コー地方とセーヌ川(その2)
※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
「奇岩城」前半において、ボートルレが関心を持っているのは一にルパンであり、二にリューベンスの絵だった。(学生で限られた時間しかないため、どれもこれもという訳にはいかない。ルパンの手下なぞといった雑魚に興味はなかった)
休暇が始まり再び捜査に乗り出したボートルレは、リューベンスの絵の行方をたどろうとする。証言を集めながら、次のようにたどっていく。
(証言)一味は車で立ち去った。
(証言)アンブリュメジーから街道沿いに走っていた車がコードベックでセーヌ川を渡った。
(証言)その車はオープンカーだったのに、目立つはずの4枚の絵が渡し場の職員に目撃されていない。
(推論)第2の自動車が用意されていて、車が川を渡るまえに絵が積み替えられて別の渡し場から川を渡った。
(証言)別の渡し場では自動車も、また絵を積めるような荷車も川は渡らなかった。
(証言)荷車といえば、荷車から何かの荷物を川船(平底船)に積み替えていた。
(推論)4枚の絵は自動車→荷車→川船と積み替えられてセーヌ川で運ばれた。
ボートルレの捜査はセーヌ川へとたどり着いた。川船とはペニッシュ(peniche)と呼ばれる船で、主に物資の運搬に使われるものだ。ペニッシュに積んだということは、セーヌ川を横断したのではなく、セーヌ川を航行して運んだことを意味する。
Peniche - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/P%C3%A9niche
「金三角(9)」でパトリス・ベルヴァルとドン・ルイス・ペレンナがベル・エレーヌ号というペニッシュの行方を追いかけているように、セーヌ川には多くのペニッシュが航行していた。当時のフランスでは鉄道網も重要だったが、水運もまた輸送にとって重要だったのである。河川のほかに、河川と河川をつなぐ運河も発達していたので、地中海のマルセイユから英仏海峡のル・アーヴルまで、船でフランスを縦断することも可能だった(ただし大西洋周りのほうが速くて実用的)。そしてセーヌ川は交通の大動脈だった。
ボートルレはリューベンスの絵の行方を知るとともに、セーヌ川の川船こそルパン一味の主要な輸送手段だったことを発見するのである。
なお、ペニッシュは運搬に使われるが、住むこともできる。「カリオストロ伯爵夫人(13)」でラウールとジョゼフィーヌが蜜月を過ごしたのもセーヌ川に浮かぶペニッシュだ。「謎の家」のラストでルパンが言ういつでも用意ができている脱出手段とは自動車と飛行機とセーヌ川に浮かぶペニッシュであり、ヒロインを案内したのもペニッシュだった。(映画「ルパン」にでてくる船もペニッシュだと思う)
□参考文献
小倉孝誠「パリとセーヌ川」中公新書、2008年
服部春彦、谷川稔編著「フランス近代史 ブルボン王朝から第五共和政へ」ミネルヴァ書房、1993年
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※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
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