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ああいうエントリーを書いた手前,正月から南京関係の文章をいろいろと読んだ.こんなに時間を投下する... ああいうエントリーを書いた手前,正月から南京関係の文章をいろいろと読んだ.こんなに時間を投下するなら薦められてる新書を買ったほうが有意義だったかもしれない. でまあ,ともかく感想を言えば,反否定派の知識の膨大さとそれを維持しようとする努力に胸を打たれた. ただ,あのエントリーを書く前から思っていた疑問がやはり消えない.反否定派の人たちの文章から真実を追究する真摯な姿勢はびしびし伝わってくる.そして,あの戦争やその他をおこした人たちへの怒りもびしびし伝わってくる.でも,不思議と苦悩が伝わってこない.そりゃ,歴史家としての苦悩は若干伝わってくるけど. 今否定派の活動をしている人間への怒りは存在するだろうし理解できる,でも,そもそも過去の日本人への怒りと言うのが存在しうるのだろうか?(怒りを表明した瞬間に,その対象が自分であることに苦悩するのではないのか?) 1980年代に生まれた自分の感覚から
2008/01/13 リンク