抑止効果
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 06:11 UTC 版)
個別の刑罰の特別抑止(再犯抑止)効果を除いた一般抑止効果は、死刑や、終身刑およびほかの懲役刑も含めて、統計上効果が実証されていない。一般論として、死刑反対派は「死刑による犯罪の一般抑止効果の統計的証拠がないこと」、死刑賛成派は「死刑代替刑による威嚇効果が十分でないこと」を指摘する。抑止効果の分析方法には地域比較と歴史的比較がある。地域比較では国や州の制度の違いによって比較が行われる。 地域比較としては、アメリカ合衆国の1960年から2010年までの、「死刑制度がない州・地域」と「死刑制度がある州・地域」の殺人発生率を比較(死刑がない州地域とある州の数は時代の進展とともに変化している)すると、死刑制度がある3州の殺人率の平均値は死刑制度がない州や地域と、いずれの年度も近似値であり統計上有意な差異は確認されていない。 主要工業国(先進国・準先進国)で死刑を実施している国としては、日本、アメリカ合衆国、シンガポール、台湾などがあるが、アメリカ合衆国の殺人率は先進国の中では高く他国の殺人率は低いので、個々の国の殺人率は死刑制度の有無や刑罰制度の重軽により決定されるわけではなく、殺人に対する死刑の一般抑止効果としては、国や州や地域別の比較には意味がないとの指摘もある。 時代的比較では、死刑が廃止された国での廃止前・廃止後を比較する試みがされる。しかし様々な制度や文化、教育、経済など様々な社会環境の変化も伴うため、分析者によってさまざまな結論が導き出されており、それだけを取り出して検討するのは困難である。ただし現段階においては、廃止後に劇的に犯罪が増加・凶悪化した例はこれまでにはなく、また劇的に犯罪が減少した例もない。 精神科医・作家の加賀乙彦は著書『死刑囚と無期囚の心理』の中で、確定死刑囚44人を調査した結果、犯行前や犯行中に自分が犯している殺人行為によって死刑になるかどうかを考えた者はいなかったと報告している。この結果を見て、犯行後に死刑を回避するため目撃者さえ殺害したものまでいたため、無我夢中に殺人をしたものに対する犯罪抑止力はほとんど期待できないと結論付けた。ただし、死刑の可能性を考慮して殺人行為を思い止まった者は、当然、死刑囚にはならないので、死刑の抑止力が働かなかった者だけを例にあげて死刑の抑止力がないと主張するのは無理がある。 自分自身の生命すら省みない自暴自棄な者や、行政機構による自身の殺害を望む自殺志願者、殺人による快楽のみを追い求める自己中心的な、いわゆる「シリアルキラー」には抑止力が働かない例がある。アメリカでは、死刑制度のある州でわざわざ無差別に殺人を犯す者、死刑廃止州で終身刑で服役している囚人が死刑存置州で引き起こした殺人事件を告白し自ら望んで死刑になる者が存在する。例えば、死刑制度のないミシガン州から死刑存置州のイリノイ州に転居して8人を殺害したリチャード・スペックや、死刑廃止州のミネソタ州と死刑存置州のアイオワ州の双方で殺人を犯したチャールズ・ケリーやチャールズ・ブラウンはいずれもアイオワ州で裁判を希望して死刑を受け入れたという。また、死刑執行直前になってもアルバート・フィッシュは「最高のスリル」と待望していたとの説があるが、彼のようなシリアルキラーは他人の生命ばかりか自身の生命の保持すら関心がないので、死刑になることを恐れないなど、自己保身のために犯行を躊躇することはない。アメリカのシリアルキラーのみについていえば死刑の威嚇効果は期待できない。 作家石川達三は、著書『青春の蹉跌』の中で死刑存続論の論拠として 「人を殺した者は、彼も亦生命を奪われねばならない」という応報的法的確信 威嚇的効果の期待 犯罪者の完全隔離 を揚げ、「(死刑は)当然廃止せられるべき」であるが「直ちにこれを廃止するためには、社会の実情がなお整っていない」と主人公に言わせている。
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