chapterⅢ-Ⅰ out of control ―暴走―
竜と桃――二人のバトルのその日……
椿は日番にあたり、職員室から大量の配布物を持って行く途中――
「きゃっ……!?」
「わっ……!?」
運悪く走っていた少年とぶつかり、運んでいた物をばら撒いてしまった。
「ごっ……ごめんなさいっ!!」
おそるおそる顔をあげると――
「いや今のは俺が悪かったよ、すまない妃宮さん……!」
そこには、クラスメイトの木間正也(このまただや)の姿――
即座に謝り、散乱した書類を拾うのを手伝ってくれた。
「あっ……木間君……急ぎみたいだから、わざわざ拾わなくていいよ!」
「そんな事ないって……ところで妃宮さん――大丈夫? 怪我なかった?
俺はともかくとして……女の子に傷が残るのは良くないから――」
「大丈夫――ありがと……でも……
木間君に傷が残るのも良くないと思うよ?」
やっぱり木間君は優しいな……そう思いながら、椿は返した――
「……いや、俺はもうどうせ……」 「……??」
「ああ、なんでもないよ、お気遣いありがとう」
そう言って正也は――笑顔を見せる。
木間正也――彼は椿が通う高校の生徒会長でもあり、
真面目でしっかりとした性格で、優しく面倒見も良く、人望も厚い――
しかも成績は常にトップで非の打ちどころのない、完璧超人。
椿も一目置いていたのだった――
「はい、これ……あっ、そこの机に置いてくれたら――後で俺が
持って行っておくけど……それを一度に上まで運ぶのは大変だろ?」
「でもっ……木間君は当番じゃないし……」
「さっきのお詫びも兼ねてね……それにこういう時は、俺頼りにして
くれてもいいよ? どうせ俺も昼休み終わったら同じ教室に戻るんだし。
また派手にぶちまけたくはないだろ?」
そう言って正也は微笑んだ――
「あっ……うんっ……じゃあお言葉に甘えて――」
と、ふと彼と目が合った……。
正也は何か意味あり気に、椿の事を見つめていた――
心に決めた者が存在する椿も、さすがに男の子に見つめられると
ドキドキしてしまう……
「……本当に、そっくり……だな……」 正也は静かに呟く――
「……?? えっと……あの……木間……君……?」
椿は困惑しながら、彼の名を呼ぶ……
「……ああっ、すまない! 何でもないっ……!!」
我に返った正也は、照れくさそうに目を反らす……
「こんな所でな~に見つめ合ってたんだ? た~だや♪」
そこに突然1人の少年が現れ、ふいに二人の会話を遮る――
「わっ! マサっ……!!」 「中里君!!」
二人の前に現れた少年の名は、中里雅晴(なかざとまさはる)……
生徒会副会長を務める学内でも有名人で雷音のクラスメイト。
バスケ部と軽音部を掛け持ちする、明るくノリの良い人気者――
女子からの告白が絶えないが、当の本人は誰とも付き合っていないらしい……。
正也とは正反対の性格だが、二人の仲はとても良いのだった――
「やっぱ俺の名前は――知ってくれてたんだな。
こうして話すのは初めて、だな……えっと……ひ、ひみやさん!」
「あ……名字……ひめみや、なんだけど――」
雅晴は自信なさげに椿の名字を呼び、案の定間違えた。
慣れているとはいえ、椿は少し残念そうな表情を浮かべる……
「……あれ……? 名字の方、間違えて覚えてた! ごめんなっ」
「ううん、気にしないでね」
「ところで正也、女の子と話すのさえ苦手なくせに珍しいなっ☆」
「……誤解だ誤解! ちょっとぶつかって謝っただけだから」
正也をからかう雅晴の言葉に、正也は不機嫌そうな様子を見せる。
「そういえば――」 「……?」
ふと雅晴は椿に接近し、椿の耳元で囁く。
「妃宮さんは、キス位は経験済だったりする?」
「……えっ……!?」
思いがけない言葉に、椿は一瞬で赤面する……そして、返答に困る。
先日蓮とキスをした。ただし、それは「ゲームの世界の体」で、だ。
現実世界と同じ姿であるが、あくまでゲームの世界の体だった……
「……否定しないのか……ふーん……」
「どうしてそっ……そんな事……」
否定しない椿を見て、雅晴は意味ありげに椿を見る。
「……マサ、お前何聞いたんだ? すごく困ってるじゃないか……
ごめんね妃宮さん、そろそろ行くぞマサっ」
そんな椿と雅晴を見かねて、正也は助け舟を出す。
「へいへい了解……あっ色々とごめんな、妃宮さん」
「あっ……ううん」
「……あれが噂の中里君、か……不思議な人……」
正也と雅晴の背中を見送った後、椿は呟く――
雅晴の事は噂で知っていたが、言葉を交わすのは初めてだった。
「……いくら『あっち』とそっくりだからってあんな風に
見ちゃうなんて……俺、絶対変に思われただろうな……
そういえば、今日の放課後も、もしかしたら――」
正也は先程の椿との事を思い出しながら……何かを思う。
『まず第一条件としてね、いきなり男の子にキスされても
美形とできてラッキー☆的に思ってくれるような子じゃないとダメな訳で』
『恋愛願望があっても手が届かないって諦めてる子。それで――……』
一方、雅晴は『彼』の言葉を思い出す…。
「……『奴』のシナリオ通り、って事か」
「……マサ……?」 「……なんでもないっ」
そうして、正也と雅晴は生徒会室へ足を踏み入れた。