2024-12

2018・10・20(土)ヴェルディ:「アイーダ」

     神奈川県民ホール 大ホール  2時

 10月8日に札幌芸術文化劇場で観たジュリオ・チャパッティ演出のプロダクションと同一の舞台。

 指揮も同じアンドレア・バッティストーニだが、配役が別キャストで、アイーダがモニカ・ザネッティン、ラダメスが福井敬、アムネリスが清水華澄、アモナズロが今井俊輔、ランフィスが妻屋秀和、エジプト国王がジョン・ハオ、巫女が針生美智子、伝令が菅野敦。
 またこちらではオーケストラが東京フィルハーモニー交響楽団に、合唱は二期会合唱団のみとなった。バレエは、札幌における顔ぶれと同一である。

 札幌公演の時には、演出について少なからぬ不満を述べたが、しかし今日、こちらの歌手の組による上演を観ると、演出指示を少し変えたのではないかと思うくらい、演技の微細な点について工夫が加えられていたので、少々驚いた。もっとも、関係スタッフに確認したところでは、それは演出家の指示ではなく、むしろ歌手たち個人の工夫に由るところが大きいだろうとのことだったが。

 特に目立った例では━━たとえばエチオピア王アモナズロが、娘アイーダが将軍ラダメスを恋していることを彼女の表情から見抜き、すべての状況を一瞬で把握する演技、あるいは自らもエジプトに人質として留め置かれることを聞かされた瞬間にアイーダへ秘かに送ってみせる合図の演技などにおいて、今日の今井俊輔は、極めて微細な巧妙さを見せていた。
 そして、それに対応するエチオピアの捕虜たちの表情も、札幌で観た時よりも今日はなんだかいっそう微細になっていたような気がしたのだが・・・・。

 そして誰よりも演技が細かかったのは、エジプト王女アムネリス役を歌い演じた清水華澄だ。第1幕におけるアイーダとの恋敵としての確執を示す表情といい、第2幕の幕切れでアイーダがエジプトに留め置かれることを聞かされた時の複雑な表情━━恋敵が引続き傍にいるというのは彼女にとって不愉快なことに違いないからだ━━といい、また第4幕での怒りと絶望の演技の表現といい、いずれも見事なものだった。これは、近年の彼女の成長ぶりを示すものであろう。

 この2人を含め、声楽的にも今日は強力だった。ラダメスを歌った福井敬の強靭な声は、まさに「武人」の気魄に相応しいものである。妻屋秀和も堂々たる体躯を生かして風格の祭司ランフィスを演じ、ジョン・ハオも安定したエジプト国王を歌った。
 ただ、アイーダのザネッティンは、可憐で美しい表情が悲劇的なエチオピア王女にぴったりだし、声も綺麗ではあるのだが、「勝ちて還れ」や「おお我が故郷」での切羽詰まった感情を表現するには、声の力の点でちょっと無理があるのかも━━と思われる。

 バッティストーニは、その昔のトスカニーニさながら、歌手たちを己が快速のテンポに巻き込みながら、猛烈にたたみかけて行く。それは胸のすくようなテンポであることは事実だが、しかし演奏全体にもう少し余裕といったようなものがあってもいいような気がする。打楽器を強調したり追加したり、あるいはラストシーンで恋人たちの慟哭と祈りの合唱とが同時に響く個所でのスフォルツァンドを劇的に強調したりするなど、普通以上に煽り立てるところも多いのは、気鋭の若手指揮者ならではの意気込みだろう。
 ただし第4幕の「裁判の場面」冒頭でのコントラバスを抑制するあまり、それよりも最弱音でと指定されている低音の金管に打ち消されてしまったのは疑問だが・・・・。

 彼と気心の合ったパートナーである東京フィルも、今日は凄まじい馬力を発揮した。いかにも荒っぽいところはあるものの、新国立劇場で出しているようなスカスカの音よりは、このくらい勢いのある鳴りっぷりの方が余程マシである。

 ━━それにしても、この「アイーダ」というオペラ、劇的な面での「持って行き方」といい、管弦楽や声楽パートにおける微細な心理描写といい、何と巧みに、見事に創られた作品であろう! 
 第2幕の最後、大合唱が終ったあとのオーケストラの結びにアイーダ・トランペットを再現させてその主題を印象づけるヴェルディの芝居上手の作曲法。
 あるいは第1幕の「征け!ナイルの岸辺に」で始まる大合唱の中、ただまっすぐに勝利を信じてグランディオーゾで歌うラダメスと、それに合わせて同じ主題を歌おうとするアイーダながら、祖国を敵とする矛盾に心が乱れ、旋律は大きく揺れ、リズムもシンコペーションでずれにずれるという巧みな心理描写の作曲技法。

 後者では、そこを歌う際のアイーダの演技が注目されるのだが、今日のザネッティンは、微妙に苦悩の表情を浮かべるという手法を採っていた。

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