苞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/13 09:29 UTC 版)
苞(ほう; 包、英: bract)[1][2]とは、1個の花または花の集まり(花序)の基部にある特殊化した葉のこと。苞葉(ほうよう; 包葉、bract leaf)[1]ともよばれる。この葉が形態的にふつうの葉(普通葉)と変わらない場合は、苞とはよばれない。また狭義には、苞は葉腋に1個の花をつける特殊化した葉を意味する。
一方、花序の基部にある特殊化した葉は総苞片、その集合は総苞(involucel)[1][2]ともよばれる。また、花柄などについている小さな葉的構造は小苞(bracteole, bractlet)[1][2]とよばれる。
なお、苞(つと)と読んだ場合は、わら(藁)や竹の皮などで作られた食品の入れ物(例: 納豆の苞)、または旅の土産を意味する[3]。
定義
1個の花または複数の花をつけたシュート(花序)の基部にあり、これを抱く特殊化した葉は、苞(包)または苞葉(包葉)とよばれる[2][1][4][5][6]。ただし、苞葉の集合名称を苞としていることもある[7]。
種子植物において、側芽は基本的に葉腋(茎において、葉の表側(向軸側)基部と接する付近)に形成され(腋芽)、このような芽を抱く葉は蓋葉(がいよう; subtending leaf)とよばれる[8]。花や花序となる芽も同様であり、このような芽を抱く蓋葉が苞に相当する。ただし、この葉が大きさや形、色などの点でふつうの葉(普通葉)と変わらない場合は、ふつう苞とはよばれない[2][1]。また、アブラナ科の多くの種のように、苞を全く欠くものもいる[1][4]。ただし、厳密には蓋葉に相当しないものでも、花序などの基部についている特殊化した葉は、苞とよばれている[1]。
苞はふつう緑色で普通葉より小さいが、大きく目立つ色をしていることもある[4][5]。一般的に、苞は花や花序が芽である時期にこれを保護しており、開花時には落ちてしまうこともあるが、残存することもある[4][5]。特に大きく派手なものは、花弁の代わりに送粉者への広告塔として機能している[4](ブーゲンビリア、ハナミズキなど)。
苞(包、苞葉、包葉)は、広義には花序、花の基部にある特殊化した葉を示すが、狭義には、腋に1個の花をつけるもののみを示す[6]。一方、花序の基部にある特殊化した葉は、総苞(個々の要素は総苞片)とよばれる(下記参照)。
維管束植物は、光合成のための一般的な葉(普通葉)の他に、特殊化した葉をつける。このような葉は、シュートの下部につく低出葉(cataphyll)と、シュートの上部につく高出葉(hypsophyll)に分けられることがある[9]。苞(総苞片、小苞を含む)は、典型的な高出葉である[9][10]。
総苞
花序の基部にある苞は総苞片(総苞葉、involucral scale)、総苞片の集合からなるまとまりは総苞(involucre)とよばれる[1][7]。また、複合花序(花序が組み合わさって構成されている大きな花序)を形成している場合、その構成単位である花序(小花序)の総苞は小総苞(involucel)、小総苞を構成する個々の単位は小総苞片(involucel segment)とよばれる[1]。
キク科やマツムシソウ属(スイカズラ科)の頭状花序(頭花)の基部には総苞が存在し、萼のように見える[1]。キク科においては、総苞の特徴は重要な分類形質となることがある[1]。ドクダミ(ドクダミ科)やヤマボウシ(ミズキ科)では、小さな花が密集しており、その周囲に大きく派手な総苞片がついているため、これが1個の大きな花のように見える。このように小さな花が密集して1個の花のように見えるものを偽花という[1]。また、以下のように特別な名称でよばれる総苞、総苞片もある。
- 仏炎苞(spathe, spatha)[1]
- ミズバショウ、ザゼンソウ、マムシグサのようなサトイモ科の植物では、太い花序軸に小さな花が密についており(肉穂花序)、これが仏炎苞とよばれる大きな総苞片で包まれている。ミズバショウのように送粉者に対する視覚的な目印となるものや、マムシグサのように送粉者を閉じ込める罠として機能するものがある。
- 杯状体(cyathophyll)[1]
- トウダイグサ属(トウダイグサ科)の植物では、1個の雄しべだけからなる複数の雄花と、1個の雌しべだけからなる1個雌花が集まって特殊な花序(杯状花序)を形成する。この花序は総苞に囲まれ、この総苞は杯状体ともよばれる。杯状体には腺体とよばれる分泌構造が付随し、蜜を分泌する[11]。さらにポインセチアなどでは、複数の杯状花序が色鮮やかな特殊な葉で囲まれており、この葉も苞とよばれることがある[12]。
- 核斗(cupule, cupula)[1]
- クリやブナ、クヌギなどブナ科の植物では、雌花の集合の基部に、多数の総苞片が癒合した核斗とよばれる椀状の構造が形成されている。クリでは雌花が3個集まっているが、ブナでは2個、クヌギやシラカシでは1個まで減少している。クヌギのように多数の総苞片の先端が合着せずに突出しているものから、シラカシのように多数の総苞片が完全に癒合しているものまである。
- 苞穎(glume)[1]
- イネ科の植物は小穂とよばれる特殊な花序を形成する。小穂では短縮した花序軸にふつう複数の花(小花)がつき、その基部に1対の総苞片がある。この総苞片は苞穎とよばれ、外側のものが第1苞穎(外苞頴, first glume, lower glume)、内側のものは第2苞穎(内苞穎, second glume, upper glume)ともよばれる。カヤツリグサ科の小穂も、基部に苞(総苞片)が存在する[13]。イネ科やカヤツリグサ科ではふつう小穂が集まって複合花序を形成しており、この複合花序に総苞がある場合、上記の小穂の苞は、小総苞片に相当する。ジュズダマ、クリノイガ、オガルカヤ、メリケンカルカヤ(イネ科)などでは、小穂がさらに集まって特殊な総苞で包まれている[14]。
- 苞鞘(苞鞘片、bract sheath)[1]
- 単子葉類の葉の基部は鞘になっていることが多く、このような葉は有鞘葉とよばれる。花序を腋生する有鞘葉は、苞鞘という。
小苞
花柄(1個の花をつけた柄)または花梗(花序軸; 複数の花をつけた柄)についている葉的構造は、小苞(bracteole, bractlet)ともよばれる[2][1][6]。小苞は1個の場合や2個の場合が多いが、ナデシコ属などでは2–3対ついていることがある[1]。マツムシソウ属(スイカズラ科)では、小苞が子房を取り巻いて膜質の襟を形成している[1]。スゲ属(カヤツリグサ科)の果実は、特殊化した葉である果胞(perigynium)に包まれているが、この果胞は小苞に由来すると考えられている[13][1]。
裸子植物の苞
生物学的には、裸子植物の生殖器官は花とよばれないことが多い[15]。ただし、このような生殖器官を抱く形で特殊な葉が存在することがあり、苞とよばれる。
グネツム類では、胚珠や小胞子嚢は特殊化した葉的構造で何重かに包まれており、これらの構造はふつう苞とよばれる(外珠皮や心皮、花被、花との相同性が議論されることがある)[15][16][17]。
球果類の"雌花"(雌球花、雌性球花、雌錐、種子錐、大胞子嚢穂、雌性胞子嚢穂)は、基本的に向軸側に胚珠(種子になる)をつけた鱗片(種鱗)とそれを抱く鱗片(苞鱗)がセットとなり、これが軸に多数ついている(上図6c, d)。また種鱗と苞鱗は完全に癒合していることもある。種鱗は胚珠をつけたシュートに由来し、苞鱗はこのシュートの苞に相当すると考えられている[15][18]。
ギャラリー
脚注
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 清水建美 (2001). “苞”. 図説 植物用語事典. 八坂書房. pp. 148–152. ISBN 978-4896944792
- ^ a b c d e f 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一 (編) (2013). “苞葉”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1304. ISBN 978-4000803144
- ^ 苞. コトバンクより2023年6月13日閲覧。
- ^ a b c d e 藤重宣昭 (2020). “苞葉”. 農業用語の基礎知識. 誠文堂新光社. pp. 104–105. ISBN 978-4416520796
- ^ a b c 包葉. コトバンクより2023年6月11日閲覧。
- ^ a b c "包". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2023年6月13日閲覧。
- ^ a b 岡崎恵視・瀬戸口浩彰・橋本 健一 (1999). 花の観察学入門―葉から花への進化を探る. 培風館. p. 4. ISBN 978-4563077457
- ^ 清水建美 (2001). “芽”. 図説 植物用語事典. 八坂書房. pp. 220–231. ISBN 978-4896944792
- ^ a b 清水建美 (2001). “低出葉と高出葉”. 図説 植物用語事典. 八坂書房. p. 142. ISBN 978-4896944792
- ^ 原襄 (1972). 基礎生物学選書 3. 植物の形態. 裳華房. p. 158. ISBN 978-4-7853-5103-8
- ^ 黒沢高秀 (2016). “トウダイグサ属”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 3. 平凡社. p. 150. ISBN 9784582535334
- ^ “ポインセチア”. みんなの趣味の園芸. NHK出版. 2023年6月16日閲覧。
- ^ a b 早坂英介 (2015). “カヤツリグサ科”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 294–295. ISBN 978-4582535310
- ^ 長田武正 (1993). “第1群”. 日本イネ科植物図譜 増補改訂版. 平凡社. p. 36. ISBN 978-4582506136
- ^ a b c 長谷部光泰 (2020). “15.1.1 苞鱗種鱗複合体をもつ複合雌性胞子嚢穂の進化”. 陸上植物の形態と進化. 裳華房. pp. 200–205. ISBN 978-4785358716
- ^ アーネスト・ギフォード & エイドリアンス・フォスター (著) 長谷部光泰, 鈴木武 & 植田邦彦 (監訳) (2002). “マオウ属の生殖環 胞子嚢穂”. 維管束植物の形態と進化. 文一総合出版. pp. 467–469. ISBN 978-4829921609
- ^ アーネスト・ギフォード & エイドリアンス・フォスター (著) 長谷部光泰, 鈴木武 & 植田邦彦 (監訳) (2002). “マオウ属、グネツム属、ウェルウィッチア属の形態比較”. 維管束植物の形態と進化. 文一総合出版. pp. 474–482. ISBN 978-4829921609
- ^ アーネスト・ギフォード & エイドリアンス・フォスター (著) 長谷部光泰, 鈴木武 & 植田邦彦 (監訳) (2002). “大胞子嚢穂(雌性球果)、ボルチア目と種鱗の起源”. 維管束植物の形態と進化. 文一総合出版. pp. 429–435. ISBN 978-4829921609
外部リンク
苞
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苞
「苞」の例文・使い方・用例・文例
- 苞葉を有している
- 小苞葉を持つさま
- 殻、総苞、さやに入った果実のある木
- 円錐形の固まりである胚珠または胞子をつける鱗片または苞葉
- 披針形の大花苞と短い紫の肉穂花序のある普通のヨーロッパのテンナンショウ科の植物
- 中東産の観賞用植物で、濃紫の仏炎苞が目的で栽培される
- 根元から出ている大きな葉とボート形の仏炎苞を持ち、赤みがかった実をつける、クワズイモ属の植物の総称
- その食用の球茎のために耕作されるあるいは、温室で、その大きな葉と目立つ深紅の肉穂花序を取り囲んでいる仏炎苞アジア南東部の悪臭のあるいくぶんか肥満した熱帯植物
- 悪臭のある熱帯性植物で、朝顔の花冠に似た、直径数フィートにもなる仏炎苞を持つ
- 明るい緋色の仏炎苞と肉穂花序を持つ、よく栽培されるアンスリウム
- 緋色のべりーを生産する全体が緑と紫色の仏炎苞のある保護された葉と直立したクラブの形をした肉穂花序を有する一般的なアメリカの春に花を付ける森林地帯のハーブ
- 関連したテンナンショウに似ているが、掌状の葉、長細く緑が飼った黄色の仏炎苞と長細い肉穂花序のあるアメリカ東部北の早春顕花植物
- 塊茎を持つ多年草で、頭巾形の栗色または紫黒色の仏炎苞を持つ
- 温帯地域の湿地や沼地に育つ植物で、小さな緑がかった花は部分的に白い仏炎苞と赤い実に囲まれている
- 北米西部産の湿地に群生する落葉性多年草で、ザゼンソウに似ているが仏炎苞は黄色
- 米国東部産の多年生草本で、矢尻形の葉と細長くとがった仏炎苞、緑の実を持つ
- 白または緑の仏炎苞と芳香性の花がつく肉穂花序を持ち、観賞用にしばしば栽培される、スパティフィルム属の各種の植物の総称
- まだらで緑色を帯びたあるいは紫色のカウル形の仏炎苞に包まれたきわめて小さな花を有する北アメリカ東部の落葉性の多年生である低成長する悪臭を放つ沼植物
- バラ色の仏炎苞を持つオランダカイウ
- 黄色の仏炎苞を持つ数種のオランダカイウ属のカイウの総称
苞と同じ種類の言葉
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