2024-12

2010・11・28(日)マルタ・アルゲリッチ・セレブレーションズ

   すみだトリフォニーホール  7時

 アルゲリッチが、ついに東京に帰って来た――という熱気で満たされたトリフォニーホール。客席の雰囲気も、何から何までアルゲリッチ一色、拍手に歓声にスタンディング・オヴェーション。
 彼女が2曲のピアノ協奏曲――ショパンの「第1番」とラヴェルの「ト長調」を弾き、クリスティアン・アルミンク指揮する新日本フィルが協演する。

 協奏曲の間に、アルミンクが獅子奮迅の身振りで新日本フィルを指揮して「ローマの謝肉祭」(ベルリオーズ)を演奏したが、客席はさっぱり盛り上がらない。オケには気の毒だが、オケにも責任がある。そもそも新日本フィルの演奏に、協奏曲を含めて何となく熱気が感じられないのだ。
 このオーケストラは、定期では在京ベスト3に入る出来を示すくせに、「お座敷」では何か気の抜けた演奏をすることがある――。

 それゆえアルゲリッチの、千変万化の音色と表情を持つ素晴らしいピアニズムが、どうもオーケストラとしっくり合わないような印象を生んでしまうのだ。ピアノはピアノ、オケはオケ、という感である。
 これは多分アルミンクとアルゲリッチとの呼吸の問題だろうが、更に言えば、若いアルミンクの経験不足のせいもあるだろう。1階席中央で聴いた限りでは、強奏個所のオーケストラの音量などにも、協奏曲としてはどうみても無茶なところがあるように感じられる。ラヴェルの協奏曲での大太鼓の音量など、その最たるものではなかろうか。

 それにもかかわらず、アルゲリッチの演奏の方は、オーケストラをさえ霞ませるほどの存在感だ。
 それは絢爛華麗というより、昔に比べればむしろ抑制された――沈潜へ向きつつあるような音色と表情を感じさせるが、その精妙さ、自然さ、優雅さは、いつもながら比類のないものであった。ショパンの第3楽章における隙の無い流れの美しさなど、思わず嘆声を洩らしたくなるほど素晴らしい。

 アンコールには、ラヴェルの協奏曲の第3楽章を演奏、そのあと、ついにソロでショパンの「マズルカ」の「第15番ハ長調作品24-2」を弾いてくれた。あたかもラヴェルか、シマノフスキかと思わせるような、噴水から散る水がきらきらと輝き戯れるようなイメージで、これぞまさにこの日最高の世界であった。

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