2024-12

2019・2・24(日)東京二期会 黛敏郎:「金閣寺」 宮本亜門の新演出

      東京文化会館大ホール  2時

 黛敏郎のオペラ「金閣寺」の国内上演は、神奈川県民大ホールでの田尾下哲演出(2015年12月5日の項参照)以来になる。
 今回は、宮本亜門が演出したフランス国立ラン歌劇場との共同制作プロダクションによるものだ。オリジナルのドイツ語上演で、日本語と英語の字幕が付く。

 ダブルキャストの今日は、ほとんど出ずっぱりの主人公・溝口を宮本益光が熱演。右腕に障害を持ち(これは三島由紀夫の原作とは違う設定になっているのは周知の通り)、屈折した性格を自ら認めて苦悩しつつ解脱を求めて抗う主人公を、実に見事に歌い、演じ切った。終始、右腕を曲げたままでおどおどしているその演技は、三島由紀夫が描いた主人公のイメージに重なり合う部分も多い。

 その他の主役たち━━鶴川の加耒徹、柏木の樋口達哉、「父」の星野淳、「母」の腰越満美、道詮和尚の志村文彦、有為子の冨平安希子、「若い男」の高田正人、「女」の嘉目真木子、娼婦の郷家暁子ら、いずれも堂に入った歌と演技だ。大半が自然体の好演━━日本人が日本人役を演じるのだから当然だろう━━だったが、女性歌手の一部に少々無理をしている感の演技が見られたのは惜しい。
 なおこの演出に従い、他に少年時代の溝口役に前田晴翔、溝口の分身(ダンサー)にMAOTOおよび渡辺謙典がクレジットされている。黙役には日本軍兵士、憲兵、米軍兵士、僧、昭和天皇、マッカーサー元帥など多数。

 フランスの若手マキシム・パスカルが指揮する東京交響楽団の演奏は、1階10列という前方の席で聴いた範囲では、響きも表情も、なかなか良かった。
 この指揮者は、2012年にナントのラ・フォル・ジュルネで一度聴いたことがあるが、コンサートに加えられていた「演出」があまりに酷かったため、印象に残らずに終ってしまっていた。最近はあちこちの歌劇場で指揮していると聞くが、いい指揮者である。
 合唱は二期会合唱団。なおこのコーラス、今回は県民ホール上演の時のようなPAなどは一切使わぬ上演だったので、すべてナマ音で自然な響きを聴かせてくれたのは有難い。

 宮本亜門の演出は、彼らしくスピーディだ。過去の記憶、戦後の世相などが、目まぐるしく現われては消える。とかく乱雑になりかねないこういった手法が、極めて流れよく構成されていたのには感心した。
 主人公・溝口の「少年時代」を舞台に蘇らせたことについてはあれこれ論議もあるようだが、三島由紀夫の原作で溝口の「幼時からの記憶」が重要なモティーフとなっていることを思えば、これは悪くない手法と言えるのではないか。

 また溝口の「分身」をダンサーの役で登場させたのも、近年の欧州のオペラ演出では何となく流行りとなっているダンス挿入の手法を応用したものとも思えるし、何より「気弱で無力な」性格として描かれている溝口を、鼓舞し煽り立てる役目として、少なからず意味のあるものだと思われる。
 原作では、金閣寺放火の直前に溝口を鼓舞し、「陥っていた無力から弾(はじ)き出す」のは、「仏に逢うては仏を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を・・・・始めて解脱を得ん」という「臨済録示衆の章の名高い一節である」ということになっている(これは合唱で威嚇的に響きわたる)が、舞台効果としては━━特に外国での上演では━━これだけでは判り難いだろうから。

 舞台には、近年のオペラ演出でも多用される映像技術も、若干だが取り入れられている。ただし、ドラマのクライマックスの(はずの)金閣寺炎上シーンは、今回は見られず、黄金に輝く巨大なボードのみで象徴的に表わされるにとどまっていた。
 金閣寺放火という行動が、溝口の意識内での「解脱」であることを純粋に描き出すという点では、これで充分なのかもしれない。今どき、「神々の黄昏」や「サムソンとダリラ」のラストシーンで、「屋台崩し」をやるような演出は行なわれないのと同じようなものであろう。
 とは言いながらも内心では・・・・やはり芝居としては、田尾下演出にあったような、金閣寺が壮大な炎に包まれる光景が現われた方が、一種のカタルシス効果を生むだろうと思ってしまうのだが━━。舞台美術はボリス・クドルチカ。

 田尾下演出版ではカットされていた「尺八の場面」は復活されていたが、その他の部分では随所にカットがあり、休憩20分を含む上演時間は、ほぼ2時間で収まってしまっていた。しかしその分、ストーリーが凝縮されて解り易くなっていたのは確かだろう(いつか完全全曲版による上演に接してみたいものだ)。
 ともあれ、今回の「金閣寺」。宮本亜門の演出とともに、東京二期会の意欲的な企画を高く評価したい。

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