◆「20万匹はウソ」
番組にはホタル飼育担当者の阿部宣男氏が「元館長」を名乗って登場。記者から、1995(平成7)年度に約20万匹を羽化させたという報告について問われ、阿部氏は「20万匹というのはウソです」と虚偽報告をしていたことを自ら告白しました。
同時に阿部氏は「当時、板橋区として『数を拡大して言え』というのがあったんです」と、20万匹というのは上司の指示による予算獲得のためのウソの報告だったと弁明。
さらに、
「あの施設(板橋区ホタル館)で20万飛ぶわけはないだろうという部分は実はある。ただもう記録に残っちゃってるので、私はだから言わない。今日までひと言も誰にも言ったことがなかった。今回初めて自分は暴露した」
と、自らが「不正の内部告発者」であるかのように語りました。
「20万匹はウソ」という告白は、20年におよぶ板橋区ホタル生態環境館(旧・ホタル飼育施設)の運営実態を解明するうえで重大な意味を持ちます。
これまでの板橋区の報告によれば、
とされてきました。
ここに示された生息数はすべて阿部氏が区に報告していた数字です。
阿部氏の告白はこのうち1995年(平成7年)の「20万匹」について、「ウソ」として否定したわけですが、20万匹がウソとなれば、1993(平成5)年の「66,346匹」も、最近の「年間約2万匹前後」も、真実の生息数として信用できる根拠は何もないことになります。
◆2万匹でも多すぎる
もともと、板橋ホタル館で毎年2万匹前後のホタルを成虫(羽化)になるまで飼育すること自体、「奇跡」ともいえるきわめて難しいことで、ほとんどありえないことです。
ホタル館のせせらぎは、湿地帯5.4㎡(1.8m×3.0m)と流れの部分19.5㎡(15m×1.3m)から成り、川表面積は、249,000㎠(54,000㎠+195,000㎠)=24.9㎡です。
さなぎになるため上陸する寸前までこのせせらぎの中で過ごすのですが、2万匹の終齢幼虫(体長は約2センチ)がせせらぎの中にいるとすると1㎡あたり803匹以上という高密度になります。逆に1匹あたりの面積は12.4㎠しかありません。
◆カワニナで埋まる水域?
ボウフラやアブラムシなら、こうした高密度になることもあるでしょうが、ホタルはカワニナという貝を捕えて餌にする生き物です。これだけの高密度ではカワニナを確保するのもむずかしく、生き残るだけでもたいへんです。
餌になるカワニナが同じ水域にいなければならないことを考えると、とんでもない超過密な環境です。
ホタル2万匹の飼育がほんとうなら、せせらぎはすぐにカワニナの貝殻で埋まってしまうことでしょう。
◆成虫の数倍必要な幼虫数
さらに終齢幼虫のすべてが成虫になることはなく、幼虫から成虫になる割合=羽化率を考えると、2万匹を成虫にするためには、その数倍の幼虫が存在しなくてはなりませんから、せせらぎのなかの過密ぶりは常識外のものになります。
【ホタル館建設時の経緯を伝える新聞】
◆ウソをつく動機とは?
「20万匹はウソ」という阿部氏の告白に話をもどしましょう。
阿部氏は「予算獲得」という動機で、「上司から」ウソを強要されたかのように語っています。
ホタル館は区民に人気のあった施設であることは確かですが、同時に、税金の使い方という観点から「事業見直し」や「廃止すべき」というきびしい意見も根強くありました。
ですから、施設開設から現在にいたるまで、施設存続のために「予算を獲得」し、ウソの報告をあげる動機はずっとあったといえます。「平成7年だけウソをついた」という言い訳は通用しません。
◆ウソの責任転嫁
「上司の指示」でウソをついたという阿部氏の「暴露」も信じることはできません。
指示をした上司とはだれか? 直近の課長か? その上の部長か? それとも区長がじかに阿部氏に指示をしたのか? 秘密を守る見返りはなんだったのか?ーー阿部氏は指示されたときの状況を何ひとつ説明していません。
そもそも、予算にもかかわる「ウソの報告」は、明らかになれば即刻懲戒免職にもなりうる重大な不正行為です。
しかも生息数のグラフを見れば一目瞭然ですが、20万匹という数字は突出しており、こんな不自然な数字を出して、誰も疑わないほうが不思議です。
これを上司が指示したとすれば、かなりのリスクです。部課長が、これほどの大きなリスクを負ってまで、阿部氏に指示をしたとは到底思えません。
逆に現場責任者の阿部氏が報告した数字であれば、どんなに不自然な数字でも部課長にはそれを否定する根拠も知識もありません。ホタル館が長年にわたり、事実上、阿部氏ひとりに任せっぱなしになっていた一因も、そこにあります。
◆「相変わらず無関心」な上司
もともとホタル飼育事業は、1992(平成4)年に温室植物園の閉園とともに終了することが決定していました。それを住民や阿部氏とその支援者たちの強い働きかけにより、現在の場所に施設をつくり継続することになったという経緯があります。このことは阿部氏の著書『ホタルよ、福島にふたたび』などにも詳しく書かれています。
阿部氏には「ホタル飼育を続けたい」という強い動機がありますが、部課長には「区の方針に従う」という意思以上の思いがあったという痕跡はありません。
『ホタルよ、福島にふたたび』で、ホタル館開設当初について、阿部氏は次のようにこんな述懐しています。
「理想の施設に向けて一歩ずつ進み始めていました。
そんな私の活動に対する役所の態度は、相変わらず無関心でした。区長が認めたことだから黙認しましょう、という思いだったのかもしれません。
もっとも、私はほったらかしにしてくれたほうが助かります。余計な口を出されるよりも、自由にさせてくれたほうがいい。むしろありがたいくらいです」(同書111ページ)
ウソという秘密を共有した上司と部下の関係にはとても思えません。
◆ウソの最大の責任者は?
いくら「上司の指示があった」と言い張ったところで、阿部氏の責任=罪はいささかも軽減されません。
現場責任者として「ウソはつけない」という態度をとるならば、部課長にウソの報告を隠ぺいする手立ては何一つありません。
仮に部課長がウソを知っていたとしても、阿部氏が積極的でなければウソは成立しないのですから、阿部氏こそが「ウソ報告」の最大の責任者であるといっても過言ではありません。
◆ウソの社会貢献で博士号?
阿部氏はのちに、数多くのホタルを10年以上累代飼育することに成功したことが「社会貢献」として茨城大学大学院から認められ、同大学院から理学博士号を取得しています。
茨城大学大学院への入学や博士号取得の重要な資格要素である「社会貢献」に、大きなウソがあることが明らかになったのですから、阿部氏の学歴・博士号についても見直しがされるべきです。
それほど、このウソは重大なのです。
◆ホタル館の業績という虚構
毎年2万匹のホタルの羽化、25年間にわたるホタルの累代飼育、全国130か所でのホタル再生事業、カワニナとコモチカワツボのミネラル分の解析、ホタルとクロマルハナバチの共生関係、ナノ銀による放射能除染――これらはすべて阿部氏が報告・証言している板橋区ホタル生態環境館の「業績」です。
阿部氏は懲戒免職処分を不服として、板橋区を提訴しています。この裁判を罪を逃れるための時間稼ぎにしてはなりません。裁判を理由に、調査を躊躇したり、情報の公開を妨げたりせずに、事実の徹底解明と区民への周知を、板橋区につよく求めたいと思います。