韓国と台湾の独立系書店ブームは、日本よりも5、6年早かった。東京・下北沢に新刊書店「本屋B&B」を開業したブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんは、“少規模書店業界”のリーダー的存在の一人。内沼さんは2016年と2018年に韓国と台湾の書店を巡り、それ以降も機会があるたびに訪れている。通ううちに、ハングルや繁体字など、世界の中ではマイナーな文字で出版を行う国(地域)のほうが、書店や出版業に対する危機感が強く、学ぶべきことが多いということに気づいたからだ。内沼さんインタビュー第1回は韓国と台湾の書店事情。
「出版業の課題先進国」としての東アジア
内沼さんは2016年に韓国、2018年に台湾を訪問して書店を回り、それをもとに『本の未来を探す旅 ソウル』『本の未来を探す旅 台北』(ともに内沼晋太郎、綾女欣伸編著/朝日出版社)という本を出版されました。そもそもなぜ韓国・台湾に興味を持たれたのですか。
内沼晋太郎さん(以下、内沼) 自著の韓国語版が出たときにソウルの書店を案内してもらって、隣国であるにもかかわらず全然知らなかったことに衝撃を受けたのがきっかけです。近しい志で小さな書店や出版社をやっている人たちがたくさんいることがすぐに分かり、取材を通じて知り合うことができました。そのうちに、書店と出版業のゆくえを考える際、韓国と台湾は「課題先進国」として学ぶところが多いということにも気づきました。
出版業というのは基本的にスケールメリットが重要です。すなわち本はたくさん刷れば単価を下げられます。逆に言えばある程度の数を刷らないと、商売として成立しません。
そうした観点から見れば、英語や中国語(簡体字)の本はマーケットが大きいので、まだしばらく大丈夫だと言えるでしょう。しかし、韓国の人口はおよそ5100万人、台湾は2300万人。ハングルや繁体字を読み書きする人口は、国(地域)全体の人口に準ずるとすれば、英語などと比べてはるかに少なく、それだけ出版マーケットも小さい。
その分、アメリカよりも日本のほうが、日本よりも韓国や台湾のほうが、危機感は強いだろうし対策も急務なはず。つまり東アジアのほうが相対的に「進んでいる」と言えるのではと考えました。では実際、韓国や台湾の書店はどのように生き残りを図っているのか、そこに興味がありました。
独立書店ブームは日本より5~6年先行
韓国と台湾の書店はどんな状況ですか。
内沼 まず世界的な傾向として、大規模な書店チェーンはどこも軒並み苦境に立たされています。本はオンライン書店で買う人が増えていますし、電子書籍やオーディオブックもある。それにコンテンツという意味では、SNS(交流サイト)や動画サービスとの時間の奪い合いになっている。わざわざ書店に行って紙の本を買おうという人が相対的に減るのは仕方ない。これはアメリカや日本をはじめ、どこの国でも同じですよね。
一方、そんな中で新たに注目を浴びているのが、小規模な独立書店です。これもある程度、世界的な傾向だと思います。自分たちが取材するようになる前も、アメリカやヨーロッパの書店事情については本や記事が出たりするのでたまに話題になっていましたが、隣の韓国や台湾については本当にごく限られた人しか知らなかったと思います。
驚いたのは、「独立書店」や「独立出版」が「ブーム」と言っていいほど繁栄していたことです。それぞれ工夫して、独自色を放っていました。書店オーナー、編集者、デザイナーなど、いろいろな人に会って話を聞いたのですが、日本よりずいぶん進んでいるなと感じました。
具体的にはどういう工夫ですか。
内沼 決して派手なことをしていたわけではありません。外目で見て分かることでは、カフェを併設してコーヒーやビールを飲めたり、さまざまなイベントをやっていたり、特定の分野の本だけそろえた専門書店だったり、雨の日だけちょっと割引したりというようなシンプルなことですが、書店を経営している人間から見ると、とても参考になるような小さな工夫や、厳しい環境のなかで生き延びるためのアイデアの積み重ねをたくさんしていました。
その話が面白くて、ソウルと台北、それぞれのプレーヤーにロングインタビューをして2冊にまとめました。新型コロナウイルス禍前なので店舗情報などは古くなっていますが、今もたまに自分で読み返しては新しい発見があります。
当時、日本では「独立系書店」という言葉はほぼ使われていませんでした。個人経営の書店は「街の本屋」と呼ぶのが一般的だったと思います。けれど韓国や台湾ではそうした店をみな「独立書店」と呼んでいた。日本でも最近になって「独立系書店」という呼び方が普通になり、なぜ間に「系」がついたのかは分かりませんが、その意味では、日本より5、6年は先行していたと感じます。
同時に、むしろ向こうがこちらを研究していて、よく知っているんですよね。僕がお話を聞いた店主の多くは、開業前にアメリカやヨーロッパ、そして日本などの書店をたくさん見て回っていました。ほとんどの人が「君のやっている本屋B&Bにも行ったことがあるよ」と言うんですね。なのに、こちらはまったくそれに気づいていない。その不均衡というか、努力の差も思い知らされました。
Amazonのない韓国
韓国ではなぜ、「独立書店」が増えたのでしょうか。
内沼 一言では言えませんが、政策の影響も大きいと思います。韓国には図書定価制という定価販売のルールがある一方、10~15%程度の値引きも認められていたり、そのルールは細かく移り変わってきた歴史があります。実はこうした政策がかつて、リアル書店を大混乱に陥れたことがあります。
もう20年近くも前、韓国政府は国内IT企業の成長を促すため、本の値引き販売をオンラインストアだけに認める政策を打ち出しました。このことが影響して、自国のオンラインストアが育ちました。実際、今韓国で本のオンラインストアはすべて国内企業で、Amazonなどの外資は入ってきていません。大胆ではありますが、政策としてはある意味で成功しているとも言えます。
しかし、その結果、リアル書店の売り上げが大幅に落ち込み、バタバタと潰れた時期がありました。当然といえば当然ですよね。さすがにマズいという話になって、数年後にはオンラインもリアル書店も同じ条件になりました。「独立書店」があちこちに生まれ始めたのは、そのころからだそうです。それまではそもそも価格競争で勝てなかったけれど、価格が同じならば戦い方がある、というふうに考えた人が書店を始めるようになったというわけです。
一方、日本においてはAmazonという巨大な外資が入ってきてしまってはいるものの、再販制度というのが厳格に守られていて、価格競争は今もありません。出版業界が厳しいと一口に言っても、国によってだいぶ環境が違うことが、この例からも分かると思います。
独立書店をつなぐ組織がある台湾
台湾の書店事情はどうですか。
内沼 同じく若い世代を中心に、「独立書店」が次々と誕生していました。台湾で特に面白いのは、彼らが独自に組合組織を作っていたことです。それは単なる業界団体ではなく、日本で言う取次のような卸売業務まで担っている。ただしビジネスとして単体で成り立たせるのは難しいので、そこに政府の支援が入っていました。
こういう組織があるので、台北だけではなく地方でも物流コストを抑えることができ、書店や出版社を経営することが可能になっています。全国津々浦々に文化の回路を通すことに政府が支援しているというのは、ひとつのよいあり方だなと感じました。
台湾にはもともと取次会社は存在していなかったのですか。
内沼 取次はたくさんあるのですが、足りない部分を「独立書店」同士が共同で補っているという感じだと思います。流通についてはどこも複雑で、取材していてもなかなか細部までは分からないのですが、それは日本もそうですよね。ただ、少なくとも言えるのは、日本のように、出版社や書店の規模にかかわらず、あらゆる本を一律に扱う大手の取次会社が存在していることのほうが、世界的には珍しいということです。
日本語の本も安泰ではないと思われますか。
内沼 日本ではまだ大手の取次が健在ですし、人口が1億人以上いることを考えても、状況は相対的にましだと言えると思います。とはいえ世界から見ると、東アジアの日本・韓国・台湾の出版業界の状況は比較的近しいと考えています。言いにくいですが、10年後に大手取次が今と同じような仕組みで、小さな出版社の本を、小さな書店に卸していると思いますかと問われたら、分からないなと思います。
自分としては、少し先を行っている韓国や台湾の状況を見ながら、日本の出版業界がより厳しくなっていった未来においても、小さな書店があらゆる本を仕入れて売ることができるような環境を、なんとかつくれないかと考えながら仕事をしています。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝