「奇岩城の大嘘」とは?(その1)
※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
「奇巌城」や「奇岩城」という名で知られるモーリス・ルブランの作品「L'AIGUILLE CREUSE」(レギーユ・クルーズ)。タイトルにもなっている“エギーユ”(またはレギーユ)とは何か。これはなかなか厄介かつ面白い問題である。私はそれを三宅一郎氏の「奇岩城の大嘘」という文章で気づかされたので、その内容を紹介していきたいと思う。
本来なら「奇岩城の大嘘」自体を読んで欲しいけれど、「奇岩城の大嘘」(以下「大嘘」と略す)を収めた本や雑誌が入手困難であること、ルパンシリーズに適切な注釈書がないことから、「大嘘」の詳細や「奇岩城」謎解きの解釈についても言及することにする。「大嘘」ではaiguilleをエイギュイユと表記しているが、最近の翻訳にあわせてエギーユとしたいので、この記事内では混在している。
まず「奇岩城の大嘘」の概要から。
三宅一郎「奇岩城の大嘘」
収録単行本:新潮文庫編集部編「百年目」新潮文庫、P347-370
初出:「小説推理」2000年8月号
ビーケーワン:百年目(目次)
http://www.bk1.co.jp/Sakuhin.asp?ProductID=1931677
□見出し
- 七十年来の大錯覚
- 奇岩城
- エギュイユとは?
- 実在のレギュイユ
- 空洞の針
- 第三義
- 針か峰か?
「L'AIGUILLE CREUSE」の、とくに「Aiguille」(エギーユ)という言葉がこの作品の重要な鍵を握るのだけど、大正年間に初めて日本語翻訳されて以来、そこに大きな錯覚があるとしている。「奇岩城」や「奇巌城」という邦訳書名は保篠龍緒が大正中期(1919年)に「奇巌城」として出版したのが始まりであり、原題の訳語ではない。翻訳以前には翻案の「大宝窟王」が出版されている。
エギーユという言葉をフランス語の原文ではどのように意義づけているか、三宅氏の調査結果は以下のとおりとなっている。テキストは1981年ガリマール版で、署名を除き目次をふくめたとある。
1. aiguille…3回(無冠詞)
2. une aiguille…5回(不定冠詞を伴ったもの)
3. L'Aiguille…59回(定冠詞を伴ったもの)
4. L'Aiguille creuse…34回(定冠詞を伴ったものに、形容詞を添えたもの)
実に101回用いられている。この作品の規模だと多いのではないだろうか。定冠詞が着いたL'Aiguilleと言う形での例が多い。だから、定冠詞のついた3や4を解明すれば、自然と用法と語義が明らかになるだろうとしている(日本語話者には冠詞と言う概念は分かりにくい。英語だとaが不定冠詞でtheが定冠詞にあたる)。辞書ではこの言葉はどのように説明されているか。「大嘘」からそのまま引用する。
では、辞書はこの語をどう説明しているかを前掲の『ル・ロベール』辞典を例として示すと、Ⅰ 鋼鉄の小さな線条で、一端が尖り(サキ)、他端(アタマ)に一つの穴(眼またはメド)を設け、そこに縫うための糸を通す物。
Ⅱ 先端が尖った種々の金属条。
Ⅲ 先端が尖った種々の物体。と大別しているが、Ⅰは、なんのことはない縫い針のことで、この項目を<針>と総称してもよく、この項目に縫い針以外の色々な針、刺し針、留め針、鍼針などをふくめている。Ⅱには、磁石針、時計針、注射針などを例として挙げ、Ⅲには、
イ、動植物(蜂の針、魚の名称、松葉など針葉樹の葉)
ロ、地理(先端が尖った山頂および尖鋒を持つ山など)
ハ、地質(尖った岩、尖礁など)
ニ、建造物(尖塔、鐘楼、オベリスクなど)としていて、エギュイユの第一義は<針>で、フランス語者にとっては、エギュイユ(針)、エパングル(ぴん)、エピン(とげ)などは、とくに辞書をひもとくまでもない日常の用語である。ルブランの、この小説を最初に和訳した保篠氏は、エギュイユを<針>だと直観し、その後七十年間も<針>が尾をひき現在に及んでいる。(大嘘)
大きめの辞書を確認したところ、白水社仏和大辞典ではほぼ同じ分類だった。原本が確認できていない状態で孫引きすると各翻訳者の意図を損ねてしまう恐れがあるので引用はしないけれど、「大嘘」にはエギーユ=針を利用して翻訳されている例が並んでいる。針とすると何となく不自然または違和感を与えそうな箇所をエギーユなどカタカナだけにしたり、カッコを付けて説明している例もある。なお、クルーズは、
<空洞な>を意味する形容詞クルーやクルーズ(女性形)、<掘る>を意味する動詞クルーゼは、フランス人が、ふつうに使っている日常語(大嘘)
だそうである。エギーユが女性名詞なので形容詞も女性形でレギーユ・クルーズとなる。次から作品について話を進めたいと思う。
※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
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