うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

にんげんのおへそ 高峰秀子 著

わたしの高峰秀子さんへの印象は 、"同性が指摘しずらい自己憐憫女子の演技がうまい" 女優さん。映画を観ながら、この再現能力はなに?! とずっと不思議に思ってきました。

今でいう "こじらせ女子" の人格を演じる技術の開発秘話が、このエッセイを読むことで見えてきました。幼少時代に “人間不信” という鋭い釘を心に突き刺したというその経緯が、ご自身の言葉で「ひとこと多い」というエッセイに綴られていました。

 

 

『放浪記』では、主人公(=フーミン。林芙美子)がDVを受ける場面で宝田明さんにみごとに足蹴にされ、自分はこういう男性を好いてしまうんだよな……と思いながら仕事探しをして日々をやり過ごす、原作ファンを裏切らない絶妙な "ダメンズ愛好ブス演技" に魅了されました。

同じく林芙美子原作の『浮雲』では、他人を頼るタイミングを間違え続ける、男性に安く利用される女性の生きざまを完璧に演じられていました。

 

極め付けは幸田文原作の『流れる』です。

美しい女性たちが働く花柳界の二世(娘)で、母親は美人なのに自分は不器量という設定です。特殊メイクで顔を作る時代ではないので、それは卑屈な目線や仕草や話し方で表されます。

この娘役は現代でいうパッシブアグレッシブの権化のような人格。だけど映画版の脚本ではその内面が変わっていく様子まで描かれていて、原作以上に重要な役割を与えられています。

この卑屈から前向きへのグラデーションの演技がすばらしくて。

 

 

エッセイを読むと、文章はこの時代のおばさん、おばあさんの意地悪さを感じる言い回しもあり、懐かしい文体です。

高峰さんの原動力には圧倒的な怒りがある。それが感じられる。調子に乗ったら潰される世界で生きてきた人ならではの抑制に、異様な安定感があります。

そして、オシャレと本音とユーモアの塩梅が絶妙です。

向田邦子さんが50代になってすぐにこの世を去ってしまった、どうしよう! でも、高峰さんが70代後半まで生きてくれていたから大丈夫! って、そりゃそうなる。

このバランス感覚が精神的ロール・モデルとして人気を博すのは、すごく分かる気がする。

 

 

実生活でうっかり出しゃばって無粋な発言をして反省してからの展開、モーパッサンの小説「頸飾り」(←エグくて暗い)からおしゃれの話題に展開するアクセサリーの話、どれもこれも、成瀬監督の名作映画(脚本が素晴らしい作品がいっぱい!)に多く出演してきた人ならではのうまさを感じます。

わたしは高峰さんの夫の松山善三さん&井手俊朗さんペアの脚本映画が好きなのですが、エッセイを読むと終盤でパッとアクセルを踏んで少しの余韻で終わる感じが似ています。

この本をきっかけに読んでみたくなった小説、映画も多く、これはちょっとクセになるわ、と思うエッセイ集でした。

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