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2012.10.20
数学解釈のための方言講座ー数学特有の、慣れないと不思議な言い回しを解説する
以前「教科書は教えてくれないけれど知らないと教科書が読めない学習語リスト」という記事を書いた。
教科書は教えてくれないけれど知らないと教科書が読めない学習語リスト 読書猿Classic: between / beyond readers
専門用語は、教科書の中で説明してあるし、専門辞書を引くこともできる。
けれども、教科書や専門辞書の説明の中には、特に説明なく使われる言葉がある。
前の記事では、これを〈学習語〉と呼んだ。
〈学習語〉は、(とくに子どもたちが交わす)日常の話し言葉には登場しにくい抽象語などが含まれている。
教科書や専門辞書の説明は、そうした〈学習語〉を知っていることが前提になっている。
知っていないと、日々の学習でつまずき、後れを取ることになってしまう。
今回取り上げるのは、〈学習語〉と似ているが、もう少しやっかいな言葉たちである。
〈学習語〉は、そうはいっても一般語であって、国語辞典で意味を確認することができる。
しかし例えば次のような言葉は、言葉としては一般語なので、専門辞典に載っていないが、その用法は国語辞典がカバーする範囲を超えている。
置換を互換の積で表したとき、その互換の数の偶奇は一意的に決まる。
→ 置換を互換の積で表したとき、その互換の数の偶奇は、ただ一通りに決まる。
国語辞典には「一意」は、
(1)ひとつの考え。また同じ考え。
(2)(副詞的に)一つの事に精神を集中するさま。ひたすら。
とある。もちろんこれでは意味が通らない。
実は、広辞苑には第4版以降、
(3)(unique) ただ1通りに定められること。「一意的な解」
という意味・用法が追加されている。他には
任意
(3)(「任意の」の形で) 論理学・数学などで無作為に選ばせること。「平面上の任意の一点」
などが記載されている。
実はこうした数学に現れる形容詞・副詞はまだ注意が払われている方だ。
たとえば『数学ビギナーズ・マニュアル』は、第2章を当てて、こうした数学に独特の言い回しを取り上げ解説している。
これだけは知っておきたい数学ビギナーズマニュアル (1994/06) 佐藤 文広 商品詳細を見る |
しかし、やはりそれ自体は一般語なのだが、特別な意味・用例で用いられ、しかし改めて取り上げられることが少ない、次のような動詞がある。
定理1より定理2が従う
国語辞典には「従う」について、(1)後について行く、(2)さからわない、(3)従事する、たずさわる、といった意味・用法が出ているが、これだけでは理解しがたい。
全文検索できる日本語の数学辞典で検索すると、この「~より/~から/~ならば・・・が従う」なるフレーズは頻出する。『岩波数学辞典 第4版』では97箇所で使われていた。
これは英語だと「follow from~」の直訳に由来する気がするが、接続詞化した「従って」が担う役割との関連も指摘される。つまり
AよりBが従う。
Aである。従ってBが成り立つ。
(2)は(1)から直ちに従う。
(1)である。従って、直ちに(2)が証明できる。
つまり、「従う」は、数学では論理的導出関係を示すために用いられる。
論理的導出関係を示す言葉には、(日本語でも英語でも)他にもあるため、日語ー欧語で対応付けがある訳ではない。
たとえば
The Dirichlet's theorem follows from our next theorem.
は、「ディリクレの定理は、次の定理より従う」とも「ディリクレの定理は、次の定理から導かれる」とも「ディリクレの定理は、次の定理から得られる」とも訳すことができる。
多くの場合、数学の文献に現れる「従う」を「導かれる」「得られる」に取り替えても(場合によっては取り替えた方が)意味が分かるだろう。
そんな訳で、以下では同種の表現をグループ分けして示すことにした。
方言学では、「本をなおす」(しまう、片付ける)、「手袋を着る」(はめる)など、共通語 と形が同じでありながら意味・用法に地域的な違いが見られるものを〈気付かない方言〉と呼ぶ。
以下、改めて説明されることが少なく、数学の文献や教科書/辞書などで、当然のように用いられるが、日常的・一般的な意味・用法と異なる、数学における〈気付かない方言〉を取り上げた。
なんとなく意味が取れるか、あるいは分からなくてもなんとかなるものが多いが、「特徴づける」のように、頻繁に使われるが(『岩波数学辞典 第4版』には282箇所あった)、慣れないと意味が取りづらいものもある。
網羅的なものでは全くないが、数学の本を読む一助になれば幸いである。
(論理的導出関係)
*従う
命題 3.1.2 から(Pm:Sm)の有限性が従う。
→ 命題 3.1.2 から、(Pm:Sm)の有限性が、論理的に導き出される。
*得る
q(x)に同じ議論を適用することにより、次の定理を得る。
→ 既述の方法を q(x)に適用すれば次の定理が論証される。
*与える
Yの元に対して、1≦|N(a)|が成り立つ。これは|a| ≧ c1-ntを与える。
→ 第 1 の不等式1≦|N(a)|から、第 2 の不等式|a| ≧ c1-ntの妥当性が導かれる。
*導く
~からn+1の場合が導かれる
→(このままで解るが、あえて言い直すなら)
結論として(論理的に)引き出される、論理的帰結として結論される
*出る
(1)より(2)の完全性がでる。
→(1)より(2)の完全性が証明される。
(大小関係)
*おさえる
X は 3 で上から押さえられる。
→ X < 3
{ an }n∈N の挙動を上下から押える
→ anがどのような値をとって変化するか、その変化の範囲を不等号でしめす。たとえばL < an < G。
*評価する
X は G で上から評価される
→ X < G
この式の第 3 項はηα ≦ (M1 + M2)Tr(B1) と押えられ、結局Tr(B1) ≦ M1 + C Tr(B2)のように評価される。
→ この式の第 3 項はηα ≦ (M1 + M2)Tr(B1) と不等式で示され、結局Tr(B1) ≦ M1 + C Tr(B2)のように不等式で示される。
(設定・定義づけなど)
*置く
c=2-1(a+b)とおけば
→ c=2-1(a+b)と設定すれば
e=min(b,(b2-a)/3δ)とおけば
→e=min(b,(b2-a)/3δ)と定義すれば
方程式(2)は,u=t{u( · , t),ut( · , t)} と置けば、次のようにかける
→方程式(2)は,u=t{u( · , t),ut( · , t)} と定義すれば、次のようにかける
*取る
いま任意のx<bを取れば
→ いま任意のx<bを選べば
両辺の実部を取れば
→両辺の実部を取り出せば
*特徴づける
性質Pは、Aを特徴づける。
→ Pという性質を持つものはAに限られる。
数ある順序体の中で実数体を特徴づけるものが連続の公理である。
→ 連続の公理を満たす順序体は、数ある順序体の中でも実数体だけである。
1がAの上限であるとは次の(a)(b)で特徴づけられる。
→1が上限であるための必要十分条件は(a)(b)である。
(その他)
*言う
~が言えれば、fは微分可能である。
→~が証明できれば、fは微分可能である。
*閉じる
全ての自然数のなす集合Nは足し算について閉じている。
→ 自然数同士の足し算の結果は必ず自然数になる。
(参考文献)
・佐藤文広(1994)『これだけは知っておきたい数学ビギナーズマニュアル』(日本評論社)
・片野 善一郎 (2003) 『数学用語と記号ものがたり』(裳華房)
数学用語と記号ものがたり (2003/09) 片野 善一郎 商品詳細を見る |
・佐藤宏孝 (2005) 「数学における専門日本語語彙の分類--留学生への数学教育の立場から」専門日本語教育研究 (7), 13-20.
・佐藤宏孝 , 花薗悟 (2009). 「数学における動詞「従う」の意味・用法--「気づかない」専門日本語語彙の研究に向けて」東京外国語大学留学生日本語教育センタ-論集 (35), 17-29.
・佐藤宏孝 , 花薗悟 (2010).「数学における動詞「おく」の意味・用法:「気づかない」専門日本語語彙(2)」東京外国語大学留学生日本語教育センター論集 (36), 45-55.
・佐藤宏孝 , 花薗悟 (2011).「数学における動詞「得る」の意味・用法:「気づかない」専門日本語語彙(3)」東京外国語大学留学生日本語教育センター論集 (37), 1-13.
・佐藤宏孝 , 花薗悟 (2012).「数学における動詞「おさえる」の意味・用法:「気づかない」専門日本語語彙(4)」東京外国語大学留学生日本語教育センター論集 (38), 57-72.
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