プロバスケットボールリーグ、Bリーグの川崎ブレイブサンダースで活躍中の篠山竜青選手は、「Bリーグで『 SLAM DUNK(スラムダンク) 』(井上雄彦著/集英社)を語るならこの人!」といわれている。篠山選手に聞く「漫画『SLAM DUNK』と日本バスケの未来」第3回は、子どもの頃から読み続けた『SLAM DUNK』の好きなシーンと、2019中国ワールドカップの出場経験を経て、今の日本代表について思うことを語ってもらった。

大好きな「大根かつらむき」シーン

篠山選手が『SLAM DUNK』で一番好きなシーンは?

 僕は『SLAM DUNK』のすべてが好きなのですが、今挙げるなら、山王工業戦で赤木(剛憲)がコートに倒れた時に、板前の格好をした陵南高校主将の魚住純が、大根のかつらむきを見せるシーンです。子どもの頃は、試合中に包丁を持った人がコートに入ってくるコミカルなシーンというイメージしかありませんでした。

 でも、小学3年からバスケを始めていろんな経験をしてきて、改めて「華麗な技をもつ河田は鯛(たい)…お前に華麗なんて言葉が似合うと思うか 赤木 お前は鰈(かれい)だ 泥にまみれろよ」という魚住の言葉が心に刺さるようになりました。山王の河田(雅史)にはなれないけれど、チームが勝つために自分にしかできないことに取り組む大切さに気づかせてもらえるシーンです。

陵南高校の魚住純によるかつらむきシーンが登場する『SLAM DUNK』完全版22巻(写真:鈴木愛子)
陵南高校の魚住純によるかつらむきシーンが登場する『SLAM DUNK』完全版22巻(写真:鈴木愛子)
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篠山選手も「泥にまみれること」が必要だと感じたのですか?

 小中学生の頃は1人で何十点でも取れたし、コートに出れば誰よりも速かったので自信満々でした。でも、高校に入って全国大会を経験し、世代別の日本代表に選ばれるようになって、自分よりシュートのうまい人も身体能力の高い人も、たくさんいると知りました。カルチャーショックでした。

 それからは、僕1人ではかなわないと感じる選手と対戦して壁にぶつかった時に、魚住のシーンに背中を押してもらっています。歳を重ねるごとに、心に染みてくるシーンですね。

ルーズボールの奪い合いなど泥臭いプレーも篠山選手の持ち味の一つ(写真提供:川崎ブレイブサンダース)
ルーズボールの奪い合いなど泥臭いプレーも篠山選手の持ち味の一つ(写真提供:川崎ブレイブサンダース)
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当時NBAは遠かった

『SLAM DUNK』の主人公、桜木花道のライバル、流川楓は「アメリカに行こうと思ってます」と、コーチの安西先生に伝えます。学生時代の篠山選手は、あのシーンをどんなふうに読みましたか?

 「安西先生はアメリカ行きを止めるのか」と思いました。あと、谷沢みたいなパターンもあるんだなって(※)。僕が高校生の時、田臥選手がNBAのチームと契約して「やっぱり田臥勇太はすごいな」と思いましたが、「自分たちも挑戦しよう」という空気はなかったと思います。僕たちの世代にとって、NBAはすごく遠い存在でした。

 現在はNBAのチームに日本人が所属しているし、夏のトレーニングキャンプに参加し、NBAの下部リーグでプレーしている選手もいます。今の若い選手にとってNBAはいずれ活躍するかもしれない舞台であり、それをモチベーションにプレーをしているので、成長速度が違うと思います。本当に、これからの日本バスケは楽しみです。

※安西先生は「監督人生の最後に日本一の選手に育てたい」と、大学バスケの名選手、谷沢龍二に厳しい基礎練習を徹底させていたが、谷沢は先生の気持ちに気づかず、もっと自由な環境でバスケをしたいと、安西先生に相談せず渡米する。数年後、谷沢はバスケの才能を開花させることなく事故死してしまう。

日本代表の河村勇輝選手が、NBAのメンフィス・グリズリーズと「エグジビット10」契約締結予定というニュースが入ってきました。Bリーグで活躍してNBA入りを目指すロールモデルになりそうです。

 Bリーグのマーケティング方法から見てみると、今はSNS(交流サイト)の時代なので、プレーのハイライトがバズれば、国境を超えてスカウトの目に留まる可能性があります。そして、2019中国ワールドカップから東京五輪、2023年に沖縄で開催されたワールドカップ、パリ五輪と日本バスケが連続して世界の舞台に立っていることで、注目が集まっていると思います。

 その証拠に、Bリーグでプレーしている外国籍選手の中にも、自国の代表を務める選手が増えてきました。僕が学生の頃に知っているアメリカに挑戦した選手は、田臥勇太と『SLAM DUNK』の谷沢だけでしたから。当時と比べると、世界との距離はぐっと近づいたと思います。

今、パリ五輪代表メンバーは「歴代最強」といわれていますが、篠山選手が渡邊雄太選手と共同キャプテンを務めた2019中国ワールドカップのメンバーも、「史上最強」とうたわれていましたね。

 これから5年ぐらいは、日本代表は「歴代最強」が続くのだと思います。僕が代表だった時、八村(塁)選手は大学生からNBAのドラフト指名をされる時でしたが、今やNBAのレイカーズの中核選手として活躍しています。渡邊選手はフェニックス・サンズと複数年契約を交わし、試合の大事な場面でコートに入るまでの選手に成長しました。

 八村選手と渡邊選手の2人の成長が、日本バスケ全体の成長に直結しています。彼ら2人が代表にいる間は、常に彼らのキャリアとともに「歴代最強の日本代表」が更新されていくのだと思います。

日本が世界一になるために

パリ五輪に出場するチームのFIBA(国際バスケットボール連盟)ランキングを見ると、ほとんどの国が日本より上です。篠山選手は、日本が世界一を目指すために何が必要だと思いますか?

 日本は島国なので、バスケもガラパゴス的に発展してきたことは否めません。今までは小さな日本人同士でプレーを重ねてきたわけです。この状況を脱却して、まずは選手が海外に出て揉まれることが当たり前になる環境が必要だと思います。今のサッカー日本代表は、世界のスタンダードを知る選手が増えていくことでチームも強くなっていきました。バスケはサッカーと違って身長の高さの利が大きく出る競技なので、サッカーよりもさらに若い時から大きな選手たちの中でプレーすることが大切だと思います。

「海外に出る選手や指導者が増えてくれば、日本代表はさらに強くなります」(写真:鈴木愛子)
「海外に出る選手や指導者が増えてくれば、日本代表はさらに強くなります」(写真:鈴木愛子)
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 また、指導者も海外でチャレンジする人が増えています。海外で数年間コーチの勉強をして、Bリーグに戻ってきてくれる方も出てきました。少し前までは考えられなかったことですが、選手もコーチも海外挑戦している人を把握しきれないほど増えている状況です。

B1リーグは、2026-27シーズンからBプレミアという新しいリーグになります。脱ガラパゴスの一手になるかもしれません。

 Bプレミアでは、外国籍選手3名、帰化&アジア枠1名の選手が同時にコートに立つことができます(現在のBリーグは一度にコートに入れる外国籍選手は2名、帰化&アジア枠1名)。日本人選手の出場機会が減るという見方もあり、Bプレミアのルールが正しい判断なのかどうか今はまだ分かりません。ただ、国内リーグも過渡期であり、変化していくことは確かです。

『SLAM DUNK』世代が社会の中心になる

2022年に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』の大ヒットで、日本代表やBリーグ以外の入り口からバスケに注目する人が増えたと思います。『SLAM DUNK』は連載から30年以上たってなお、バスケ人気の後押しをしてくれています。

 『SLAM DUNK』の連載から30年以上がたち、『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されて、2023年のワールドカップで日本代表は結果を残しました。パリ五輪を前に、日本バスケに大きなムーブメントが起きている。本当に幸せなことです。

 漫画の『SLAM DUNK』がはやった1990年代、日本のバスケは『SLAM DUNK』ブームに乗ることができませんでした。今バスケ界隈(かいわい)で語られているのは、企業や行政などに所属する意思決定者が、40~50代の『SLAM DUNK』世代になりつつあるという話です。『SLAM DUNK』を読んで成長してきた世代が社会に影響力を持つようになったとき、さらに日本バスケは発展するのではないかと期待しています。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)