恣意的運用は困るのでまずはルールどおりに、だめならルール変更を

ところどころ「そうなの?」と思うけど、これを読む限りは無償化しないと公平性を保てないと思う。どうしても嫌ならば法律変更して非一条校を無償化対象から外すしかないと思う。

こちらの話は、法律を守った上での運用の話。民族教育を行うことに異論はないが、朝鮮学校での教育は民族教育の範疇を超えているだろうというのが趣旨。

上のエントリーの議論は、朝鮮学校の教育内容から考えて下記の(ハ)の分類に入らないだろうという話。

ただし、「外国人学校など」と一口にいっても実態は多様ですので、「高校無償化」を適用するにあたって文部科学省令が定められ、以下の3種類が対象になると規定されました。
〜中略〜
(ハ)高等学校の課程に類する課程を置くものと認められるものとして、文部科学大臣が指定したもの。いわば「その他」に当たります。ここには、(ロ)に漏れたインターナショナルスクールとコリア国際学園、そして朝鮮学校が含まれます。
(Synodos:朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A 金明秀より)

仮にこの主張が正しいとして、公平性が最も重要性される公的機関がこの主張どおりに法律を適用しようとすると、以下のことを行わなければならない。

  • 多くの国民が受け入れ可能な民族教育の定義が必要(これがないと恣意的運用と言われてしまう)
  • 上記引用部分(ハ)に属するすべての学校の教育カリキュラムの調査が必要

私は、上記の人的・時間的コスト+朝鮮学校を除く外国人学校からの反発というコスト費やして、10校に満たない朝鮮学校を無償化から排除するだけというのは割りに合わないと思う。

知的興味としては、民族学校と言った時には、国境が関係あるのかというのは興味があるところだけど。たとえば、北朝鮮と韓国は本当に一民族としてみて良いのかということ。

とまれ。こういう風に行政が恣意的な動きを見せるのは怖いし、困る。これをよしとすると、最近の田中真紀子前文部科学大臣の振る舞いも同様によしとしなければいけなくなる。