『地名の原景』 木村紀子
日本列島の野にも山にも里にも川辺・海辺にも、すべての土地に貼り付いている名前=地名。その一つ一つには、その地の形状や景観、またそこで営まれていた人の暮らしのありようを言いとめようとする声が文字以前の時代から響いていたはずである。あるいは言い換えられ、あるいは文字に書き留められて変容を遂げながら、その基底に今も遺っているその初発の声はどのようなものであったのか、どのような生まれ方をしたのか、本書はその一端を探る試み。 ノ(野)、ヤマ(山)、カハ(川)……、地名にしばしば現れるこれらの言葉の古いつかわれ方を記紀万葉などに探るとき、たとえば滋賀や志賀の「ガ」を「賀」というめでたい漢字の皮をむいてもとの意味を見極めるとき、象山・象潟と列島の人々がついこの間まで見たこともない動物の文字を冠する奇妙な「キサ」の地名が指すものを推理するとき、この列島上ならではという自然環境のどんな原景が、失われた人の営みのどんな光景が、その地名にあらわされているかが見えてくる。 |
地名の由来に関わる本が好きで、よく読みます。でも、この本の著者、木村紀子さんのことは知りませんでした。始めて読みました。
地名の本というと実際に存在する地名を挙げて、その由来を紹介するものが一般的ですね。少なくとも、私はそういうものと思って“地名の本”に接してきました。
この本もそうだろうと思って購入したのですが、それよりももっと先を行く本でした。たとえば、小野や大野のように、地名に“ノ”という音が使われていれば、それはどのような風景、状況に対して使われた音であるのかを解き明かしています。
文字で残される以前に、声で残された地名があったわけですね。その音は、どのような風景を表わすものであったのか。そこに住んでいた人々は、その声を聞いた人びとに、どのような風景を思い浮かべて欲しかったのかというようなことですね。
『地名の原景』 木村紀子 平凡社 ¥ 1,012 漢字の呪縛を廃して、地名を構成する言葉のもともとの意味を探る |
はしがき 1 日本列島の原景語 2 国名以前の地名と国名の生いたち 3 先史を秘めた奇妙な当て字地名 結びにかえて――タ(田)の来歴 |
著者の木村紀子さんは、古代日本語や古代文化に精通する研究者のようです。古事記、万葉集、魏志倭人伝、催馬楽、伊勢物語、梁塵秘抄といった文献からの引用が多く、とても私などに追いつけるものではありません。
ただ、難しすぎるというのとも違います。文献から引用された歌謡等に出てくる言葉の使われ方から、それがどのような状況で使われているかを推理していきます。私の場合、古代の歌謡等に不慣れであるため、すんなり頭に入らない場合が多くありました。しかし、説明を読んでまた歌謡に戻り、行ったり来たりするうちに、なんとなく分かってきます。
残念ながら、まだ“なんとなく”なんですが、その「言葉の使われ方」に、いくつもの発見があるのです。
たとえば、“クニ”という言葉。国という漢字を当ててしまえばそれまでですが、“クニ”だとすると、そこから推理が始まります。万葉集などの歌謡に現れる“クニ”は本来、郷里・集落といった小さな地域を指していたそうです。その“クニ”の“ニ”は、埴(ハニ)、青土(アオニ)の“ニ”と同じで土のことだそうです。
これだけでも私には大きな発見なのですが、ここから“ク”の推理に入ります。語源・語義の分からない古語の一つだそうです。それを、「あえて」と推理しているのですが、これが面白い。
神代記・万葉集・古事記と長い旅に出て、「もしかしたら“ク”は木かも」ですって。
「木の生い茂る大地が私のクニ」だとすれば、山の木を片っ端から伐採してソーラーパネルを敷並べるなんて愚かなまねは、金輪際出来るものではありませんね。
木村紀子さんの本、遡って読んでみよ。