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     以前、手紙の書き方についてリクエストがあったので書く。
     
     「大人の手紙」について、「昔からこうなっているのだから守っておればいいのだ」といった礼儀作法的なお小言を繰り返すのではなく、何を目的にしてどのように構造化されているかについて説明を行う。
     理解したからすぐに手紙が書ける訳ではないのは、英文法を学んでもすぐに英会話ができないのと同じである。
     しかし、英文法を学んでない人の英語力がやがて頭打ちするように、「大人の手紙」の構造を理解しない人まま墨守していては形骸化が避けられない。
     何より意味を理解したものは応用が効く。例文集を使うにしても、要素ごと分解・再統合ができ、相手や状況に合わせたアレンジも可能になる。
     また、意味を理解した方が、意味が分からぬものよりもずっと、記憶に残りやすい。
     
     
    pen.jpg
     
     「大人の手紙」は大きく分けて3+1個の領域からなる。
     
    ・head領域
    ・body領域
    ・foot領域

    ・annex領域



     それぞれの領域は次のような役割を担う。

    (1)head領域
     言葉の元々の意味でプロトコル(外交儀礼)を担う部分。
     この手紙の儀礼的要素がここに格納される。
     これにより相手の社会関係ポートが開く。
     儀礼の交換を通じて仲間か否かを確かめるのは、群れ(社会)をつくる猿としての仕様である。

    (参考記事)
    あなたの地位と人脈は《スモールトーク》が決めている/ダンバー『ことばの起源』応用篇 読書猿Classic: between / beyond readers あなたの地位と人脈は《スモールトーク》が決めている/ダンバー『ことばの起源』応用篇 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    (2)body領域
     いわゆる主文(コンテンツ)部分。
     この手紙で伝達したい情報はここに格納される。

    (3)foot領域
     この手紙のコンテクスト情報を格納する部分。
     電子メールならヘッダ情報に含まれるような、日付、差出人、宛名の情報はここに格納される。

    (4)annex領域
     いわゆる追伸が格納される。



    それぞれの領域は、以下の要素(フィールド)を格納する。
    次の表に、例文と対応付けて要素を示す。


    領域要素例文
    head領域

    儀礼的要素
    頭語拝啓
    時候の挨拶暦のうえでは春とはいえ、まだ寒い毎日です。 安否の挨拶(相手)その後、いかがおすごしですか。 安否の挨拶(自分)当方は皆至って元気ですので、ご放念ください。 お礼/お詫び先日はまたお世話になり、感謝いたします。
    body領域

    コンテンツ要素
    起語さて、
    本文 先日ちょっとお話した、わたくしの転職の件ですが、おかげさまで就職先が決まりましたので、お知らせ申し上げます。
     友人の知人が経営する小さな旅行会社ですが、経営状態はよく、給与その他待遇にも不満はありません。わたくしの営業のキャリアも十分生かせそうなので、楽しみにしております。
     いろいろご心配をおかけしましたが、一応落ち着き先が決まり、妻も安心しております。
     ありがとうございました。
    終結の挨拶 略儀ながら書中にて、お知らせかたがたお礼申し上げます。 結語敬具
    foot領域

    コンテクスト要素
    日付  三月十日
    署名○○ 良夫 宛名+敬称読書 太郎 様 脇付     机下
    annex領域

    追加要素
    副文追伸 佐藤さんにはこの件、まだお伝えしていません。わたくしから直接お知らせしますので、今はまだ伏せておいてください。





    1.head領域(儀礼的要素)

     手紙の儀礼交換の機能を担う部分。
     社会関係の構築・維持・再生産の観点からは、メッセージの内容よりも、したがってメッセージ伝達を担うbody領域よりも重要である。
     一見フォーマット化、テンプレート化が効きそうなのだが、相手との関係や状況・手紙のメッセージ内容などによって様々な分岐があり得る。
     たとえばお礼や見舞いの手紙では、head領域をごっそり省略して(というのが儀礼なのだ)、いきなりbody領域からはじめたりする。
     ビギナーは硬直した定型文で済まそうとし、中上級者は自由闊達なフレーズを繰り出しながらも決めてくる。
     そのため経験値によってつく差が大きい。というか
     また手紙を書くのが苦手な人は、この部分について苦手意識を持っていることが多い。


    頭語(冒頭後、起筆、起首ともいう)
     手紙文全体のはじまりを示す。
     「拝啓」「謹啓」など。
     親しき相手への手紙では「前略」として省くことがある。
     
    時候の挨拶
     暑さ、寒さなど四季それぞれの気候をおり込んだ挨拶。
     「降雪の候」「寒さ厳しき折柄」「水道のじゃ口も凍る寒さ」など。
     
     head領域の中核であり、固めの定例文で済ますこともできるが、相手・状況に応じて自分の言葉を織り込めると中級者である。
     上級者の事例としては、今朝降った雪に一言も触れてない手紙をよこした吉田兼好が、何と風流の無い奴だとなじられる(兼好なら触れてくれるだろうという期待の裏返し)エピソードが『徒然草』に出てくる。
     I LOVE YOU.を「私はあなたを愛しています」と訳した学生をそんな日本語はないと叱り、では何の訳すのかと反問された漱石が「月がきれいですね」とでも訳しとけと答えたフォークロアがある。
     一見訳が分からないかもしれないが、感情が動いたとき風景描写をはじめるのは日本文学が始まって以来の伝統である(この伝統は、恋愛感情を告白するのに、わざわざ夜景を見に行く人たちの中にも脈々と流れている)。先の『徒然草』のエピソードも、時候の挨拶も、この伝統に照らして理解すべきである。

     なお、お礼、弔いの手紙では省く。
     

    安否の挨拶(相手)
     「ますますご健勝のこととお喜び申し上げます」「皆様お元気ですか」など。


    安否の挨拶(自分)
     親しくない相手には書かない。
     病気のとき、無事でない時には書かない。

    お礼/お詫び
     お礼/お詫び目的の手紙の場合は、本文に含まれる。
     

    2.body領域(コンテンツ要素)

     手紙のメッセージ伝達を担う部分。

    起語
     body領域のはじまりを示す。
     「さて」「ところで」など。
     
    本文

    終結の挨拶
     
     「略儀ながら書中にて、お知らせかたがたお礼申し上げます。」「とり急ぎお知らせまで」「ではお元気で」など。
     
     
    結語
     body領域のおしまいを示す。
     頭語と対応するもので、head領域とbody領域が、手紙の本体部分であることを示している。
     「拝啓」に対して「敬具」、「謹啓」に対して「謹言」など



    3.foot領域(コンテクスト要素)

     この手紙が、何時、誰から誰宛に書かれたものかを示す部分。
     メッセージ本体ではないが、この部分を欠いた手紙は、後日読み返そうとした時に用をなさない。つまり文書 Documentとは言えない、ただ文字が並んだ紙でしかなくなる。
     
     手紙は使い捨ての情報伝達手段ではない。
     手渡すことで個人を越える、社会的記憶の一つのあり方である。
     つまりfoot領域に格納されるコンテクスト要素は、手紙が手紙であるための必要条件である。
     
    日付
     年月日を書くのが正式だが、月と日だけのことが多い。
     
    署名

    宛名+敬称

    脇付
     手紙文全体のおしまいを示す。
     「机下」「侍史」など。
     御中/各位宛、ビジネス、お悔やみなど凶事の手紙には書かない。


    4.annex領域(追加要素)

    副文
     追記の文。
     「追伸」を導入にして始める。
     手書きの時代には、書き忘れた事項を本文内に挿入するためには全体を書き直す必要があったので、その便宜として用いられた。
     このため、目上への手紙には追伸は用いず、最初から書き直す。
     また本来の意味では、書き直し自在な電子メールで追伸はありえない。




    (参考文献)
    以下の文献を、例文、解説ともに参考にした。


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