2024-12

2015・12・30(火)井上道義指揮大阪フィルの「第9」と「蛍の光」

    フェスティバルホール(大阪) 7時

 「第9」の演奏が終ってオーケストラが退場すると、ステージは暗くなり、舞台後方の壇上に残った大阪フィルハーモニー合唱団が福島章恭(同団指揮者)の指揮で、緑色のペンライトをかざしつつ「蛍の光」を歌い始める。

 ステージ中ほどからはスモークが出て、前方の舞台が沈んだピットの中にそれが集まり、譜面台や椅子が雲海の中に浮かぶように見える━━という演出も加わる。
 歌が終りに近づくとともにステージは次第に溶暗し、合唱団のメンバーも順に退場し、最後の緑色のペンライトが袖に消えるとホールの中は漆黒の闇に閉ざされる。合唱の人数が減って行くにつれ、歌声もフェイド・アウトして行くのが実に美しい。できれば、歌と灯が完全に消えるまで、その余韻が楽しめればよかったと思うが、終るのを待たずに拍手が起こってしまうのは残念だった。

 大阪フィルの名物として知られる、「暮の第9」の最終公演で行われる「蛍の光」に接したのは、私はこれが初めてだ。そもそも大阪フィルの「第9」を、ここ大阪で聴くこと自体が、25年前に朝比奈隆の指揮で聴いて以来のことである。だがあの時は最終公演でなかったせいか、「蛍の光」は演奏されていなかった。それにしてもこの趣向、なかなか良い感じである。

 もちろん今回は、この「蛍の光」だけを聴きに行ったのではない。井上道義が大阪フィルを振って「第9」を演奏するのは、彼がこのオケの首席指揮者となって以降、今年が初めてのはず。どんな「第9」をやるか聴いてみたいと思ったからでもある。

 前座の序曲などは無く、「第9」1曲だけ。
 第1楽章は、速いメトロノーム指定にはとらわれず、別に指定された通りの「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」で演奏されて行く。今日ではむしろ少数派に属する、重々しいテンポの演奏だ。「un poco maestoso」というよりは「molto maestoso」と言った方がいいようなテンポである。楷書調の剛直な音楽づくりで、「セリオーソ」の要素も濃い。

 「まさにマエストーゾだね」と終演後の楽屋でマエストロ井上に言ったら、「うん、マエストーゾ。僕のは昔からそうだよ」と。
 そうだったかなあ?という気もするけれども、とにかくこの倍管(4本)編成による重厚壮大な「第9」は、先日のインバル&都響のそれと同じく、当節ではすこぶる貴重なスタイルの演奏で、むしろ新鮮に聞こえる。いわゆる旧版(ブライトコップ版)を使用している点でも同様だろう。

 第2楽章では、鋭角的なリズムの進行の中に豪打されるティンパニが、音楽をいっそう強大にする。第3楽章は「アダージョ」の指定にふさわしく、ゆっくりした出だしだが、第2主題のアンダンテを経て、後半は高まる感情を抑えがたく次第にテンポを速めて行くといった感になる。
 第4楽章でも、がっしりとしたセリオーソ的な表情は変わらない。暗黒から光明へという理念は反映されていると思うが、歓喜の世界にしては、非常に力強いものの、明るさやしなやかさを表に出さぬままに進められる。

 病から復帰した後の井上道義の音楽には、昔のような大胆不敵な解放感は影を潜め、ひたすらシリアスに音楽の内面に突き進むような姿勢が増したという気がしていたが、この「第9」でも同様、以前より厳しい表情が濃くなって来たようだ。
 全曲終結直前、「マエストーゾ」と指定された「歓喜よ、神々の美しい輝きよ」の個所を思い切り長く遅く引き延ばしたあとのプレスティッシモは力感充分。私が聴いていた2階席からも、多くのブラヴォーの歓声が巻き起こった。

 声楽ソリストは、小林沙羅、小川明子、福井敬、青山貴。特に男声陣は、かなりパワフルな面々だ。
 コンサートマスターは田野倉雅秋。大阪フィルも総力をあげた重厚な演奏だったが、敢えて言えば、ホルンにはもう少し頑張ってもらいたいところである。なお、第4楽章のトルコ風の行進曲の個所で、大太鼓がファゴット群よりも何故かほんの僅か先行し、前打音のような形で入って来るので、ズシンというリズムになっているのが、何となくユーモア感をそそった。
 合唱は、男声よりも女声の方が、音色が綺麗である。だが「蛍の光」は、さすがのハーモニーの美。特に後半、ハミングに入ってからは、ここぞ聴かせどころ、といった雰囲気であった。

 8時半終演。楽屋に顔を出してハローを言ってからホールを出たのは8時40分過ぎ、淀屋橋駅で8時52分頃の地下鉄に間一髪飛び乗る。これに乗り遅れたとしたら、最終の「のぞみ」(9時23分)に乗るためには、ちょっと冷や冷やする事態になったかもしれない。

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