまった。

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私は 10日前に「新紙幣なんてものに、興味湧かないんだよね」という記事を書いたほどで、現金なんて使うのは鬱陶しいとしか思えず、もっぱら「キャッシュレス」で済ませる人である。だけど、無駄遣いなんかしてないからね。

Gigazine の記事によれば、オーストラリア・アデレード大学のラクラン・ションバーグ(Lachlan Schomburgk)氏が率いるチームによる「キャッシュレス効果」の研究を通じ、「クレジットカードや『〇〇ペイ』のような電子決済だと財布のひもが緩みがちになる」ことが確認されたのだという。

これに関してションバーグ氏は、次のように語っている。

現金を使うと紙幣や硬貨を物理的に数えて手渡しするので、支払いという行為がよりはっきり感じられます。逆に、物理的に何も手渡さないのであれば、いくら使ったのかわからなくなってしまいがちです。

計画以上の出費を防ぐために、できるだけカードではなく現金を持ち歩くことをお勧めします。

というわけなのだが、これはあくまでも調査結果から導き出された「一般的な傾向」に過ぎないんじゃなかろうか。中には私のように変わったヤツもいるはずなのだ。

カード支払いだと、確かに「いくら使ったのかわからなくなってしまいがち」だ。ただ私の場合は、だからこそ意識的・無意識的に警戒心が強まり、必要不可欠な出費以外はできなくなってしまう。逆に余計な現金なんて持ち歩くと、「安心して余計なものまで買っちゃう」なんてことになりかねない。

現金払いをメインにしてしまったら、私は出納簿や家計簿なんてものはもとより作る気がないから、残るのは金を使った瞬間の「実感」だけで、その裏付けとなる「明確な数字」は残しにくい。

一方、カードや SUICA だと、しっかりした記録がいつでもすぐにネットで確認できる。 買った瞬間の「実感」は薄いかもしれないが、「明確な数字」は嫌でもしっかりと残るのだ。

というわけで、ションバーグ氏の研究結果と私のケースとは完全に逆なのだよね。「私のように変わったヤツもいるはずだ」なんて書いてしまったが、ここまで来ると、「世間一般の方がおかしいんじゃないの?」なんて気までしてきてしまったじゃないか。

私の財布の中には、現金なんて「小銭程度」しか入っていない。ションバーグ氏の「現金を持ち歩いて」なんて勧めにうっかり乗ってしまったら、結果的には「あるだけ使えばいいじゃん!」みたいな無駄遣いに走っちゃいそうだよ。

 

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2024年7月15日

だったら LINE なんて、使うの止めちまおうよ

Courrier Japan が "「LINE」をめぐる争いは、日韓関係を再び悪化させるのか?" という記事を伝えている。LINE というアプリのああだこうだが、日韓のビミョーな関係を象徴するみたいなことになっているらしいのだ。

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初めに言っておくが、私は LINE というメッセージ・アプリが嫌いである。2017年 6月 20日付の「はっきり言って、LINE は嫌いだ」という記事で書いたように、できればこんな気に食わないアプリは使いたくないが、周囲がもっぱらこれで連絡を取りたがるので、しょうがなく渋々付き合っている。

7年前の記事では、iPhone を破損してしまったため新しい機種に買い換えたところ、登録していた LINE アカウントが引き継がれなかったことに触れ、次のように書いている。

どうやら LINE アカウントは、原則的にデバイスに依存するようなのである。デバイスが個人のアイデンティティより優先するなんて、そんなの SNS としてありか?

この記事を書いてからしばらくして、アカウントの引き継ぎが少しは楽になったようだが、それにしても SNS としての元々のコンセプトが気に入らない。そもそも使ってみての第一印象からして、「子供だまし」的な要素が前面に出過ぎている。

どういうわけかいろいろなグループや組織がを連絡手段として LINE を採用したがるのだが、これって「一見すると取っ付きやすいイメージ」があるせいなんだろうと思っている。確かに Fadebook や Zoom などよりは楽そうに見える。

しかし一度使い始めたら、Fadebook と Zoom の方が圧倒的に「使える」のだ。LINE はかなり劣る(例えば、ファイルをアップロードして一定期間が過ぎると閲覧できなくなる)のだが、多くの人はそんなもんだと思っているようだ。まともな拡張性なんて求めていない。

というわけで、私ごときが「LINE なんか、使うの止めちまおうよ」と呼びかけても効果がないのはわかっている。大抵のユーザーが「だって他のメッセージ・アプリ、使えないんだもの」と言い出すからだ。しかしそれって、怠慢というモノだろうよ。

今回の問題を機会に、徐々にでもいいから他のアプリに移行したいと呼びかけても、聞き入れてもらえないんだろうなあ。ああ、疲れる。

 

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2024年7月14日

レナウンが名実ともに消滅するというので

東京商工リサーチが "法人としての「レナウン」が消滅へ" という記事を伝えている。同社は 4年前の 2020年に実質的に倒産してしまっていた(参照)のだが、面倒くさい法的な手続きがようやく終了して、今年中には名実ともに世の中かから「消えてなくなる」ことになったのだそうだ。

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私がジャーナリズムや業界団体で繊維・アパレル業界と密接に関わっていたのは、1980〜2000年までのほぼ 20年間だった。アパレル・メーカーの社員として直接業務に関わったことはないが、それだけに客観的な視点で業界をウォッチすることができたと思っている。

レナウンは 1990年代には売り上げ 2000億円を突破して、世界最大のアパレル・メーカーとなっていた。しかし外部から見ると、その「世界最大」というにふさわしい明確なコーポレート・アイデンティは感じられなかったのである。

何しろ販路は百貨店頼りで、主力商品は「アーノルド・パーマー」ブランドに代表される値段だけはいっぱしに高いカジュアルウェアと、一応扱っていた婦人服。ただ婦人服とはいえ、いわゆる「ミッシー・カジュアル」という名の、無難ではあるがぱっとしないものばかりだった。

そしてあまり目立ちはしなかったが、実はおっさんの下着(アンダーシャツとか、ブリーフとか)の売り上げが結構大きかった。元々は大阪で創業した「メリヤス屋さん」だったのだから、それは当然である。

歴史を振り返れば、「メリヤス屋さん」が東京に本社を移し、1960年代の「ワンサカ娘」(シルヴィ・ヴァルタン起用)だの「イエイエ」だのの CM がヒットして高度成長の波に乗ったのが売上拡大の契機となった。そして 1970年代にはアラン・ドロンを CM に起用し、「ダーバン」を立ち上げた。

ここはレナウン追悼の意味で、話題となった CM を列挙しておこう。今の目で見れば 3つともビミョーにダサい(2番目はモロにダサい)が、当時はエラく話題になったのだよ。

広告代理店には相当に高い金を払ったとしか思われず、電通はレナウンに足を向けて寝られない。ただ、CM を通じて世の中に広まったファッション・コンセプトがグループ内にしっかり還元されることは遂になく、会社を訪問しても雰囲気は「アパレル・メーカー」というよりむしろ「二流の商社」だった。

男性社員はビシッとダーバン・スーツを身に付けてはいるが、それは単に「自分のところの品物だから」でしかなく(社割で安く買えるしね)、営業部門と企画部門の意思疎通なんてほとんど感じられなかった。そうした意味では、どこまで行っても「メリヤス屋さん」だったのだと思う。

そんなわけなので高度成長期に数字だけはやたら伸びたものの、遂に「スマートでしっかりしたファッション企業」になることはできず、新時代への対応は致命的に遅れた。それでバブル崩壊とともに足許から崩れてしまったというわけだ。

そのあたりの雰囲気は、WWD の "レナウン破綻1年 23歳元社員の挫折「服が好きなだけじゃ、やってけない」" という記事を読めば如実に伝わってくる。

この記事に登場する入社 1年でレナウンを退社した吉田修太郎さん(仮名)は、学生時代から「洋服好き」だったのに、アパレル業界を目指して就職活動を始めるまでレナウンを知らなかったという。つまり 2020年頃、レナウンのイメージは既に「ファッション業界の埒外」だったのだ。

レナウン関係者には知り合いも少なくないのであまりムチャクチャなことは言いたくない気もしていたが、今回は敢えて率直な書き方をさせてもらった。悪しからず。

【馬鹿馬鹿しい追記】

ダーバン CM でのアラン・ドロンの決めゼリフ、"D'urban c'est l'elegance de la moderne hommes." (と言ってるのかな? フランス語は苦手でヒアリングに自信ない)をもじり、「ダーバン、セガレでやんす、どんなもんでぇ」というのを一部で流行らせたのは、私の学生時代の若気の至りである。

 

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2024年7月13日

クルマのスマートキー、電池交換したのだが

ウチのクルマはおんぼろの軽自動車とはいえ、さすがに今どきなのでいわゆる「スマートキー」で操作している。ポケットに入れたままでも指先でボタンを押せば、ドアのロック/アンロックができるタイプである。

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なかなか便利なのだが、最近ちょっと不具合が生じていた。離れたところからだと、操作が効かなくなったのである。

例えばこれまではどこかの駐車場にクルマを駐めて降りたら、あとは歩きながらポケットの中のキーのボタンを押せば後ろで「ピッ」と音がしてドアがロックされ、サイドミラーも畳まれていた。ところが最近は離れすぎると反応しないので、一度戻ってやり直すことも度々だった。

そうしているうちにその距離がどんどん短くなってしまい、直近ではクルマのよほど近く(ほぼ 1〜2メートル以内)でなければ反応しなくなっていた。それどころか、先日はショッピング・センターで炎天下の駐車場に停めていたクルマに戻った時、ドアのロックが解除できなくなってしまったのだ。

何しろ頭がクラクラするほどの暑さである。「これはヤバい!」と思いつつ汗だくで何度か試すうちにようやく開いたのだが、あれにはかなり焦ってしまった。

そんなわけで自動車屋に行って訳を話すと、「キーの電池が消耗したんでしょう」と言われ、手数料込み 935円で交換してもらったところ、かなり離れたところからでも心地良いまで「ピッ」と反応するようになった。こんなことなら、もっと早く気付いて交換しとけばよかったよ。

ところが、今日の重要なテーマはさらにここからだ。自動車屋のおにいちゃんが、スマートキーでドアロックが解除できなくなった時の対処法を、ごくあっさりと教えてくれたのである。

このスマートキーで 2つのボタンのある裏側の小さなフックを引きながら、端の穴に指をかけて引き抜くと、何と、ひょろりと物理的なキーが現れるじゃないか。いやはや、こんな仕掛けがあったとは、これまでちっとも知らなかったよ。

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自分のクルマのドアに鍵穴があることすら気付いていなかったのだが、よく見ればちゃんとあるじゃないか。これを知っていれば、炎天下でも焦らずに鍵穴にキーを差し込んでドアを開けることができたのである。げに恐ろしきは無知というものだ。

田舎住まいとてクルマはほとんど毎日乗り回しているので、運転は決して下手じゃないと自認しているのだが、ハードウェアに関しては、クルマ好きなら当たり前に知っているようなことでも実はよくわかってなかったりするのだよね。

以上、語るも聞くも(いや、書くも読むもか?)お粗末な話はこれでおしまい。

 

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2024年7月12日

イオンさん、「超ケツ夏祭リ」だって !?

昨日イオンタウン守谷というショッピングセンターに寄ったところ、松平健をハデにフィーチャーしたポスターが何枚も貼られており、そこには「イオン超ケツ夏祭リ」とあるので、一体どんな「ケツ」なんだと驚いてしまった。

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近寄ってよく見ると「イオン超!ナツ 夏祭リ」で、紛らわしさを避けるために敢えて分かち書きで表示すれば「イオン 超! ナツ 夏祭リ」ということのようなのである。とはいえ間隔をグッと詰めた表示なので、わかってしまってからでも、やっぱり「超ケツ」に見えてしまうんだがなあ。

そう見えてしまうのは私だけではないはずと思い、"超ケツ夏祭り" のキーワードでググってみたところ、やっぱりほかにもいた。しかもトップに表示されたのは「ももの正直ブログ」というブログの記事(参照)で、その日付を見ると 2年前の 2022年 7月 16日付じゃないか。

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さらに下のように去年の証拠画像もちゃんと残ってる(参照 1参照 2)ので、イオンてば少なくとも 2年前からこの表示を続けているようなのである。

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はっきり言って「ナツ夏祭リ」と、「なつ」を不自然に 2度繰り返す必然性も理解できず、ここまでくると、本当に狙ってやってるとしか思われない。イオンさん、実はよっぽど「ケツ」がお好きなのかもしれない。

今年の夏祭りは 3日後の 15日までのようなので、16日になってこのポスターが撤去されれば、店全体から「ケツっぽさ」が消えてスッキリするだろう。

【7月 16日 追記】

これは「イオンタウン守谷」ではなく「イオンモールつくば」の話なのだが、昨年 9月 6日の記事で書いたように、「映画を見るなら つくばにオトクにグルメ!!」という表示の大形看板があちこちにあるのを思い出した。「つくばにオトク」でも「客にオトク」でないんじゃ、訴求しても意味ないと思うがなあ。

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つくばオトクに・・・」というならまだわかるけど、イオンさんって、この辺りの感覚がちょっとズレてるよね。このズレた看板、昨年秋前からずっとある。そろそろ撤去した方が自身の名誉のためにもいいと思うのだが。

 

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2024年7月11日

私の時代には、学校にプールなんてなかったのだよ

³&₈ さんという方のこんなような tweet を見つけた(参照)。多分学校のプールについての話だろう。

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プールは「令和=暑くて中止、平成=寒くて中止」で、"昭和はたとえ後期でも「うるせぇ寒かろうが雨だろうが今日はプールの日なんだよ黙って浸かれ」であった" とある。ただ、これにはちょっとだけ引っかかりを覚えてしまう。

それは昭和に関して「たとえ後期でも・・・」とある点で、これだとつい「じゃあ、前期はどうだったと言いたいの?」となってしまうのだ。昭和って 64年まであったから、フツーに考えれば後期は昭和 33年(1958年)以後、前期は 32年(1957年)以前ということになるよね。

私の小学校入学は昭和 34年(1959年)だから辛うじて「昭和後期」なのだが、その頃は東北の地方都市の学校にプールなんてほとんどなかったのだよ。何しろ校舎本体ですら木造のオンボロだった(参照)し、泳ぎたかったらこの同じ年に完成した「市営プール」に行くか、海水浴に行くしかなかった。

高校 2年だった昭和 44年に、初めて自分の学校にプールができたが、実際に入った記憶は 1〜2度しかない。高校はサボってばかりだったし(参照)、すぐに卒業しちゃったので、かなり印象が薄いのだよね。

そしてこの年より 12年以上遡らなければならない「昭和前期」なんて時代には、そもそも学校のプールなんて一般的じゃなかったし、あったとしても防災用溜め池に毛の生えたようなものだったらしい。

つまりこの問題に関する限りは「昭和はたとえ後期でも・・・」なんて言うより、「昭和後期になってようやく・・・」という方が実感なのだよね。むしろ「寒かろうが雨だろうが学校でプールに入れるだけマシ」と言っていい時代だったような気がするので。

さらに平成になって「寒くて中止」と言えるようになったというが、私としては「多少寒くても、泳ぎたいよね」ってな感覚だったし、令和の「暑くて中止」なんて風潮には、「暑いからこそ、水に入りたいってもんだろうよ!」とモロに反感を覚えてしまうほどだ。

こんなことを書いていると、自分では若いつもりでも数字だけ見ればやっぱり 70歳を過ぎてるんだなあと感じてしまった。なにしろあと半月ほどするとまたしても誕生日で、72歳なんてことになってしまうのだから。

いやはや、そんな年になるなんて自分でも信じられないが、プールの思い出をとってみれば、たしかに「そんな年」というほかないのだね。

 

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2024年7月10日

次元の違う暑さ・・・ 高温と高湿度

日本もやたら暑いが、米国はもっと大変で、国立気象局(NWS)によれば 3,600万人(全人口のほぼ 1割)が記録的な暑さの影響下にあるのだそうだ。カリフォルニア州とネバダ州にまたがるデスバレーでは、華氏 131度(摂氏 55度)なんてことになっている。

この暑さは「ヒートドーム」という現象(参照)らしいが、それを最も極端な場所でを身を以て体験し、気温表示板の隣に立つ写真を撮るために、デスバレーへの観光客が増えているのだそうだ。動画を見ても、摂氏 55度の日向を多くの観光客が楽しそうに歩いている。

こんな気温の中でヘロヘロにならずに済んでいるのは、砂漠地帯だけに湿度が低いからだろう。暑いことは暑いが、カラッとしているので耐えられるのだ。この暑さの上に、日本のように湿度が 70% を超えたりしたら、そりゃもう、まともに息もできない。

とにかく日本や米国のみならずヨーロッパでも中東でもアジアでも猛暑は大問題で、北極圏でさえ問題視されている。「地球温暖化」なんてことが言われるが、「気候極端化」という方がしっくりくるほどだ(参照)。真夏にオリンピックなんて、もはや狂気の沙汰である。

私の生まれた山形県酒田市では、18歳で上京するまで最高気温が 30℃ を超えるなんて日はそれほど多くなかったように記憶している(参照)。それが今では、当たり前のように真夏日の連続になる。4年前の記事で、私が小学校 6年生だった 1964年の夏について次のように書いている(参照)。

気象庁のデータをみると、この年の酒田の 7月は最高気温 30℃ 以上の真夏日を 1日も記録しておらず(参照)、8月になっても 11日しかなかった。その 11日の内訳も、33℃台 1日、32℃ 台と 31℃ 台が 2日ずつ、残り 6日はギリギリ 30℃ 超えしたという程度だった(参照)。

関東のこの辺りにしてもそうだ。2011年の東日本大震災で原発がストップした時に「電力危機」なんてことが言われたため、私は「それならエアコンなんか使わないよ!」と宣言し、それから 2年間、家のエアコンの電源を抜きっぱなしで過ごした。それで何とか過ごせたのである。

ところが今は、エアコンをつけないで暮らしたら命に関わってしまうと言っても決して大げさじゃない。日本の夏の暑さは、とくにこの 12〜3年で次元が変わってしまった。

昔は夏と言えば、楽しい季節というイメージだった。6月後半頃から梅雨が明けて暑くなる季節の来るのを心待ちにし、8月の旧盆が過ぎれば「行く夏を惜しむ」なんて風情にひたっていたものだ。

ところが今は 6月から暑くてたまらない日が増え始め、10月になってもまだ暑いので、「行く夏」なんて誰も惜しまず、「早く行ってくれ」と思うばかりだ。私も「この暑さがまだ 3ヶ月近く続くのか」とうんざりしながら、今から秋の来るのを待っている。

ただ、何しろ「気候極端化」だから、過ごしやすい秋の季節ってやたら短くなってしまっているのだよね。涼しくなったかと思うと、すぐに寒い冬になる。まあ、昔ほどの厳冬じゃないけど。

 

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2024年7月 9日

蓮舫惨敗は、「使う筋肉が違う」ってことの象徴

都知事選の結果は昨日明らかになっわけだが、私は先月 21日付記事で「小池都政継続か刷新か」に争点が絞られ、「対抗は蓮舫氏」なんていう安易な書き方をしてしまっていた(参照)ことをちょっと恥じている。蓮舫、2位にすらなれない惨敗だったからね。

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ただこの記事のコメントの中では、名誉挽回につながる「まともなこと」を言えたかもという気がしている。それはこんなことだ。

【nomibito-shirazu さんという方のコメント(抜粋)】

私としては蓮舫さん、辻元清美さん、福島瑞穂さんのような舌鋒鋭いタイプの女性政治家を嫌う人(私のまわりの方々の反応を見ると案外女性にも多いようです)が少なくないという風潮がどうも気になります。

【それに対する私のレス】

私の感覚としては女性に限らず、舌鋒鋭く批判するのと当事者として仕事をこなすのとでは、使う筋肉が違うような気がしてしまうんですよね ^^;)

ここでは「使う筋肉が違う」なんて、ちょっと意表を突く喩えをしてしまったのだが、今回の選挙結果を見ると、都民の多くはそのことに気付いていたように思えるのだ。

面白いことに今回の蓮舫敗戦に関する記事で、「言えてるじゃん!」と思った 2本は、両方ともスポーツ新聞のデイリースポーツのものだった。こんな感じで、要するに「使う筋肉が違う」ってことを端的に述べたものだ。

蓮舫氏の敗因「生理的に嫌いな人が多い」長年友人・東国原が指摘→石井アナ「あらら…」

蓮舫氏の政治手腕について「一つのイシューに切り込んでいく、批判する能力はあると思うが…。(中略)「首長は全てを包含しなくてはいけない部分もあって、その能力に欠けているのを都民が見抜いたのかな・・・

彼女、今回の結果を受けて「都民批判」なんか始めかねない。いや決して冗談じゃなく、マジでそんなイメージがある。

蓮舫氏の敗因分析で泉房穂氏と橋下徹氏が完全一致「全く同感」政権批判を優先が失敗 宮根「仲悪いのに同感?」

橋下氏は、蓮舫氏が自民党批判の色を濃く打ち出したことが失敗と指摘。「知事は行政権をやっていく立場ですから、自民党を批判するとか、現職を批判するとかいうことより、自分が何をしたいのか、いち早く訴えて、現職よりも早くメッセージを浸透させなくてはいけなかった」

教訓は 2つ。「批判を表に出すだけでは、首長にはなれない」ってことと、「有権者もまんざら馬鹿じゃない」ってことだ。

ただ、三選を果たした小池都知事にしても決して安泰ってわけじゃない。今回の選挙ではひたすら対決を避けて何もしないうちにほぼ「自動的」に勝ってしまったが、こうした言わば「ズルい女狐体質」への反感はこれから徐々に表に出てくる。

有権者もまんざら馬鹿じゃない」と、もう一度言っておく。

【同日 追記】

"蓮舫氏「この方は私の友人ではありません」東国原英夫氏の指摘に反論「たけしさんの側にいた方」" という日刊スポーツ記事に笑ってしまった。スポーツ新聞もなかなかやるものだ。

この八つ当たりでガス抜きできたので、都民批判まではしなくて済みそうだね。

 

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2024年7月 8日

袖口の広い「オジサン半袖シャツ」が、まだまだ健在

このブログには、毎年夏にアクセスが目立って増える名物記事がある。それは 17年も前に書いた「オジサンの半袖シャツ、袖口が広すぎ」というものなのだが、今年は猛暑のせいかアクセスの増加ペースが例年より速い気がする。

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電車などで隣の席に半袖シャツ姿のオジサンが座ると、やたらピンピンに広がった袖口でこちらの二の腕がビミョーかつ無神経にくすぐられ、イライラしてしまう。紹介した記事には「まさに今、電車内でその状態」といったようなコメントがいくつか付いていて、悲痛なまでの共感を呼ぶ。

私はこのブログでも度々書いているように、夏の外出時には袖口がフィットしたポロシャツ(下の写真左側のタイプ)しか着ないので、あのタイプの半袖シャツにはまったく縁がない。それでいつしかアレを「オジサン半袖シャツ」と呼ぶようになっている。自分の年齢はすっかり棚に上げて。

ちなみに半袖ワイシャツの袖口というのも、最近は下右側のようなフィットしたデザインが増えているようだし、隣の二の腕をくすぐるようなものなんてほとんど消え去ったものと思い込んでいた。

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ただ私は最近、満員電車になんか滅多に乗らないので、二の腕をくすぐられるような状況には巡り逢っていないので、一応世の中の現状を知ろうと画像検索してみたところ、いやはや驚いた。まだまだ健在なのだねえ。袖口ピンピンの「おじさん半袖シャツ」が。

例えば、こんなのとか。

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「オジサンっぽくならない !!  こだわりシルエット」なんて謳われてるけど、袖口のピンピン加減を見るだけで十分にオジサンぽいよ。

はたまたこんなのも、かなり二の腕をくすぐって来そうだ。

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「半袖シャツ」で画像検索するとまだまだどっさり出てくる。こんなのとか、こんなのとか、こんなのとか・・・・、いくらでもあるのだね。袖が立体的に付けられて口がちゃんと下向きになっているのでないと、大抵アブナい。

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もしかすると、オジサンばかりでなく若い連中もこんなの着てるのかなあ。これじゃあ、私の 17年前の記事へのアクセスが絶えないわけだと納得した。

21世紀も 4分の 1 の区切りに近付いているのだから、そろそろこの手のものは「ヘンタイ的オジサン半袖シャツ」として、廃絶に向かって進みたいものである。

どうしても着たかったら、電車なんかに乗らない田舎で軽自動車通勤するような境遇なら見逃してあげる。

 

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2024年7月 7日

バイデンじいさん、やっぱりヤバいんじゃねぇの?

2日前の「そもそも有能な若手は、政治家になんかなりたがらない」という記事で、米国大統領について「このじいさん、あと 4年もつのか」と心配になると書いたのだが、まさにその日、当のバイデンじいさんが「やっぱりヤバいんじゃねぇの?」と思うほどのボケを発揮していたようなのだ。

上の動画は英国のガーディアンによるもので、タイトルは "Joe Biden accidentally says he is the 'first Black woman' to serve in White House" (ジョー・バイデンが自分はホワイトハウスで働く『初の黒人女性だ』とうっかり発言)。再生して見ると、確かにそう言ってるのだよね。

話の肝心の部分を文字化すると、こんな具合。(女性インタビュアーがもっともらしく"hmmm, hmmm" と相づち打ってるのがヤバ過ぎるけど)

By the way, I’m proud to be, as I said, the first vice-president, first black woman… to serve with a black president...

(敢えて直訳)
ところで、前にも言ったように、私は初の副大統領として、初の黒人女性として・・・ 黒人大統領とともに働くことを、誇りに思うし・・・

初の黒人女性副大統領であるカマラ・ハリスさんを指名したのは自分であると強調するために、「私は誇りに思う」という文中に「初の黒人女性の副大統領とともに働くことを」という内容を折り込んだつもりだったんだろう。しかし実際に口から出た言葉は、無残なほど混乱しまくっている。

バイデンじいさん、二重構文的な内容をアドリブでしゃべらせてしまうと、途中で主語と目的語がゴチャゴチャになるほどにお歳を召してしまったようなのだ。この他にも「2020年の選挙でも再びトランプに勝つ!」(いつの話をしてるんだ?)なんて口走ったり、かなりヤバいらしい。

民主党としては早急に代替候補を立てて強力なプロモーションを行わないと、秋の大統領選でトランプに負けてしまうだろう。ヤバい、かなりヤバい。

こうなったらしょうがないから、バイデンじいさんにはさらにどんどん加速度的にボケ老人振りを発揮してもらなければならない。イヤでも代替候補を立てざるを得なくなるよう、早急かつ集中的にね。

 

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2024年7月 6日

新紙幣なんてものに、興味湧かないんだよね

新紙幣が流通し始めて 3日目だが、私はまだ見たことも触れたこともない。そもそもキャッシュを使う機会がほとんどない(少額でもクレジットや Suica などの電子マネーを使う)ので、紙幣やコインというものあると邪魔なほどで興味が湧かないのだ。

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今となっては金額と人物の肖像がもっともらしく印刷された紙きれなんかより、スマホの中の数字データの方が身近で信頼できてしまう。紙切れは盗まれたり燃えたりしたらおしまいだが、データならたとえスマホが壊れても残るからね。

そんな中で BUSINESS INSIDER が "新紙幣対応「しません」続々。JR東海バスなど券売機や運賃箱の切り替えナシ、キャッシュレス進む" と伝えている。新紙幣への切り替えがキャッシュレス化に踏み切る契機となっているようなのだ。

JR 東海バスは 7月 1日から、一部を除いて車内運賃箱の利用を取りやめたという。「今後はキャッシュレス決済を推奨し、現金支払いの場合は手渡しで対応する」としている。多くの運賃箱のシステムを切り替えるのは運賃値上げにつながるのだから、SUICA などで支払うのは利用者自身の利益となる。

バスに限らず、スーパーやコンビニなどもキャッシュレスを促進してもらいたい。財布から紙幣とコインを 1枚ずつチマチマ取り出してゆっくり投入口に入れ、ジャラジャラっと出てくる釣り銭をまたチマチマと財布に収めるなんて姿を見せられると、順番待ちの列に並んだ人はイライラしてしまう。

ちなみにこのニュース関連でかなり気になったのは、「60代以上の男女では現金派とキャッシュレス派がはっきりと分かれた」という調査結果(参照)だ。次のようにある。

60代以上の男性は全世代の中で最も現金派が多く 3割を超えた。一方、60代以上の女性は全世代の中で最もキャッシュレス派が多く、7割を上回っていた。

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(この図はクリックすると別画面で拡大表示される)

いやはや、世の中の 60代以上のオッサンの 32%(ほとんど 3人に 1に)の人たちというのは、ずいぶん現金払いに固執しているようなのである。そういえば、ズボンの尻ポケットから分厚い札入れの 3分の 1ぐらいはみ出させて闊歩するという世にも勇敢な姿は、この世代に多いよね。

ちなみに私の場合は、クレジットカードと SUICA の利用がほとんどだ。これさえあればまったく不便は感じない。

頼みもしないのにいつの間にか押しつけられてしまった V ポイントとか PayPay とかのQR コード決済なんてものは、普段は意識することすらない。とはいえ、こういうのって知らないうちに妙にポイントが貯まってしまうので、気付き次第すぐにモノの形として残らない出費で吐き出すことにしている。

わけのわからないポイントと不要なモノが増えるのは、鬱陶しいのでね。

【7月 10日 追記】

そういえば、2022年 4月 10日付の 「新一万円札のデザイン、ビミョーに気持ち悪いが...」という記事で、誰がどうみてもデザインが素人ぽいってことを書いたのだが、実際に発行された新札はまったく修正されずに気持ち悪いまんまのようなのだね。

 

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2024年7月 5日

そもそも有能な若手は、政治家になんかなりたがらない

米国 CNN の調査では "米有権者の4人に3人、「バイデン氏以外なら民主党の勝率上がる」" と考えているとの結果が出たのだそうだ。日本から眺める限りでは「トランプだけは勘弁してくれ」と思ってしまうが、当事国の有権者としては「バイデンは高齢過ぎる」というのが最大の気がかりらしい。

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最近のバイデンのいかにも「お年寄り」じみた様子(参照)を見るにつけ、「このじいさん、あと 4年もつのか」と心配になるのは当然だ。民主党支持者の中でさえ、大統領候補がバイデン以外なら勝利の可能性が増すと答えた人は 56%で、バイデン氏のままのほうが有利という回答の 43%を上回ったという。

さればとて民主党の中に有力な代替候補がいるかといえば、これがかなり心許ない。まず名前の挙がるのがハリス副大統領だが、今回の調査による好感度は 29%にとどまり、バイデン氏の 34%を下回ったという。81歳のじいさんに及ばないというのだから、人材不足にも程がある。

これって米国に限らないと思うのだが、そもそも最近は有能な若手は政治家になんかなりたがらないんじゃなかろうか。

米国全体を見れば、経済界などには壮年の実力者がいくらでもいる。むしろ年寄りには務まるわけがないといっていいほどだ。ところが政界となると、一方のトランプにしても 78歳と十分にジジイで、当選したら任期中に今のバイデンの年齢を上回るのだから、その落差に驚く。

いずれにしても今の世の中、「政治家を志す」というのは決して魅力的なトレンドじゃなくなっているようなのだ。

現在進行中の都知事選の候補者を見ても、こう言っちゃナンだが「有能な若手」なんて一人も・・・と言いかけて、おっとこちらは選挙期間中でもあることだし、あとはムニャムニャ。

 

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2024年7月 4日

最強の「ご飯どろぼう」とは?

HUFFPOST に「【ヤバい大葉】5分でできる最強のご飯泥棒!美味しすぎてご飯が止まらない危険なレシピ」という記事がある。そんなことを言われると、一体どんなものなのかと思ってしまうじゃないか。

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写真を見ればこんなようなものだ。確かに美味しそうではあるが、近頃の料理紹介記事や食レポなどの表現はおしなべて大げさ過ぎる印象で、逆に食傷気味になってしまう。

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もう一つ気になったのは、「ご飯泥棒」という表現である。少なくとも私にとっては初耳だ。

ググってみると、"밥도둑(パットドゥッ)=「ご飯泥棒(ご飯が進むおかず)」" というページがあり、次のような説明がある。

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韓国語では美味しいおかずのことを「ご飯泥棒」というらしく、「口をさらう泥棒?」なんて説明がある。ということは韓国語起源の言い方なのだろうか。

一方、特別養護老人ホーム成華園のサイトには「ご飯泥棒」ならぬ「めしどろぼう」という言葉が出てきて、次のように書かれている。

おかずがご飯のお供としておいしすぎるので、「(自分の)ご飯が泥棒されていくように食べ過ぎてしまう」という意味。ご飯を盗んでいる犯人は自分もしくはおかず。

ここでは「口をさらう」のではなく、「自分で自分のご飯を泥棒してしまう」とある。もろに「ご飯をドロボーする」ということのようで、さらに続けて次のようにも書かれている。

そのおかずで自分のご飯を食べつくしてしまい、「余所からご飯を盗んででも食べたい」という意味の飯泥棒もあるそうです。

いやはや、そんなことになったら文字通り「危険」と言っていいだろう。ちなみに飛騨地方には「うら田 飯どろぼ漬」という漬物があるらしく、パッケージにはおひつを抱えて走る古典的な泥棒の姿が描かれている。これはもろに「ご飯を盗んででも食べたい」ということのようだ。

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初めて聞いた「ご飯泥棒」というフレーズだが、いろいろなバリエーションがあるものだ。それにしても冒頭の記事の「5分でできる最強のご飯泥棒」というフレーズはスゴすぎで、体重を気にしている人には逆効果なんじゃなかろうか。

 

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2024年7月 3日

「夏の内々の見本市」を大っぴらに宣伝?

近所の「ファッションセンターしまむら」が、本日より「インナーフェア」というものを開催しているのだそうだ(参照)。ただ、店頭で "SUMMER INNER FAIR" として派手に宣伝しているのを見ると、どうしても奇異な感じがしてしまう。

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言葉を文字通りに受け取りがちな「アスペルガー症候群」一歩手前の私としては、どうしても「なんでまた『夏の内々の見本市』を大っぴらに宣伝しちゃってるの?" となってしまうのだよね。「内々の」催しなら、内部でひっそりやればいいじゃないか。

ところが、しまむらさんのいう "inner" というのは「肌着、下着」のことらしい。それを言うなら "innerwear" (あるいは underwear)というちゃんとした言葉があり、単に "inner" だけだと「内部的な」でしかないんだが。

「ファッションセンター」(この言い方も、かなりお恥ずかしいんだけど)のしまむらさんが言うのだから "inner" だけでわかれよとは、決してならないだろう。まあ、"Innerwear Fair" だとカンじゃいそうではあるけどね。

それにしても多くの日本人は、これを一瞬で「夏の肌着の特売」と了解できるのかなあ。そりゃいくら私だって 3〜4秒考えれば推量できるが、「一瞬で」とはいかないので、時々「変な日本人」扱いされちゃうんだよね。

ただ一般論としても、外来語(のようなもの)としてフツーに通じちゃってるカタカナ言葉をまんまアルファベットで表記するというのは、結構アブナい。前に取り上げたことだが、こんなお笑いに近い看板もあった(参照)。

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出張で泊まったホテルのレストラン入り口にかけてあったもので、朝食バイキングが「朝の北欧海賊」になってしまってる。外国人宿泊客が増えているご時世ということでわざわざ英語(?)も併記したのだろうが、これじゃかえって「日本の謎」を深めるばかりだ。

カタカナ言葉としてなら曲がりなりにも定着しているが、それをまんま英語として使ったら「???」になってしまうという言葉はいくらでもあるので、くれぐれもご注意。よく知られたところでは、「クレーム」とか、ホテルの「フロント」とか、「マンション」とかね。

 

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2024年7月 2日

夏はビジネスの場でも涼しげな格好をしたいもの

東洋経済 ONLINE に "ダサ見えを卒業「クールビズ」を格上げするには" というタイトルの記事がある。「軽装でもビジネス仕様に仕上げることに意識を」というサブタイトル付きで、ビジネス社会ではどうのこうの理由をつけてモロに涼しい格好はさせてくれないことになっているようなのだ。

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いつの頃からか、日本は 5月下旬から 10月までは「ジャケットなんか着たら暑くて死にそう」という季節になってしまった。つまり、1年の半分近くは「夏」で、 6月から 9月までの 3ヶ月は「真夏」と思っていればいい。

最近は政治家でも NHK のアナウンサーでも、「暑い季節はノーネクタイ」というのが定着してきたが、こうなったのはそれほど古い話じゃない。自分のブログを遡ってみても、こんな感じである。

涼しい格好させろよ (2007/8/10)
当時の民主党の西岡武夫参院議院運営委員長が、参院本会議でのクールビズを廃止し、ネクタイ着用を義務付けたいなどと時代錯誤なことを言い出したという話。

クールビズとノーネクタイ(2015/6/8)
ノーネクタイのスタイルが、少しは定着し始めたという話。

つまり日本の世の中でノーネクタイが認められ始めたというのは、2010年代半ば頃のことで、まだ 10年そこそこなのだ。何しろ歴史が浅いので、その手の方面の人たちはクールビズ姿を「ダサ見え」なんて言ってみたくもなるのだろう。

しかしそうしたことはもうやめにしようじゃないか。スタイリストとかファッション評論家とかいう人たちは、余計なことで金を稼がないようにしてもらいたい。

「涼しげな格好」は、決してダサくなんかないのだ。逆に「ネクタイさえしていれば許される」みたいな意識の方がずっとダサい。

私なんか「クールビズ」なんてことが言われるずっと前から、一年中ノーネクタイ、夏はポロシャツということでやってきたが、それで文句を言われたことなんて、一度もない。夏空の下でスーツにネクタイなんて姿を見る方が暑苦しくて、ずっと不愉快というものだ。

温暖化がここまで進行してしまったからには、冒頭の写真でも真ん中のジャケット着用という姿は、クールビズに含まれないということにしてもらいたいとさえ思う。とにかく「暑苦しい姿は、それだけでマナー違反」という意識にしたいものである。

 

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2024年7月 1日

近所に自転車ドロボーの常習犯がいるらしい

不愉快な話だが、我が家の近所に「自転車ドロボー」の常習犯がいるらしい。我が家の前の通りは袋小路になっているのだが、隣の空き地に 2週連続で盗難車と見られる別々の自転車が放置されているのである。ちなみに 2009年末にも、同様のケースについて書いたことがある(参照 1参照 2)。

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2009年末の記事は、その少し前に経験した盗難自転車の処理について書いたものだ。隣の空き地に持ち主の名前と連絡先入りの自転車が何日も放置されていたので警察に連絡したのだが、彼らは「単に置いてあるだけだろうから」と、まったく動いてくれなかったのである。

この時はさすがに腹が立って、自分で自転車に記載された電話番号に「警察に届けておくから受け取りに行ってもらいたい」と連絡を入れてから派出所に無理矢理のように持ち込んだ。そして「盗まれて困っていた」という相手先からとても感謝されたのだった。

そして先週にも同じように自転車が放置されてあった(写真_下段左側)ので、「10年以上前もこんなことがあったが、全然動いてくれず、こっちが自分で連絡取って感謝された。今回はちゃんと動いてくれ」と警察に連絡を入れたところ、さすがにすぐにパトカーで来てくれた。

調べてみると、防犯ナンバーはなんと函館のものだった。この時は「こうしたケースは警察の管轄じゃないので、こちらから市に連絡を入れて引き取ってもらいます」とのことで、翌日には実際に回収されたようだ。

ところが今朝、また同じように草むらに自転車が放置されてあるではないか。今度はかなり小型の自転車である(写真_下段右側)。ここまで来ると、近所に自転車ドロボーの常習犯がいるとしか思われない。自宅のすぐ近くに乗り捨てるのはさすがに憚られて、袋小路の奥に捨てているのだろう。

これについてまたこちらが当局に連絡すると、先週のように迅速に撤去されてい、そうなるとまたまた同じようなことになりかねない。そんなわけで、今回はこのままもう少し様子を見ることにした。

それにしても、本当に鬱陶しいことである。

 

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