生成AI(人工知能)を導入したが成果につながらない企業が増えている。大手コンサルティング会社A.T. カーニーのシニアパートナー、滝健太郎氏は「頓挫しやすいパターンがある一方で、うまくいっている事例もある」と語る。生成AI活用で留意すべきこと、そしてうまくいっている導入事例について、書籍『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2025』から抜粋し、インタビュー形式に再構成してお届けする。

生成AI導入で頓挫するのは大きく2パターン

生成AIを職場に導入するにあたり、留意すべきことは何ですか。

 ビジネスで活用する場合には、特段のカスタマイズを要するものと要さないもので状況が異なります。特段のカスタマイズを要しないものは、例えば、議事録作成、長文の要約、メールの文案生成などが該当します。これらは、導入コストが安いのに対して、一人一人の業務の一部を少しずつ効率化するものが一般的です。

 自社や業界固有のデータに基づく回答ができるようにカスタマイズを施すものでは、導入コストを要する分、ROI(投資収益率)が成立するだけの顕著な効果があるもののみが残ります。AIモデル事業者、SIer(システムインテグレーター)、AIソリューション事業者など、主要な関係者の方々と情報交換をしているところから来る体感値として、生成AIは使いこなせると顕著なビジネスインパクトが創出される一方で、多くのトライアルはPoC(概念実証)までで頓挫しています。そこで、避けるべき頓挫パターンのうち、代表的なものを以下に2つ挙げます。

 1つ目の頓挫パターンは、生成AIに完璧を求めるような過度な期待値に基づくものです。例えば、契約手続きの照会など提供する情報に正確性が求められる場面で、お客様に直接生成AIが応答することで省人化を目指すケースです。生成AIは元来、もっともらしいウソをついたり、的確な答えを出せなかったりすることがありますので、生成AIが誤った契約手続き案内をした後に苦情や悪評を流布されることが想定されます。

 追加で留意すべきは、ヒトとAIが同じ確率で同じ間違いをするとしても、お客様がAIに対してより悪い心象を抱くことがある点です。現実世界では、ヒトが間違えれば後になって必死で謝る、懐に飛び込んで愛嬌(あいきょう)で許してもらう、といったリカバリーが利く一方、AIの間違いに対しては、お客様によっては、AIに漫然と対応をさせる企業の姿勢に対する不快感を示される方もいます。

 こうしたハードルにひっかかることがないか、構想する段階でチェックをすると失敗を避けることにつながります。なお、お客様にとって回答に「正解」が存在しない場合、例えば、おススメ商品の提案、聞いてもらえること自体に意味がある悩み相談などでは、上記のようなリスクが低いことから、生成AIの活用が進んでいるケースもあります。

 もう1つの失敗パターンは、元来経済性が成立しにくいものです。例えば、顧客対応業務や事務処理業務の方のごく一部の業務効率化を目的とするものでは、ユーザー企業側もわざわざ導入投資を先行負担するほどまで機運が高まらず、構想段階で企画倒れになるケースが多くあります。

 一方、多くの失敗の中でも、ビジネスを大きく変えるポテンシャルを秘めるユースケースも出てきています。共通するのは、その会社にとっての主要業務やサービスに適用されていること、業務に投下されている時間が長いこと、適用される業務を担う人材の希少性が高いことなどから導入の投資回収がされやすい点です。

生成AIを導入してうまくいった事例

具体的なユースケースについて教えてください。

「ソフトウエアの開発と運用」
 要件定義、設計、製造、試験、運用全ての工程で適用の余地があります。中でも、製造工程において、コード生成で最も目に見えやすい成果が確認されています。特に、自社のソースコードの情報も一緒に生成AIに与えることで、効果が高まることが調査から明らかになっています。

 国内で最も目立つ動きは、COBOLのように古い言語で書かれたシステムをJavaなど新しい言語に刷新する工程の多くをAIで実現することです。このような言語翻訳に近いケースではマルチエージェントモデル(複数の連携したAIモデル)の活用で比較的効果が出やすく、全く新しいソフトウエアをゼロから創造するようなケースでは思った通りの出力が得られないこともあるなど、使える場面には幅があります。

「コンタクトセンター:オペレーターの応答支援」
 コンタクトセンターのオペレーターは、サービスや製品の不具合の問い合わせ、修理依頼、サービス内容の照会や別サービスへの変更、割引キャンペーンの適用条件の説明など多岐にわたるトピックを扱っています。

 オペレーターが膨大なサービス紹介資料や応答マニュアルを覚えたり、即座に適切な情報を探し出したりできるようになるには習熟を要します。生成AIを活用すれば、問い合わせや応答内容の要約案を自動生成することができます。より本質的には、蓄積した応答データを分析することで、不具合の要因を最短ルートで特定できる質問を生成する、膨大な社内データの中から該当箇所を参照しながら回答案をオペレーターに提示する、といったことで、センターの生産性や顧客満足度を向上させることが期待されます。また、性質的に唯一解が求められず、ハルシネーション(AIがもっともらしいウソをつく)リスクが少ない、アウトバウンドコール(営業電話)において、自動生成スクリプトによる提案支援で、生産性向上に向けた活用が進んでいます。

A.T. カーニーの滝健太郎氏
A.T. カーニーの滝健太郎氏
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銀行、損保、広告業界での導入事例

「銀行:融資稟議(りんぎ)書のドラフト作成」
 取引先に融資を実行する際に、行内では融資稟議書が作成されています。どのような業種、業況にある会社で、どのような使途のために融資するか、など状況に応じて、どのような返済根拠であれば説得力があるかが変わってきます。一定の経験を要する業務ですが、生成AIが過去の大量の稟議書をもとに一定の品質のドラフトを作れるようになってきています。

「損害保険:補償金額の算定支援」
 自動車などの事故発生時には、契約者の本人確認、契約している保険の種類、大量に存在するマニュアルや契約約款などを照会しながら、1つ1つの事故の状況に当てはめて補償金額を算定しています。ヒトであれば1案件あたり30分程度を要するようです。過去の事故の状況、補償金額のデータ、マニュアル、約款などのデータをもとにAIを活用することで、類似する案件や契約している保険の約款の該当箇所など、手早く情報が整理でき、算定スピードが目に見えて向上する好例が出てきています。

「マーケティング・広告」
 SNS(交流サイト)への投稿、営業メール、広告、ウエブサイトのコピーライティング、その他顧客向けのコンテンツなど、人間が行うクリエイティブな作業の一部を代替するユースケースが想定されます。例えば、独自に開発したAIを活用して、画像・単語などを組み合わせて大量の広告パターンを自動生成し、広告効果の高いものを早期に見つけ出す営みが成果につながっています。

 従来ヒトであれば、パターンを作るだけ追加の人件費がかかり、それがボトルネックとなってできなかったことですが、生成AIがパターンの大量生成コストを限りなくゼロ化したことにより、これまでにはできなかった新たな価値が創出されています。

写真/鈴木愛子

【発売記念イベントのお知らせ】
2024年11月22日(金)、『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2025』の発売を記念して、A.T. カーニー アジアパシフィック代表兼日本代表の関灘茂氏が登壇するイベントを開催。幅広い産業で起こっている最新の経営トレンドについて解説します。
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A.T. カーニー著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
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日経BPは2025年の経済・技術・消費トレンドを総力を挙げて取材・予測します。編集長や研究員らが激論を交わすオンラインイベント「日経BP徹底予測フォーラム2025」(無料・事前登録制)を12月11、12日に実施します。イベントの詳細情報と参加お申し込みについては【こちらのサイト】をご覧ください