ルパンの涙(その6) - ボートルレ2
※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
ルパンとボートルレの一度目の対面についてはとりわけ気をつけて読むべきだと思います。
二人とも芝居をしている、少なくとも上辺を繕っています。警戒心のない笑みを浮かべるボートルレも、ルパンに対する用心を怠っていません。たとえば、ブレドゥーがボートルレを刺したことは、ルパンは自分の関与したことじゃないと言い、ボートルレは普段のあなたのやり口じゃないと言っていますが、実際はルパンの言葉をさらさら信じていない、ルパンが指示したと思っています(グラン・ジュルナルの記事)。思惑があって対面しているのだから、その思惑を図るべきでしょう。
ああ! なんと皮肉たっぷりな美しい笑いが少年の顔をかがやかせていたことか! くちびるの上の新しい笑い、ルパンの影響ではないかとさえ思えそうなその笑いかた……そして彼をたちまち敵と同じ水準にまで引きあげた、この横柄な、親しい口のききかた!(岩波P154-155)
「ルパンの影響ではないか」。最初ルパンとは全く対照的な皮肉のない笑みを浮かべていたボートルレの、別な一面を引き出したのはルパンに他なりません。それに「皮肉たっぷりな美しい笑い」とはルパンの笑いにそっくりです。
ああ! この笑い! 若くて明るいこの笑いこそ、たのしげな皮肉のまじったこの笑いこそ、たびたびわたしを愉快な気持にさせてくれたものだった!……わたしは身ぶるいした。まさか、そんなことがあるだろうか?(岩波P137)
相手を利用しようとするとき、利用しやすい人間と、利用しにくい人間がいます。ボートルレはルパンの相手としてはうってつけでした。影響を受けやすい年代で、とことなく自分に似たところも持っている。会見の中で、ルパンは、ボートルレが虚飾を捨てて闘争心をあらわにする瞬間を待っていたのです。
ルパンのほうには、ついににくむべきライバルの剣とぶつかった決闘者の喜びが、その目の光の中に感じられた。(岩波P151)
さて、ボートルレは『アルセーヌ・ルパン――その古典的かつ独創的方法』(岩波P84)という小冊子を物していました。その内容はこのようなものです
あの怪盗の手口が非常にくわしく描きだされていて、実行方法、どれもこれも特殊な策略、新聞への投書、脅迫、ぬすみの予告など、要するに、これと目ぼしをつけた犠牲者を<料理する>ために使用するトリック、相手の精神をうまく利用して、みずからわざわざ仕組まれたわなに、いわば同意の上でおちこんでいくようにするためのすべてのトリックが示してあった。(岩波P84)
まず、これを読むかぎり、ボートルレの考察にはある要素が欠けています。「変装」です。まだ研究が進んでないわけです。作中ではボートルレがルパンの顔をどこまで知っていたかの記述を避けています。ルパンの逮捕は10年近く前で、以降用心を怠っていないとすれば、ボートルレが正確な顔を知らないことはありえます。
そして、「相手の精神を利用し自らの意思で行動したかのようにみせてルパンの仕掛けた罠に落としこむ」というやり方は、「獄中のアルセーヌ・ルパン(1-2)」などに顕著ですが、「奇岩城(4)」の構造を示唆していると思います。また、この小冊子は、マスコミの誇張があるにせよ、ルパンのやり方を揶揄するものでした。それを知ってちょっかいを出さないルパンではありません。一つからかってやろうという気持ちはあったのでしょう。
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※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
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