2013・8・20(火)バイロイト音楽祭(終)「さまよえるオランダ人」
バイロイト祝祭劇場 6時
クリスティアン・ティーレマンの指揮だから、演奏も悪いわけがない。
昨夜のペトレンコ指揮の時に比べると、オーケストラの演奏にもかなりの自由さが感じられたが、これがベテラン帝王指揮者の余裕というものだろう。
それでいながらティーレマンの指揮は、強弱の変化などが非常に細かく、音楽の表情にも微細なニュアンスがあふれている。ほんのちょっとしたクレッシェンドの呼吸や、テンポの動きなど、本当に巧いな、と感じさせてしまう。
休憩なし、全3幕切れ目なしの版による演奏だったが、その「持って行き方」にも、並みの指揮者とは違う面白さがある。第2幕最後など、3重唱から次第にテンポを速めて行き、間奏部分の「水夫の歌」が現われるあたりからはアッチェルランドとクレッシェンドを重ねつつ怒涛の勢いで第3幕に殺到し、ドドッと手綱を引き締めたかと思うと、中庸のテンポに戻って「水夫の合唱」のリズムを全管弦楽に爆発させる、といった具合で、その音楽の流れの凄まじさには息を呑まされてしまう。――この人は本当に凄い指揮者になったものである。
また今夜は金管など管楽器群が轟々と鳴り響いた反面、弦は少し抑制気味だった。ペトレンコとの指揮の違いもあるのだろうが、もしかしたらこちらの聴いた位置の違い(今夜は17列上手側)によるものかもしれない。
今回は、バイロイト上演には珍しく、1860年改訂版――序曲と第3幕の終結にハープの入った「救済の動機」がある、あのお馴染みの版である――が使われていた。また第2幕と第3幕の3重唱の個所は、カット部分なしの版で演奏されたが、これも好ましいことである。
オーケストラとともに、コーラスも流石に見事だ。「バイロイトの合唱」の魅力を存分に味わわせてくれた。特に男声合唱の迫力は見事で、第1幕での水夫の合唱もさることながら、第3幕での「ダーラント船の水夫」と「幽霊船の水夫」(もちろん陰コーラスでもマイク増幅でもない、ナマである)との応酬なども聴き応え充分である。
ただ、これに比して第2幕での女声合唱は、概してソットヴォーチェで柔らかく歌われた所為もあるのか、あまり客席に響いて来ない。
しかし主役の男たちの声も、第1幕とそれ以降とでは随分響きが違い、第2幕では音が散るようになり、少し遠くに聞こえていたから、舞台装置の違い(反響板の有無など)によるものがあったかもしれない。
歌手陣では、ゼンタ役のリカルダ・メルベトが、演技は少し単調で曖昧なところもあるが、歌唱で映えた。「ゼンタのバラード」もそうだったが、第2幕のオランダ人(サムエル・ユン)との2重唱ではパワー全開といった感である。
一方、そのユンは、声と風格において、少々位負けの雰囲気が無きにしも非ず。ただこれも、第1幕とそれ以降の場とで、随分声の量感に差が出ていたから、やはり何か舞台装置の構造の影響を受けていたのだろうと思う。
ダーラント役のフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒは貫禄ある歌唱と風格で君臨、舵手役のベンヤミン・ブルンスは若々しいよく通る声で好演である。エリックのトミスラフ・ムジェクは、演技は今一つながら、巨体を利した声がある。乳母マリーのクリスタ・マイヤーは、何故か声がほとんどこちらに来ない。
演出は、ヤン・フィリップ・グローガーである。上演も2年目に入って練れて来たせいか、舞台の流れも比較的良い。
突飛なところも限りなくあるものの、扇風機メーカーのカンパニーに設定したドラマを最後までそのテーマで押し切った点は、好みの問題はともかく、成功しているだろう。歌詞との齟齬を言い出したらキリがないが。
「オランダ人」は、札束を詰め込んだスーツケースを持って現われる。水商売らしき女や、精神安定剤のような薬を薦めるエステの女などを従え、常に苛々しているところは、かなりのトラウマを抱えている男と見える。
ダーラント船長ならぬ「社長」の秘書である「舵手」は、扇風機のカタログをオランダ人に見せて売り込む。「南風だ! 南風だ!」と歌う個所は、契約成立を意味する・・・・という具合に話が進むわけだ。
それゆえ第2幕の「糸紡ぎの合唱」は、扇風機の箱詰め作業のような状況で歌われる。
ゼンタにはオランダ人との結婚を勧めたダーラント社長が、2人が腕を傷つけ合い、血まみれの腕を組み合わせるのを見て、怒って契約破棄を考えるというあたりは、少々ややこしい解釈を生むだろう。
しかし傑作なのは全曲の幕切れで、2人が「死の抱擁」を交わしたその姿を舵手がカメラに収め、ダーラント社長がその画像を眺めて「こいつはいける」という表情を見せたところでいったん幕が閉まり、「救済の動機」が流れる瞬間に再び幕が開くと、その「抱き合う恋人たち」の姿をマークにデザインされた扇風機の新製品が誕生しているというオチになっている。現代の商魂を皮肉っているようなエンディングだ。
だがこの演出、かなり細かくつくりこんでいるとは思うが、私の好みから言えば、フン、そういうテもありますでしょうかな、という感。
結局は今夜も、音楽が救いだった――。
8時15分終演。昨夜の雷雨以降、かなり涼しくなったが、とにかく快適な気候である。
クリスティアン・ティーレマンの指揮だから、演奏も悪いわけがない。
昨夜のペトレンコ指揮の時に比べると、オーケストラの演奏にもかなりの自由さが感じられたが、これがベテラン帝王指揮者の余裕というものだろう。
それでいながらティーレマンの指揮は、強弱の変化などが非常に細かく、音楽の表情にも微細なニュアンスがあふれている。ほんのちょっとしたクレッシェンドの呼吸や、テンポの動きなど、本当に巧いな、と感じさせてしまう。
休憩なし、全3幕切れ目なしの版による演奏だったが、その「持って行き方」にも、並みの指揮者とは違う面白さがある。第2幕最後など、3重唱から次第にテンポを速めて行き、間奏部分の「水夫の歌」が現われるあたりからはアッチェルランドとクレッシェンドを重ねつつ怒涛の勢いで第3幕に殺到し、ドドッと手綱を引き締めたかと思うと、中庸のテンポに戻って「水夫の合唱」のリズムを全管弦楽に爆発させる、といった具合で、その音楽の流れの凄まじさには息を呑まされてしまう。――この人は本当に凄い指揮者になったものである。
また今夜は金管など管楽器群が轟々と鳴り響いた反面、弦は少し抑制気味だった。ペトレンコとの指揮の違いもあるのだろうが、もしかしたらこちらの聴いた位置の違い(今夜は17列上手側)によるものかもしれない。
今回は、バイロイト上演には珍しく、1860年改訂版――序曲と第3幕の終結にハープの入った「救済の動機」がある、あのお馴染みの版である――が使われていた。また第2幕と第3幕の3重唱の個所は、カット部分なしの版で演奏されたが、これも好ましいことである。
オーケストラとともに、コーラスも流石に見事だ。「バイロイトの合唱」の魅力を存分に味わわせてくれた。特に男声合唱の迫力は見事で、第1幕での水夫の合唱もさることながら、第3幕での「ダーラント船の水夫」と「幽霊船の水夫」(もちろん陰コーラスでもマイク増幅でもない、ナマである)との応酬なども聴き応え充分である。
ただ、これに比して第2幕での女声合唱は、概してソットヴォーチェで柔らかく歌われた所為もあるのか、あまり客席に響いて来ない。
しかし主役の男たちの声も、第1幕とそれ以降とでは随分響きが違い、第2幕では音が散るようになり、少し遠くに聞こえていたから、舞台装置の違い(反響板の有無など)によるものがあったかもしれない。
歌手陣では、ゼンタ役のリカルダ・メルベトが、演技は少し単調で曖昧なところもあるが、歌唱で映えた。「ゼンタのバラード」もそうだったが、第2幕のオランダ人(サムエル・ユン)との2重唱ではパワー全開といった感である。
一方、そのユンは、声と風格において、少々位負けの雰囲気が無きにしも非ず。ただこれも、第1幕とそれ以降の場とで、随分声の量感に差が出ていたから、やはり何か舞台装置の構造の影響を受けていたのだろうと思う。
ダーラント役のフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒは貫禄ある歌唱と風格で君臨、舵手役のベンヤミン・ブルンスは若々しいよく通る声で好演である。エリックのトミスラフ・ムジェクは、演技は今一つながら、巨体を利した声がある。乳母マリーのクリスタ・マイヤーは、何故か声がほとんどこちらに来ない。
演出は、ヤン・フィリップ・グローガーである。上演も2年目に入って練れて来たせいか、舞台の流れも比較的良い。
突飛なところも限りなくあるものの、扇風機メーカーのカンパニーに設定したドラマを最後までそのテーマで押し切った点は、好みの問題はともかく、成功しているだろう。歌詞との齟齬を言い出したらキリがないが。
「オランダ人」は、札束を詰め込んだスーツケースを持って現われる。水商売らしき女や、精神安定剤のような薬を薦めるエステの女などを従え、常に苛々しているところは、かなりのトラウマを抱えている男と見える。
ダーラント船長ならぬ「社長」の秘書である「舵手」は、扇風機のカタログをオランダ人に見せて売り込む。「南風だ! 南風だ!」と歌う個所は、契約成立を意味する・・・・という具合に話が進むわけだ。
それゆえ第2幕の「糸紡ぎの合唱」は、扇風機の箱詰め作業のような状況で歌われる。
ゼンタにはオランダ人との結婚を勧めたダーラント社長が、2人が腕を傷つけ合い、血まみれの腕を組み合わせるのを見て、怒って契約破棄を考えるというあたりは、少々ややこしい解釈を生むだろう。
しかし傑作なのは全曲の幕切れで、2人が「死の抱擁」を交わしたその姿を舵手がカメラに収め、ダーラント社長がその画像を眺めて「こいつはいける」という表情を見せたところでいったん幕が閉まり、「救済の動機」が流れる瞬間に再び幕が開くと、その「抱き合う恋人たち」の姿をマークにデザインされた扇風機の新製品が誕生しているというオチになっている。現代の商魂を皮肉っているようなエンディングだ。
だがこの演出、かなり細かくつくりこんでいるとは思うが、私の好みから言えば、フン、そういうテもありますでしょうかな、という感。
結局は今夜も、音楽が救いだった――。
8時15分終演。昨夜の雷雨以降、かなり涼しくなったが、とにかく快適な気候である。
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