その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は平松類さんの『 老いた親はなぜ部屋を片付けないのか 』。「プロローグ」をお届けします。
【プロローグ】 ──老いてきた親、どこまで心配すべき?
最近の高齢者はとても元気で、現役世代も顔負けというほどにバリバリと仕事をしたり、インターネットやスマートフォンを使いこなしたり、スポーツや旅行などのアクティビティも存分に楽しんでいる──。
メディアでこんなふうに高齢者の姿を伝えられることも増えてきました。
人生100年時代。日本人の平均寿命は延び続け、確かに元気な高齢者は増えているのでしょう。
しかし、40代〜50代の現役世代の方々は、「ではなぜ、ウチの親はあんなに老け込んでいるんだろう?」と疑問に思うかもしれません。
親から離れて暮らす人は、実家に帰るたびに、老けていくその姿に驚くでしょう。
シワが増え、姿勢が悪くなり、老人らしくトボトボと歩く。食が細くなってきたのか、好物も昔のようにはたくさん食べない。
記憶の中の親の姿からかなり変わってしまった──そんな印象を抱く人も多いかもしれません。
なぜ部屋を片付けないの? 尋ねたら怒ることも
私は眼科医として眼の専門病院に勤務しています。高齢の患者さんも多いことから、高齢者も含めた医療コミュニケーションについても研究しています。これまで接してきた高齢者は10万人を超えるでしょうか。
そのせいもあるかもしれませんが、現役世代の方から「自分の親の様子がおかしい」という相談を受けることがよくあります。
「この間、帰省したときに、家の中が散らかっていて驚いたんです。昔は部屋をきれいにしていたのに、物が散乱していて、ちゃんと掃除していないのかホコリがたまっている場所もありました。流しとか水回りも汚れが残っていて……。大丈夫でしょうか?」
私の両親も70代ですから、このような不安はよく分かります。
疑問に思って「どうして部屋を片付けないの?」と親に尋ねてみたら、「別に散らかっていないよ」という返事が来たりして、ますます不安になる人もいるでしょう。
「物が捨てられないなら、代わりに捨てようか?」
「汚れがあるから、代わりに掃除しておこうか?」
などと提案したら、「余計なことしなくていい!」と怒られた、という人もいます。
良かれと思って提案しているのに怒るなんて、歳をとって性格が頑固になってきたのかもしれない、などと心配になるかもしれません。
「部屋が散らかって、性格も頑固になって……。これって、認知症の前兆でしょうか?」
自分の親が認知症になったかもしれないと思えば、ショックでしょう。
このように、「親の様子がおかしくなった、認知症ではないか」と考える人は、実はとても多いのです。
認知症のようで、認知症ではないことも
誰しも、親との思い出があります。自分が子どもの頃の親は、まだ若く、ハツラツとしていて、分からないことを聞けば何でも答えてくれる頼もしい存在でした。
それが、気が付けば自分はあの頃の親よりも年齢が上になり、めっきりと老け込んだ親の姿を見て、昔とのギャップに驚いてしまうのです。
部屋を片付けようとしない、頑固になってこちらの言うことを聞いてくれない、という以外にも、次のような話をよく聞きます。
「定年後、家に引きこもるようになった。外出がとても少なく、外部との交流がない」
「暑いのにエアコンをつけようとしない。熱中症対策として勧めてもかたくなに拒む」
「ネットの動画を見るようになり、陰謀論など偏った情報を信じるようになった」
「いじわるなことを言うようになった。昔はもっとおおらかだったのに、性格が変わった」
「同じ話を何度もするようになった。それだけでなく、急に、うるさい!と怒鳴ったりする」
「家の何もないところで転びそうになったり、横断歩道を渡りきれなくなったりする」
いずれも「高齢者あるある」なのですが、こうした話をしてくださる本人たちにとっては、自分の親のことだけにとても深刻なものとしてとらえているのです。
親の様子がおかしくなり、「認知症では?」と心配している人に対して、私は多くの場合「あわてる必要はない」という話をします。
なぜなら、医学的な事実と照らし合わせてみれば、様子がおかしくなったといってもそれは認知症ではなく、単なる老化による体の変化が原因である可能性が高いからです。何でもかんでも認知症ではないかと疑う人は多いのですが、実際にはそうではないケースもあります。
もちろん、受診して認知症の検査を受ける必要はありますが、「すぐに問題が起きるのでは?」と思い詰めないでください。仮に認知症の前兆だったとしても、本格的に認知機能が落ちてくるまでにはまだまだ時間がかかる場合も多く、十分に対策がとれるはずです。
こうした話をすると、多くの人は「まだあわてなくていいんですね」と少し安心してくれます。
あわてたほうがいいのはどんなとき?
ところが、逆にあわてたほうがいい場合もあります。
前言をひるがえすようですが、例えば「脳卒中」のような症状が見られたら、なるべく急いで病院に行ったほうがいい。
早く治療を始められれば、後遺症も少なくて済むことが多いからです。脳卒中の後遺症があると、介護が必要になる場合も多く、家族の生活までガラリと変わってしまいます。
同じように家族の生活を変えてしまう可能性のあるものとしては、「転倒による骨折」があります。歳をとって骨がもろくなってくると、脚の付け根にある「大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)」を骨折してしまうことが多く、それがきっかけで寝たきりになることも少なくありません。
とはいえ、転倒しないよう親をずっと見張っておくわけにもいきませんよね。
では、いったいどうしたらいいでしょうか。もっと言えば、老いてきた親をどこまで心配するのが「正解」なのでしょうか?
老いた親と向き合い、来るべき事態に備える
本書は、働き盛りの現役世代の皆さんが、老いてきた親とどう向き合い、これから起きるであろうことに対してどう備えればいいのか、について解説したものです。
自分の親がいまどういう状態にあり、あわてたほうがいいのか、あわてなくてもいいのか。それを大まかでも自分で判断するためには、医学的な知識が必要です。
医学は日々進歩しています。例えば、アルツハイマー型認知症のリスクについては、近年新しい事実が次々と明らかになってきています。また、脳卒中や骨粗しょう症など、高齢者が気を付けたい病気の治療法についても新しいものが出てきています。
こうした知識に加え、私がこれまで高齢者と接してきた経験を交えながら、自分の親とどうコミュニケーションをとっていけばいいのかをまとめていきます。
いくら自分の親が心配だからといって、「ああして、こうして」とお願いばかりしていては、親との関係が悪くなってしまいます。反発されずにこちらの伝えたいことを伝えるためには、コツがあるのです。
これらの情報を、なるべくギュッとコンパクトにまとめて書いてみます。
もし本書を、帰省のために新幹線や飛行機に乗る前に購入された方は、おそらくご実家に到着する前には、ご自身がどう対策をとればいいのかが見えてくるはずです。
そして、親の姿というのは、常に将来の自分の姿でもあります。本書を通じて、やがて自分の身に起きることも、見えてくるはずです。
それに備えるためにも、ぜひページをめくって読み進めてみてください。
【目次】