2024-12

2010・11・26(金)ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団

   サントリーホール  7時

 今日が東京初日。プログラムは、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」(ソロは諏訪内晶子)と、マーラーの交響曲第1番「巨人」。皇太子や小泉純一郎元首相らも聴きに来て、すこぶる賑やかな客席。

 腰の都合もあって、2階センター後方で聴く。
 このあたりの席で聴くと、音はややこもり気味の、よく言えば柔らかい響きになる。そのせいかどうか定かではないけれど、ゲルギエフが振ったロンドン響の音色は、以前聴いたプロコフィエフ・ツィクルスの時よりもずっとおとなしい安定した雰囲気のものに聞こえた。

 ただこれは、音が曖昧になっていたとか、演奏に活気が失われていたとかいう意味ではない。
 面白かったのは、弦の音色などに一種独特な柔らかい艶のようなものが感じられて、それはまるで90年代のマリインスキーのオーケストラがゲルギエフのもとで響かせていた音色に、実に良く似て来ている――という事実である。
 まあ、いずれにせよそれは、ゲルギエフがこのロンドン響を完全に手中に収めていることを意味するだろう。

 おとなしいとは言っても、「巨人」第1楽章コーダでオーケストラの響きがみるみるうちに山のように盛り上がって行く――単なる音響としてではなく、音楽の質量という意味も含めてだ――あたりは、ゲルギエフ得意の豊かな力感にほかならない。
 また、全楽章にわたって細かいアッチェルランドやリタルダンドなどのテンポの揺れ動きが実に自然に、見事に息づいている。これは、所謂マーラーの、気分の変化の激しい――躁鬱症的な「唐突でヒステリックなテンポの変化」という概念を払拭した演奏となっていたとも言えるだろう。こういう解釈も興味深かった。
 第3楽章中間部での最弱音の、ふくらみのある細やかさも良い。
 世の中では、「ゲルギエフのマーラー」は何となく色眼鏡で見られている傾向なしとしないが、私は結構面白いと思っている。

 前半のシベリウスの協奏曲では、ゲルギエフは第1楽章と第2楽章で最弱音を多用し、その矯めたエネルギーをフィナーレで一気に炸裂させるという手法を採った。
 しかしここでは何よりも、諏訪内晶子が聴かせた素晴らしいソロを讃えねばなるまい。
 冒頭、聞こえるか聞こえないかの最弱音で囁くオーケストラの弦楽器群に乗って始まった彼女の粘りのある濃厚な色合いと、強烈な自己主張とを示すソロの凄まじさから、まず息を呑まされる。第2楽章での濃密な歌、第3楽章でのゲルギエフの煽りに一歩も退かず骨太な音楽で渡り合う気魄など、最近の彼女のスケールの大きな演奏は、見事なものである。
 チャイコフスキー・コンクール優勝から今年でちょうど20年。いよいよ個性的なヴァイオリニストになって来た。

コメント

東条先生、ご健在でよかったです。しばらく日記途絶えると、大丈夫かな~、どっかでのびちゃってないかな~、と猫はこれでも心配するのであります。少なくとも我輩の散歩道には見当たらなかった・・・。小泉元首相ですか。戦争後初めて、ドイツの首相がバイロイト音楽祭に鑑賞に来た200?年、小泉さんも一緒で、ツーショットでテレビ(ドイツの)に出てたのを見た記憶あり。ドイツでは、少なくとも私のまわりのドイツ人には、「Koizumiはリチャード・ギアに似てる、なかなかカッコイイ」とか言われて、結構人気をとってました。さすがは息子さんが俳優なられただけありますね。諏訪内さんはたくましく成長されたヴァイオリニスト、自らのに加えて、世界中の名オーケストラ、名指揮者との共演などを通して、沢山の英気を吸収されたのでしょう。

1977年11月18日のお礼

東条先生
鈴木と申します。場違いなコメントをいたします。

1977年11月18日の、カラヤン・ベルリンフィルの第九をCD化してくださり、ありがとうございました。

ブックレットを読み、機材のトラブルで不完全な録音であったこと、当時の担当ディレクターとして不備のある録音を世に出すことにためらいがあったこと、にもかかわらず貴重な音楽遺産を埋もれさせてはならないと考えて最終的にCD化に同意したことを知りました。
苦渋の決断であったと推察します。本当にありがとうございました。

当時高校3年生だった私は、どうしてもカラヤンを実演で聴きたくて、受験勉強も放り出し、東北は秋田から生まれて初めて一人で上京し、あの第九の演奏会に行きました。

中学の時に友達の家でカラヤン・ベルリンフィルの「運命」を聴き、鳥肌が立ち、一辺にクラシックファンになり、お金がなかったのでレコードはあまり買えませんでしたが、FM放送でいろいろな曲のさまざまな演奏を聴きました。バーンスタイン、ベーム、ショルティ、サバリッシュ、アバド、フルトベングラー、クナ、etcetcを浴びるように聴いているうちに、次第に演奏を聴き分ける耳ができてきて、(自分にとっては)カラヤン・ベルリンフィルのコンビだけが異次元の名演を聴かせてくれる、と感じるようになり、高校生の頃はもうすっかりカラヤン信者になっていました。

そのカラヤン・ベルリンフィルが東京でベートーベンをやる。高3の私はもう絶対にこれは行こう、と決心しました。11月といえば大学受験まで3カ月を切る時期で、当然両親は猛反対でしたが、拝み倒してなんとか一泊旅行の許可をもらいました。本当はチクルス全部を聴きたかったのですが、その望みは叶うはずもなく、どれか一つを選ばならなくなり、16日の5番・6番と迷いに迷って、結局18日の第九を選びました。

その後大学生になり、社会人になり、カラヤンの演奏会には何度も行きましたが、やはり初めて聴いた1977年11月18日のコンサートは格別で、私の思い出の中で特別な場所を占めていました。
その演奏会がCD化され、再び聴くことができた!
この喜びの大きさをどう表現していいのかわかりませんが、とにかくこのCDを世に出してくれた人たちに心から感謝したい気持ちでいっぱいです。
とりわけ東条先生には何らかの形で感謝をお伝えしたく、ブログ記事へのコメントという、まぁなんとも場違いな方法ですが、とにかくお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。

録音ですが、私にはとても好感が持てました。
たしかに録音作品としては十分に仕上がっていないのでしょうが、整備され完成された録音には無い、ある種の臨場感が生々しく感じられ、ルポルタージュとしての価値はむしろ高まったのではないか、とさえ思いました。
普門館の大きさ、ステージの遠さをまざまざと思い出しました。私の席から、舞台は本当に遠かったのです。
スピーカーの間に広がる音場の、中央のずっと遠くの一点から、ヘンドリックスの細い可憐なソプラノが聞えた時、50歳の私は17歳の少年に返り、震えながら涙を流しました。

とはいえ、その他のCD、とりわけ5番6番のCDはすばらしい録音ですね。個人的な思い入れがない演奏は、やはり優秀な録音で聴くに限ります。とりわけこの運命は、数あるカラヤンのレコードの中でも、演奏といい録音といい出色の出来だと思います。あんな凄い演奏をしてたんだ。やはり11月16日も行くべきでしたね。

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