「目指せ!インシデント・ゼロ」「ヒヤリハット撲滅!」──。最近このような組織目標を掲げるIT職場が増えている。
情報セキュリティやシステム品質に対する要求レベルがますます高まっている昨今。インシデント・ゼロやヒヤリハット撲滅を掲げたくなる気持ちはよく分かる。情報漏洩や品質低下が企業の信頼を一瞬にして失墜させ、ブランドイメージを大きく下げることを考えると事情は理解できる。
しかし、インシデント・ゼロやヒヤリハットの撲滅といった掛け声は、私の経験ではIT職場にとってむしろ逆効果でしかないように思える。現場では「ミスなく働く振り」が横行し、結果的に社員や関係会社の人たちを疲弊させるだけだ。
インシデント・ゼロ宣言は余計な仕事を生むだけ
インシデント・ゼロを掲げたIT職場で働く社員の典型的な行動パターンを見てみよう。よほど風通しが良い組織でなければ、多くの企業では大抵こうなる。IT職場の課長クラスに上から指示が下り、課長は部下に「とにかくインシデントを発生させないように。分かったな!」と命じる。
そのために具体的に何をするかといえば、決まってこの2つだ。
- ダブルチェックやトリプルチェックを増やす
- 様々なチェックリストを作る
想像しただけでも、業務効率を下げること、このうえなしだ。一方で、経営陣は「残業を減らせ」だの、「業務効率を上げろ」だの、勝手なことばかり言ってくる。現場で汗をかく社員は神経を逆なでされるだけだ。
それでもインシデントは必ず起きる。人が行う作業で、ミスは決してゼロにはならない。ヒューマンエラーは完全には避けられない。みんなその事実を分かっている。だから現場は大騒ぎになる。そしてこんな会話が飛び交い出す。
「これ、インシデントじゃないですよね?違いますよね?」
担当者はひたすらカロリーを消費しながら、時には組織ぐるみで「その事象がインシデントなのかどうか」を判断するための仰々しい会議を繰り広げる。この時点で組織には危険信号が点灯していることに、ほとんどの人は気づいていない。もしくは分かっていても、あえて口には出さない。
そうこうするうちに、どこからか「これはインシデントではなくて未遂でしょ」と声が上がり始める。インシデントの解釈を巡って「言葉遊び」が始まるのだ。これはもはや隠蔽行為に限りなく近い。
インシデント・ゼロ宣言がトラブルの「見えない化」に直結してしまう。なぜなら上司が「俺にインシデントを見せるな」と言い放っているようなものだからだ。そうした現実にどれだけの管理職が気づいているのだろうか。