仕上げ砥ぎ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/08 14:42 UTC 版)
ここからは、床几に腰掛け、仕上げ砥ぎに用いる道具を入れたり、上部に刀身を置ける砥ぎ箱を用意して、主に親指で砥石を扱い、作業を行う。 下刃艶 内曇砥を水に漬け込み、柔らかくなったところを層に沿って薄く割り、大村砥、青砥でさらに薄く摺り上げ、それを吉野紙と漆で裏打ちした物を「刃艶」と称している。裏打ちの目的は薄くなった刃艶がバラバラに砕けないようにするための工夫で有る。刃艶用の内曇砥は、専用に刃艶砥と呼ばれる特に柔らかくきめ細かな内曇砥を用いる。刃艶砥は現在最も枯渇している。使用する際は、目的に応じ、更に薄くして用いる。この工程では下地研ぎの砥石目を抜く。後に行う刃取りで、刃が容易に白くならない硬い焼きの刃の場合、下刃艶段階で入念に刃を白くしておくことがある。 地艶 京都に産する鳴滝砥を用いる。砕き地艶による方法と貼り地艶を用いる2種の方法がある。砕き地艶では、鳴滝砥の欠片を鳴滝砥で磨きこみ、1ミリ以下に薄くして、爪先で1.5ミリぐらいの角型にした物を10数個、刀身に乗せ、親指で砥石が逃げないように上手く扱いながら、主に地鉄の見所を引き出すようにする。柔らかい物から始め、硬い物へ砥石を変えながら作業をする。砥石の薄さ、大きさ、水に入れるソーダの濃さ等で刀身に対する作用が違ってくるため、経験と熟練を要する作業と言える。長時間地艶を使うと、鳴滝砥は硬質のため、内曇地砥で起こした肌が潰れてしまうので短時間で仕上げる必要がある。また、砥質が刀と合わないと地の見所を引き出せなかったり、細かい傷を付けてしまい、細名倉まで戻さなくてはならなくなる。貼り地艶は刃艶と同じ方法で作成し、砕き地艶と同様、砥質を変えながら用いる。 拭い 刀剣を鍛錬する折、刃に用いる鋼を鍛錬した際に飛び散る鋼の粒を乳鉢で微細に摺る。これを鉄肌(かなはだ)と呼ぶ。鉄肌を油で溶き、吉野紙で漉しながら粗い粒が入らないように注意して刀身に乗せ、青梅綿で磨いていく。これによって、砥石目は見えなくなり、鍛え肌が立ち、地が青黒くなる。青梅綿で刀身を拭うような作業のため、材料そのものを「拭い」と呼んだり、作業を「拭い差し」と呼ぶ。「拭い」は鉄肌以外に、朱、孔雀石の粉末、金粉、酸化クロム等その他各人工夫の材料を混合して作成する。この混合配分、材料は刀の地鉄の質に応じて用いる必要がある。なお、砥石目を抜くために拭いで刀身を磨き過ぎると肌がふさり、鏡状の光沢となってしまうので、注意が必要である。 刃取り 刃取りは、拭いを行うと刃文も黒くなってしまうために、刃文を白く浮き立たせ、地刃を白黒の対照で引き立たせるために行う。刃艶を刃幅を見ながら適当なサイズに切り、親指で押えて作業する。この際、本阿彌流では棟側から刃を拾う。一方、藤代流は刃側から刃を拾う。刃取りの構成次第でゆったりと美しくもなり、こせついたものにもなるため、研ぎ師のセンスが問われる。特に相州伝のように湯走りがかり、飛び焼きもある沸出来の刃の場合、刃文そのものを創作する事となる。一方備前伝においては、乱れた丁子刃を一つ一つ拾うのではなく、二つ三つまとめて拾い、こせついた雰囲気を出さないように心がけることが肝要である。 また、刃取りでどこまで刃を白くするかは研ぎ師のセンス、時代の要求があり、現在では、うっすら刃取りの下の刃が見える程度の白さが上品と言われている。刀を見慣れない人は、この刃取りを刃文の形と誤解しがちだが、刀身を太陽や白熱灯に透かして見て、刃取りの白さの中に見える匂い口が、刀の本来の焼き刃である。 磨き 刀身の鎬地、棟を鋼鉄等(主に超硬合金)の磨き棒を使って、磨き潰し、鏡面的な光沢を持たせ、鎬の線を際立たせ、刃の白さ、地の青黒さ、鎬地の漆黒の鏡面を持って、刀身を三段階の階調にする作業である。磨きをする際には、イボタ蝋(カイガラムシの一種から得られる蝋)を絹で包んだ物を、打ち粉の要領で打ち付け、微粉末が刀身に付く様にして、滑り易くして行なう。 ナルメ ナルメは切先の部分を刃艶で白くする作業である。最初に横手部分に内曇砥で筋を引き、地部と切先を明確に分けてから、ナルメ台と言う物を下地砥ぎと同じ構えで固定して作業をする。一枚の曇りガラスのように、粗い目が全く見えないように白く成っているのが良いとされている。 流し 流しとは、研ぎ師のサインである。帽子の裏棟、ハバキ元に入れる。まず、流しを入れる部分を内曇砥で白くする。帽子の場合、切先にむけて棟地に左右に3本ずつ、磨き棒の先端を用いて一息に入れる。ハバキ元の場合、ハバキ鎬地に7、9、11、13といった奇数の本数を磨き棒で入れる。失敗すると細名倉まで戻さなくては磨き棒の跡が取れないため、研磨最後の緊張の瞬間である。研ぎ師によってそれぞれ手癖があり、流しの様子を見て誰が研いだか分かることもある。 細かい作業などもあるが、流しを入れて刀剣研磨の工程は終了する。作業には、備水砥から始めて、10日から2週間程度掛かる。錆が酷かったり、打ち下ろしの刀の場合は、更に掛かる場合もあり得る。 研磨は、工程が進むにつれ、微細な傷でも取れなくなり、工程を前の工程へ返したり無駄が多くなるので、作業場を清潔に保つのは基本的な心構えである。特に、備水等、荒い砥石で研ぐ場合、必要以上に研ぎ落とすと元に戻らないため、十分気を付けなくてはならない。 近年は、鑑定書取得等を目的とした刀剣研磨が頻繁に行われており、研磨の頻度は実用された戦国期を除いて、歴史上で最も高いと言えるが、文化財である美術刀剣を保存する意味において、朽ち込み錆を落とすといった刀剣保護の目的以外で研ぎに出すのは、刀身を無意味に減らすことにもなる。
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