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2009.12.15
この国はオヤジが最も人を殺す/松沢哲朗・長谷川寿一『心の進化』
どこの国でも、どの文化でも、いちばん人を殺すのは若い男である。
年齢別の殺人率(ここでは人口100万人あたりの殺人者の比率)をグラフに描くと、10代後半から急増し20歳代前半をピークに達する。
数の多い少ないはあっても、どこの国でも、どの文化でも、このグラフは同じような形になるので、「ユニバーサル・カーブ」という名前がついたくらいである。
sourse: Eisner (2003) Long-Term Historical Trends in Violent Crime. In Crime and Justice, 30, 83–142.
Eisner notes: ‘Persons convicted of assault in 1908 in Germany added for comparative reasons. Sources: Mantova: Romani 1980; Amsterdam: Spierenburg 1984, p. 321; southern France: Ruff 1984, p. 90; Alençon: Champin 1972, p. 55; Germany: von Mayr 1917, p. 766.’
source: Pianka, E. R. (2000). Evolutionary ecology. San Francisco: Addison Wesley Longman. Chapter 8 - Vital Statistics of Populations,
Figure 8.1. Age- and sex-specific rates of killing nonrelatives of one's own sex in the United Kingdom and Chicago. Although murder rates are 30 times higher in Chicago, shapes of the curves are nearly identical in both places. Murders are almost invariably committed by young men, not by boys, females, or by older males. [Adapted from Daly, M., & Wilson, M. (March 01, 1990). Killing the competition. Human Nature, 1, 81-107.]
source: Homicide in Canada, 2011.
Chart 11 Homicides, by age of victim and accused, Canada, 2011
調査されている限り唯一の例外が、現代の日本社会である。
「現代の」というのは、1955年あたりまで、日本の殺人率のグラフはきれいなユニバーサル・カーブを描いていたからだ。
その後、殺人率の年令分布が変わりカーブは崩れていったのである。何が起こったのか?
まず総数として殺人(者)は減った。
いわゆる「戦時中」を除いて、もともと日本の殺人率はほぼ同じ水準を維持してきたが、1950年代以降、この傾向は変わり、殺人率は減り続けた。
しかし、これを年齢別に見てみると、均等に人を殺さなくなった訳ではないことが分かる。
最大の変化は、なによりも若者の殺人が激減したことである。
20代男の殺人率は、1994年には1955年の1/13になった。
10代男でもやはり1/10に激減した。
一方、50~60代男の殺人率は半減程度しか減らなかった。
最大の殺人者年齢層において殺人率が激減したことで、殺人率グラフのピークがなだらかになり、ユニバーサル・カーブからますます離れていったのである。
いまや最も人を殺すのは50~60代男である。
少年犯罪を過剰に報道する傾向を、データベース化されている朝日新聞の記事を使って示した研究があるが、そうした影に隠れて、いつのまにか日本は「殺人おやじ」の国になってしまっていたのである。
しかしなぜなのだろうか?
ひとつの考え方はこうである。
現在の50~60代は、かつて少年犯罪がピークであった時代に「少年」だった人々である。
つまりコーホートでみれば、彼らは史上最悪の犯罪世代なのである。
「悪いやつが悪いことをするのは当然だ」という、防犯思想のカケラもない犯罪者観に立つならば、事は簡単である。
しかし殺人率自体は、最も人を殺す現在の50~60代についても、かつての1/2であることを忘れてはいけない。
現代のおやじも、かつてのおやじほどには殺していないのである。
ただ、現代の若造がかつての若造よりもはるかに殺さなくなったが故に、おやじの殺人比率が高くなったのである。この事実を前にしては、ユニバーサル・カーブの変形を、団塊世代凶悪説では解くことができない。
ユニバーサル・カーブのくずれを指摘した長谷川寿一と長谷川眞理子は、その主因である中高年男性の殺人率が顕著には下がらなかった原因を次のように分析する。
彼等は戦後進んだ急激な高学歴化社会に取り残された世代である。
ほとんど人が義務教育で教育を終えていた世代と、9割が高校へ進学する世代のはざまで、戦後の進行する学歴インフレによって減価され、経済成長の恩恵を平等に受け取ることのなかった世代集団で、殺人率の低下がはかばかしくないのでは、というのである。
この説明の説得力はともかくとして、世代的に分断された2つ以上の社会の重ね合わせとして「日本社会」を見るロジックがここにある。
急激な社会変化による世代効果が失われるだろう数十年後には、再び日本の殺人率グラフは、ユニバーサル・カーブに近付く、つまり若い男が最も人を殺す「普通」の社会になることが予想される。
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