年齢を重ねた親や身近な高齢者の様子がおかしくなってくると、「ひょっとして認知症では」と不安に思う人は多いでしょう。しかし、『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』の著者である医師の平松類さんは「真の理由は別にあります」と断言します。実家をあまり片付けなくなった老いた親の「行動の理由」とは、いったい何でしょうか。著書より抜粋してお届けする連載、第1回です。

実は「よく見えていなかっただけ」ということも

 親が歳をとってくると、「実家の片付け問題」というものが発生します。要るかどうかも分からない袋が大量にある、荷物がそこら中に置いてある、必要な書類がどこにあるか分からない……。

 親だっていつまでも元気でいてくれるわけではありません。重い病気になったり、急に倒れることもあるでしょう。そんなときに何がどこにあるかが分からず、汚れた実家だと心配です。だからこそ、久しぶりに実家に帰ったようなときはつい「片付けなよ」と言いたくなります。子どもの頃は親に言われていたセリフを、いまは子どもが親に言う状況ですね。

子「あれ? なんだかずいぶん汚れてない?」
親「そんなことないよ、特に変わってないでしょ」
子「そうかな、ここなんかホコリがたまってる」
親「あんたも細かくなったわね……(ため息)」

 なぜ、このように指摘してもなかなか片付けてくれないのでしょうか。歳をとって性格も変わってきたのではないか、ひょっとして認知症の前触れでは、などと不安になるかもしれません。ただ、それにしては受け答えがはっきりしていて、認知機能が落ちている印象はない、という場合もあるでしょう。

 そのようなとき、実は認知症などではなく、別の医学的な理由が考えられます。それは、「視覚情報の変化」です。

 私は眼科の医師ですが、よく白内障の手術をした後に、患者さんにこんなことを言われます。「こんなに家が汚れているなんて気が付かなかった」「こんなに自分の顔にシワがあるなんて思っていなかった」……これらは、毎週のように術後の患者さんから言われる言葉です。

久しぶりに実家に帰ると、家の中が散らかっていて茫然(ぼうぜん)としてしまうことがある(写真:Patcharaphon/stock.adobe.com)
久しぶりに実家に帰ると、家の中が散らかっていて茫然(ぼうぜん)としてしまうことがある(写真:Patcharaphon/stock.adobe.com)

 高齢になると白内障になります。80歳を超えれば99.9%の人が白内障になります。白内障はある日突然進むわけではなく、徐々に進むため、視力が低下してきても変化に気が付きません。そして、進んでしまっても、全く見えないというわけでもないのです。テレビは見えるし、新聞も読もうと思えば読める。けれどもなんだか見にくい、読みにくい。そういう曖昧な状態です。

 また、白内障になると色の差が分かりにくくなります。ちょっと汚れがあっても、色の差として感じにくくなります。流しや洗面台の汚れにあなたは気が付いても、高齢になった親は分からないのかもしれません。つまり、家の中が汚れているのを放置しているのではなく、汚れていることに気づいていない可能性が高いのです。そういう場合は、「片付けて」と言っても逆効果でしょう。

片付けは「安全の確保」を最優先

 実家の片付けというと「こういうふうに片付ければいい」という方法論がよくいわれます。収納をどうするとか、何を捨てて何を残すか、といったことです。しかし、実際のところ、一番のハードルになるのは「親が片付ける気になってくれるかどうか」です。それさえ越えてしまえば、どうやって片付けるかというのは正直なところ些末な問題です。

 私もよく「親にどう言えば片付けてくれるでしょうか?」と聞かれますが、こう言えば片付けてくれます、という明確な答えはありません。まず心に留めておきたいのは、親が老いたからといってあなたの言うことを聞くわけではない、ということです。

 そして、いくら片付けないといっても、よく見てください。食卓の上などはきれいに片付けてあったりしませんか? つまり、親は「自分が必要と考える片付け」はしていて、「あなたが必要と思っている片付け」は、「自分にとっては不必要な片付け」だと思っているのです。この事実をまず認識しましょう。

 親に片付ける気になってもらうためには、「本人にとって必要な片付け」であると認識してもらうことが第一歩です。それも、少しずつやることをお勧めします。実家に帰るのはたまにということもあって、子どもはつい一気にすべてを片付けようとしがちです。そうではなく、まずは小さなところから始めてください。では具体的に、何を最初に提案するとよいでしょうか。

 それは「安全の確保」です。実家を片付けようとして子どもが最初に思いつくのは、親に何かあったときの書類のことだったりします。しかし、最初に「保険の書類は?」「家の権利書は?」なんていう話をしたら、「遺産を狙っている」と思われ、気分を害されるだけです。

 では、安全性の確保のために大切なのは何でしょうか。

 大切なものは2つあります。1つは、部屋の高いところに置いてある荷物の整理。高齢になると腰が曲がって、高いところにある物を動かすのがおっくうになります。腰が曲がっていなくても、徐々にまぶたが下がり、上のほうに物があることが気にならなくなります。そんな状態で地震などが起きてしまうと、上から物が落ちてきて、ケガにつながります。まずは高齢者が手を出しにくい、高いところの荷物の整理をやってあげるといいでしょう。

 次に、通路の確保です。視覚機能が落ちてくると、つまずきやすくなります。本格的なリフォームを行ってバリアフリーにできればいいですが、それよりも先にやるべきことは、夜トイレに起きたときの通路や、普段歩く場所に、じゃまになる荷物を置かないという基本的なことです。普段歩く廊下などは、一時的に置くつもりでついつい長い間、物を置いてしまったり、段ボールなどが積まれたりしていることがあるので、そこをまず相談してみましょう。

心配している気持ちを伝える

 「散らかっているから片付けよう」と親に提案すると、「上から目線」だと思われてしまいます。親にとって、あなたはいつまでも子ども。そんな言い方をするよりも、「友達の親が廊下に物を置いていて、ケガをして大変だったらしい。心配だから、あそこの物はどかしたら? 手伝おうか?」というように、心配している気持ちを伝えるほうが、行動に移してもらいやすいと私は思います。

 そして、もし白内障が原因で家を片付ける気が起きていないのであれば、やはり眼科で検査してもらうといいですよね。視覚情報は認知機能のためにも重要なのですが、上から目線だと思われないように、「70歳を超えたら白内障があるみたいだから、1回は眼科に行ってみたら?」などと促してみてはどうでしょう。

 高齢の親に何かをお願いして、その通りに行動してもらうのはなかなか難しいもの。「いくら言っても聞いてくれない」というケースは、親だけではありません。取引先、上司、お客さんなど、多くの高齢の人が言うことを聞いてくれないという経験は誰しもあるのではないでしょうか。

 大切なのは、相手のために言っているという気持ちを伝えることです。そのために、言い方に工夫をしてみましょう。

年齢を重ねた親が、家の中を片付けなくなったり、引きこもるようになったり、暑いのにエアコンをつけなくなったりすると、「認知症の前ぶれでは」などと不安に思うでしょう。しかし、高齢者と接する機会の多い医師である著者は、「多くの場合、医学的な別の理由があり、あわてる必要はありません」と解説します。老いた親との付き合い方を学ぶための一冊。

平松類著、日本経済新聞出版=日経プレミアシリーズ、990円(税込み)