2024-12

2022・6・5(日)マルタ・アルゲリッチ&ギドン・クレーメル

       サントリーホール  7時

 実に久しぶりに聴く、外来の巨匠によるデュオだ。多くの聴衆が詰めかけ、会場はほぼ満席の盛況。海外演奏家の来日が再び活発化して、音楽界が活気を取り戻しつつあることを示す一つの例であろう。
 客も熱狂的な反応を示したが、拍手の量感や長さなどからすると、どうもアルゲリッチ・ファンの方が多かったような━━。

 前半には、クレーメルが無伴奏で、ジョージア(旧グルジア)出身の作曲家イーゴリ・ロボダの「レクイエム」と、ウクライナのキーウ生れのヴァレンティン・シルヴェストリの「セレナード」を弾く。
 前者には「果てしない苦難にあるウクライナに捧げる」という文言が曲名の横に掲載されていたが、これはタイトルではなく、もともとはウクライナにおける2014年の紛争の犠牲者を悼むために作曲されたものだった。恐ろしい巡り合せとも言えよう。

 それに続いてはアルゲリッチとのデュオで、ミエチスラフ・ヴァイセンベルクの「ヴァイオリン・ソナタ第5番」が演奏される。この作曲家もまた、スターリン政権時代に悲惨な目に遭わされた人だった。こういったプログラムに、この演奏会に籠められた、ある強いコンセプトを感じることができるだろう。
 クレーメルの温かみを増した、微笑むような演奏(若い頃と比べ、随分変わったものだ!)と、今なお強靭な気魄を失わぬアルゲリッチのピアノとが、不思議な対照を形作りつつ和する。

 第2部では、アルゲリッチが「作品未定」と予告されていたものをソロで弾く。シューマンの「子供の情景」からの「見知らぬ国より」に始まり、バッハの「イギリス組曲」からの「ガヴォット」、スカルラッティの「ソナタ ニ長調K.141」を組み合わせるという奇抜な構成だったが、特にシューマンからバッハに移った瞬間の奔放な躍動感には驚かされた。全体に感興の赴くままに、といった傾向もある演奏で、時に昔より更に表情の激しさを感じさせるところがあるのが面白い。

 そして最後は、チェロのギードレ・ディルヴァナウスカイテを加えての、ショスタコーヴィチの「ピアノ三重奏曲第2番」。アルゲリッチの強靭な、振幅の大きな演奏と、他の2人の弦楽奏者の優しい表情とが、ここでもやや即興性を感じさせながら絡み合う。この曲がこれほど温かみのある音楽だったか、ということを初めて気づかされた演奏でもあった。

 予定プログラム終了後には、ピアノの前に立ったアルゲリッチを囲むようにして、クレーメルとディルヴァナウスカイテが、彼女のために「ハッピー・バースデイ」を、それも静かに、しかもユーモアに富んだ旋律線で演奏する。
 そしてアンコールは、シューベルトの「君は我が憩い」(三重奏編曲版)と、ルボダ(再び)のタンゴ「カルメン」を演奏するといった具合。
 ウクライナに捧げる想いとともに、あたたかい友情のようなものをあふれさせた演奏会だった。

コメント

幸せのおすそ分け

本当にこころが幸せになる演奏会でした。81歳の誕生日当日のお祝いでした。年齢は否めませんが、音楽は若いまま。力みのない奏法が見事でした。

2日目にサントリー大ホールに行きました。まだまだ元気なアルゲリッチに比べればクレーメルはもう技の衰えが目立つ感じ。技巧派の鬼才としてカラヤンやバーンスタイン、マリナーと次々録音していた頃、アルゲリッチとマイスキーとトリオをサントリーホールで演奏した頃が懐かしい。ウクライナ関係の2曲は静謐で戦禍の禍々しさを純化浄化したイコンへの祈りの音楽。ヴァインベルクもそうだった。おなじみのショスタコーヴィチのトリオは好きな曲だが、前とは打って変わってギョッとするグロテスクな諧謔と怒りがのぞく濃密な音楽。旧ソ連出身の高齢者には圧政や戦争の記憶がリアルなものなのだろうと思った。技は衰えてもイヴリ・ギトリス。ジェラール・プーレやレジス・パスキエのように味のあるソリストの演奏は上手い若手より長く印象に残る面はある。アルゲリッチは八十過ぎても枯れぬ暴れ馬ぶり。クレーメルはともかくアルゲリッチはまだまだ別府に来るはず。ピアノ小品3曲では少々食い足りなかったかも。最後は次々とアンコール。老いたといっても物凄いエネルギーでした。余計な詮索ですがアルゲリッチは同時期来日中の元夫デュトワとはお茶くらいしたでのしょうか。二階からブラボーと頻繁に何度も叫んでいる男がいましたが、かけ声をもう全面解禁されたのでしょうか。衛生上のルールは各自守るべきですけど…。

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