Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

「東京大学大学院大学経営・政策フォーラム」に参加してきました

high190です。
10月17日(土)に東京大学本郷キャンパスで開催された標記フォーラムに参加しました。今年の3月に大学経営・政策コース*1の設立10周年記念シンポジウムに参加しまして、*2その際の議論が非常に興味深かったので、ホームカミングデイという若干場違い感がある中でお邪魔してきました。今回も内容について、簡単に所感をまとめてみましたが、理解違いなどがある可能性がありますので、悪しからずご了承下さい。


修了生コーストークセッション:修了後のキャリアと大学経営・政策コースでの学び
大学経営・政策コースでの学びとコース修了後の活動とのレリバンス、今後のコースに期待する教育内容について、コース修了生とコース現役教員によるトークセッション。

当日はコース修了生の方がパネリストとして4名登壇され、コメンテーターとして大学経営・政策コースの福留東土准教授*3が出席されていました。パネリストの皆さんは、氏名・所属が事前告知などで非公表でしたので、本ブログでも匿名にて取り扱いたいと思います。簡単に触れますと現職の大学職員が2名、大学職員から大学教員に転職された方が1名、企業勤務の方が1名です。司会進行もコース修了生の方が担当されていました。

トークセッション・テーマ1〜大学経営・政策コースの教育プログラムについて〜

  • 修了生調査の結果と論点整理
  • 【コースワーク】
    • 大学経営・政策コースでは、多種多様な科目が開講されているが、科目によって満足度に段差がある。講義内容によって修了生の「学習の満足度」「職場等での有用度」に程度の差がある。
  • 【修士論文】
    • 修士論文を修了生は重視する傾向が高い。ただ、その反面、有用度はあまり評価されていない。この点を明らかにできれば。教育目的と手段が合致しているかを議論したい。
    • コースに入って驚いたのは「大学の歴史」を学んだことだった。そもそも、実践的なことを重視するのだと思っていた。また、統計学も学んだ。数字を扱う事には苦手感があったが、大いに役立った。その他の印象深い授業では外部講師から高等教育の最前線の情報を得る事ができ、理論と実践の両方を学ぶことができた。正直なところ「学びたい」気持ちより「入学したい」という思いが強く、カリキュラムを見ずに入学したぐらいだった。修士論文は辛かったが、集大成として書き上げた。
    • 自分は大学職員ではなく企業勤務なので、入学の動機は異なる。企業人の目線で、ある地方の大学を訪れたとき「何故、こんなところに大学を作るのか」「そもそも学生は来るのか」など、素朴な疑問を感じた。大学の現場を回るうちに、大学を作る際には様々な政治的意図が組み合わさっていることが分かり、本コースに入学することで分かる事ができるようになるのでと思った。
    • 元々、東海地区の私立大学で働き、その後に関東地区の私立大学で職員として働いたが、最初の大学では学部等の設置認可申請業務を担当した。*4 *5 *6 *7その際、「設置の趣旨」を書いたが、学内の教員にかなりコテンパンにされた。そういう部分に対する反骨精神もあって入学を決意した。ただ、入学後には修論テーマでコテンパン(先行研究がない、研究する意味が無いなど)にされたが、そのことを通じて自らの研究能力の無さに気がついた。
    • 大学職員になる前は民間企業で働いて、その後に母校に戻って職員になった。教務部で働いたが、知識の足りなさを感じるとともに職場の先輩が本コースに通っていることを知ったので、まずは科目等履修生として1年間学んだ。入学してからは様々な背景の学生が集まって、他流試合を行うような形だった。テーマを与えられ、グループワークなどを行って、圧倒的な知識量の差に気づき、もっと学びたいと感じるようになった。私立大学に勤めているので、私立大学が今日に至るまでの経緯等を知る事が役立った。
  • 【質疑応答】
    • 教員・同僚に対して、という入学動機があったが、学生に対しては何か意識が変わったか。
      • 学部時代は卒業までに至る事が一番大事だった。しかし、社会人になって「何故学ぶのか」「何のために学ぶのか」ということを改めて自分自身が感じて、学生と接する際に「学ぶことの意味」を端的に説明できるようになった。
      • 管理系の仕事が主だったので、学生との関わりが少ない仕事だったこともあって、あまり変わらなかった。
      • 学生と窓口で対応すると「声の大きい」学生だけの意見を取り上げていいのかという疑問が生じた。研究テーマは「学習成果分析」だったが、勤務先は学生数が多いので、個々の学生と話すのではなく総体として見ていくことが大切であると思っている。その際に教学データなどとの統合等を行い、分析することが大切である事に気がつくようになった。
  • 【福留先生コメント】
    • コース長の山本先生が必ず説明会で言うのは「うちのコースは専門職大学院ではありません」という意見。修士論文を必ず求めているのは、そのような背景がある。登壇されている修了者は金子元久先生*8時代の修了生だが、現在、自分が授業する前にも「この授業は必ずしも実務に役立つ訳ではない」ということを伝えてから授業をすることが多い。しかしながら、例えば自分が担当する大学の国際比較では、他国の大学は制度面でも教育内容も大きく異なる中で、その知識を得る事によって自らの中で「大学のイメージの転換」を行う事ができることに繋がる。
    • 修士論文については大きく2つの観点から重要。大学について自分の手で知識を作り出す、自分の関心を具体化することを取り組んで「形にする」ことが大切である。知識を吸収するだけではなく、自分の中での体系化ができる。大学の目的は教育と研究である。そのプロセスがどのように行われているかを職員自身が知る事ができる。学術が出来上がる過程を知る事の重要性。
    • また、修了生調査に「他大学や官庁でのインターンを取り入れるべき」という意見もあるので、実践的なプロジェクトなどを今後取り入れていくことも考えられる。実際には在職者が入学してくることを想定しているが、ストレートマスターに対応するプログラムも考えられる。専任教員がカバーできない実践性を伝える講義については、知見と実践を兼ね備えた実務家教員を外部講師として招聘する事で対応している。実務と理論をどのように架橋していくかが重要だと思う。
  • 【修士論文についてのパネリストからの補足】
    • 元々、理工学部の図書館で仕事をしていた。情報を提供する立場としてはできていたが、自ら研究することによってさらに質の高い情報を提供できるようになったと感じた。例えばアメリカの大学での図書館司書は、図書館情報学と自らの専門分野とで学位を保有している。先ほども話のあった「学術」という点について、そのために支援することをどうするのか、という点で大いに役立った。修士論文の執筆は大変だが、これは決して体育会のしごきのように『自分もキツかったんだら、後輩にも同じ苦しみを味わわせる』というものではなく、知的生産の仕組みを知り、学術のクオリティーを保つために不可欠なのだと知った。
    • 休日に修士論文に没頭するという学生ならではの経験ができることは、修士論文を各意義ではないか。修士論文はバラバラの要素を組み合わせて作り上げる「自分の宇宙」である。今残念に感じるのは、多忙だったので先行研究のレビューができなかったのが悔やまれる。
    • 修士論文は、現在の教員としての仕事には役立ったが、当時の職員としての業務には寄与しなかった。ある意味で修士論文を書き上げることは「ファカルティ同質性の向上」である。大学を構成する教員と職員の同質性を高める事で、教職協働を深化させることができるのではないか。
    • 入学する段階、論文を書いている段階では「何故書かなければならないのか?」と思っていた。1年時は講義科目が中心で新しい知識を得るが、論文は限定的な領域で掘り下げていくことが必要。掘り下げる事は苦痛ではあったが、書き終わってみると書いている知識そのものが有用ということもあるが、形にすることを通じて得られる複合的な知識が得られること、先行研究にあたってみて検証すること、検証過程をまとめる技術、説明する技術はこれからの仕事にも役立つ有用な経験だと感じた。

トークセッション・テーマ2〜コースでの学びと修了後のキャリアについて〜

  • この中では修了後に職を変えた方は1名だが、昇進・昇格以外にもどのようにキャリアの影響があったかを討議する。
  • 【コースでの学びと修了後のキャリアについて】
    • 修了後も同じ職場・同じ部署なので変わってはいないが、教学IRを担当する事になった。そのきっかけは、修士論文を書き上げる際に教学担当副学長に依頼して教学データを活用させてもらい、最終的に論文を書き上げた。その過程で副学長と議論する機会を得て、研究内容を延長するような形で教学IRを担当するようになった。
    • 修了当時は関東地区の私立大学総務部に在籍していたが、昇進試験を受けたこともあって係長に昇進した。しかし、あまり給与面では変わらなかった。シグナリング効果もあると思い、当時の職場でIR室を作る際に大学院で得た知識・経験が活かされ、その経験を活かして現在の職を得ることに繋がった。これからの大学では高度専門職の働く枠が増える、増えていって欲しいと思っている。
    • 大学院を修了したことで勤務先企業の会議で話が通りやすくなった。高等教育を学ぶことによって、外部の人間も認めてくれるようになった。自分自身が女性なので「仕事を続ける」シグナルを発する事にも繋がった。
    • 適当な論文を書かせない、という役割を図書館司書に拡大したい。単に情報を提供するだけの存在からの転換が必要。修士論文の内容をベースに「IDE-現代の高等教育」*9に投稿し、日本高等教育学会での学会発表などを経験した。発表すると反響が返ってきて次のステップに繋がっていく。発表などを繰り返していくことで、徐々に研究歴が増えていく事になり、縁があって他大学で非常勤講師を担当することになった。このような積み重ねを繰り返す事で業務のステップアップとともに、学び続ける事で自分ができること、やりたいことをできるようになっていく。
  • 【質疑応答】
    • 素朴な疑問だが、大学院進学を職場にはどの程度オープンにしていたか?
      • 出願要項を見ると分かるが、通学には上司の承諾が必要で「学業に専念させる事」という一文が入っている。変な話、仕事をしながら研究を並行して行うので大変だが、職場の理解を得られるようにしていた。どうしても講義に出られない時は同級生にノートを貸してもらう、追試験を組んでもらうなどの対応をしていた。自費で通学したが「大学の金で行った」とか「仕事に穴をあけた」と言われないように気をつけた。
      • 大学を顧客とする企業勤務のため、反対されるだろうと思っていたが、その通りに反対されていた。(企業は売り上げを上げてなんぼ、の考え方)大学経営・政策という学問分野に対しての理解がなかったのである。上司の上司までに話を持っていくことで承諾してもらえた。
      • 職場には受験する際には言わず、合格してから承諾を得にいった。上司も了解してくれたが、当時、管理部門である総務部だったので、時間的な余裕があったことも大きかった。
      • 職場に通学している先輩がいたので、職場側の理解はすぐに得られた。ただ、仕事をしながら通学するので、仕事に穴をあけないように気をつけ、体調的にも大変だったが、得るものは大きかった。大学院は図書館を使えるので、非常に学びに繋がる環境に身を置く事が出来る。

総括

  • 【福留先生コメント】
    • 修了後のキャリアは教員にとっても重要なテーマだが、コースを修了して転職するということはあまり一般的ではない。日本の大学の慣習などに依存しているから。修了生がコースで学んだ成果としては、外形的な評価ではなく内面での力量が高まるということが重要である。コースで学ぶ2年間は非常に重要なものだが、それだけで終わるものではない。修士論文で取り組んだテーマを継続して発展させることが大切なので、その点を修了生に期待したい。あわせて、学んだ内容を職場に還元していくことも重要。
    • なお、転職・キャリアアップは一般的ではないとは言ったが、実際に転職する人も入れば学内でキャリアアップしている例もある。日本の大学でも教員と職員の間で働く専門職・戦略的なスタッフとして、自律的な仕事ができる役割が増えてきている。IR、URA、国際交流コーディネーターなどの職種。こういった仕事を想定しながら学ぶことも大事。
    • 特定の戦略的ポジションに関わるための科目をカリキュラムに組み込んでいくことも始めており、IRは大学評価・学位授与機構の森利枝准教授*10に依頼している。また、当コースに欠けているのは学生関係のプログラムであり、アメリカでは専門のサーティフィケートも存在している。*11職員としての実務経験が働くことに役立つ、高等教育の大学教員に関するキャリアも変わってくるかも知れない。アメリカではフルタイムで働く人がマスター、Ph.Dを取得してキャリアアップしていくルートがある。そういう意味での研究者養成などにも繋がるのではないか。
  • 【パネリストからのコメント】
    • 一番の財産だと思っているのは、勤務先の職位・年齢に関わり無く、修了者間のネットワークができていることである。これは目には見えない財産だが、自身は先行研究調査などの講義をボランティアで行っている。よって後輩とも繋がっている。また、教員との繋がりに関しても大きい。例えば学会発表に関して教員と一緒にリハーサルを行ったり、論文投稿の前に簡単に査読して下さったりなど、修了後にも「一人の弟子」として扱ってもらえていることは大きな財産である。
    • 所属企業ではリサーチも請け負っているが、修了生調査の回収率が70%以上なのは凄いと思う。通常の卒業生調査では25%程度。帰属意識の強さを感じる。
    • 今後に進学を考えている人に伝えたいことは、先ほど福留先生がおっしゃっていた学生関係の研究領域が抜けている点について、先日ペンシルベニア州立大学に行った際、学生支援アドバイザーという仕事がある事を初めて知った。またこれから大学入試も大きく変わるので、入試に関わるプロフェッショナルなども目指して欲しい。
    • たまたま自分が入学した期は男性だけだった事もあって、学内だけに留まらず、プライベートでも人的な繋がりが出来たことは非常に大きい。人脈形成という面では大きなメリットがある。また、修了生でも夏の海外研修プログラムに参加できる、修了後にも勉強会で発表できるなど、修了生に対する支援体制も非常に充実していることは、特筆して良い部分ではないかと思う。
    • コースワークと満足度のねじれが分かったのが調査結果だったが、各登壇者はそれぞれが解決しているように見えた。そのための政策立案能力の形成が必要であるということが分かったかと思う。修士論文を重視する理由はここにある。これから大学設置基準の改正などでますます職員の役割の重要度が増してくる事は間違いが無い。そのためにも当コースでの学びを活用して欲しい。

総括のコメントを聞いていて、どこかで同じようなコメントを読んだことがあるように感じたので調べてみたのですが、一橋大学の米倉誠一郎教授がハーバード大学に留学していた際の思い出を書かれた記事を読んだ際、目にした内容と似ていたので以下に引用します。


話は逸れるが、僕はアメリカのPhDやMBAで学ぶ知識はそれほどたいしたものではないと思っている。ただ、これらの学位に意味があるとするならば、「あれだけ辛いことを出来たのだから、自分に出来ないものはない」と思わせる限界努力関数の証明と、「同じ釜の飯を食った仲間」の存在だと思う。だから、今でも大学院時代は楽しかったと思い出せるが、「もう一度やる?」と聞かれれば、即答で「ノー」。

登壇された修了生の方々からのお話を聞いていて、私が一番強く感じたことは「学んだことをどのように活かすかを今でも模索し続けている」という点です。学位を授与する大学は学位の質保証を行わねばなりませんが、学位を得るということは、その人自身の能力に関して一定の質保証がなされていると世の中的には捉えられると思います。もっと具体的に述べるとすれば、大学院を出ているだけの高度な能力を示すことができなければいけないということです。今回登壇された4名は非常に優秀な方々だと感じましたが、学び続ける姿勢を持って活動されている姿に感銘を覚えました。行って終わり、ではなく研究を続けるということは大切ですね。ブログも同じだと思っているので、書き続けることの大切さを改めて認識させられました。また、修士論文の執筆については皆さんが苦労を述べられていたところに注目しました。上記の米倉先生の記事にも「限界努力関数の証明」という言葉が出てきますが、やり遂げるというプロセスを通じて自分自身の成長を実感できることが、論文を書くことの意義のひとつなのかなと。
私自身は大学院で学んだことはないですが、通いたいという気持ちは持ち続けてきました。しかし、自分が追求したいと思う研究テーマを決められるまでは、大学院に進学するのではなくサーティフィケート・プログラム*12 *13を受講したり、科目等履修生として学ぶ程度でもよいのではないかと考えています。また、私は天邪鬼なので違った観点から大学経営・高等教育にアプローチしてみたいという思いもあります。いずれにしても、自分自身の中で大学院進学というものを再度考え、整理しようというモチベーションをいただいた素晴らしいトークセッションでした。今後も同種のイベントなどがあれば参加してみたいと思います。

*1:東京大学大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 大学経営・政策コース http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/

*2:東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース設立10周年記念シンポジウム「大学経営・政策人材と大学院教育」に参加してきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20150403

*3:スタッフ紹介「福留東土准教授」 http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/faculty/cat221/

*4:私も設置関係業務を担当したことがあります。提出書類の作成の手引き、事務担当者説明会資料、大学設置室のWebサイトなどを参照するとイメージしやすいかと思います。

*5:大学の設置等に係る提出書類の作成の手引き http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ninka/tebiki.htm

*6:大学設置等に関する事務担当者説明会 http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ninka/1289295.htm

*7:文部科学省高等教育局高等教育企画課大学設置室 http://www.dsecchi.mext.go.jp/

*8:現在は筑波大学大学研究センターにいらっしゃいます。 金子元久特命教授 http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/center/staff/staff_kaneko.html

*9:IDE大学協会の出版物 http://ide-web.net/newpublication/blog.cgi?category=001

*10:森利枝准教授 http://www.niad.ac.jp/n_kikou/soshiki/kyouin/kenkyu/1178258_1891.html

*11:ちょっと探してみましたが、カナダのトレント大学に類似のプログラムがあるようです "Student Support Certificate" https://trentu.ca/studentaffairs/certificate.php

*12:筑波大学・Rcus大学マネジメント人材養成プログラム http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/program/index.html

*13:東北大学アカデミック・リーダー育成プログラム http://www.ihe.tohoku.ac.jp/CPD/lad/program_2015.html