政権のMBC狩りが始まった
韓国放送のチョン社長を狙ったように、緩んだ箍(たが)の『PD手帳』を口実に-放送法改正によって巨大放送局を無力化するPP出現の可能性
▣チョン・ジョンフィ記者
△文化放送のアナウンサー、ソン・ジョンウン氏が7月8日午後、ソウル汝矣島の文化放送本社前でロウソク文化祭に参加し、プラカードを手にしている。ソウル中央地検は8月14日、『PD手帳』制作陣に検察に出頭し、調査を受けるように再度要求した。(写真=ハンギョレ/チェ・ブソクインターン記者)
「これは政権に対する経営陣の屈服だ。それ以上でも以下でもない」(ある文化放送の記者)
8月12日夜、文化放送が『PD手帳』の米国産牛肉報道に関連し、放送通信審議委員会(以下、放通審委)が命令した1分30秒の謝罪放送を奇襲的に出して以降、文化放送内部で危機意識が高まっている。この日の夜に開かれた緊急組合員総会に集まった文化放送の労組員200人余りのうち、60人余りが記者だったが、休暇中だったり、外回り中の者がいたことを考えると非常に多い数だというのが内外の評価だ。キム・ジェヨン文化放送労組民主放送実践委員会幹事は、「特に若い記者たちの怒りの声が大きかった」と伝えた。
卑怯な投降、あっさりした屈服
当時、文化放送の経営陣は、謝罪放送を阻止しようとする社員たちによって主調整室と放送準備室が閉鎖されると、子会社のMBCプラスの主調整室から本社主調整室に放送内容を送信する方法を使うほどの無理を押し通した。文化放送技術人協会は、翌日出した糾弾声明で「‘ハッキング放送’が経営陣により勝手に行われた」と非難した。労組は特報で謝罪放送を「卑怯な投降」と規定し、「卑怯なオム・ギヨン社長は公営放送の長としての資格がない」と批判した。
今回の経営陣の行為を政権に対する屈服として受け取る理由は、転送方式だけではない。放通審委に再審を求めもせず、再審要求について議論する余裕期間が20日以上残っている状況で謝罪放送を出し、謝罪放送の翌日に『PD手帳』のチョ・ノンヒ責任PDを補職解任、司会者のソン・イルジュン副局長がマイクを置かせる人事措置までとったからだ。あっさりとした屈服だ。
こうしてチョン・ヨンジュ社長の解任などをめぐって主に韓国放送で行われていた公営放送の独立性を守る闘いは、文化放送にまで戦線を拡大した。同時に文化放送の労使間でも新しい戦線が形成された。
これはすでに予告されたことだ。文化放送労組は、韓国放送取締役会が親与党的な性向を持つ取締役6人のみが出席した状態でチョン・ヨンジュ社長の解任要求案を可決した8月8日、韓国放送取締役会と共にチョン社長の解任を傍観した韓国放送労組を非難した後、「次の刃は間違いなくMBCに向かって振り下ろされる」と予想する声明を出した。
もちろん、その刃が狙っている1次的な対象は『PD手帳』だ。検察が今回人事措置されたチョ責任PDとソン副局長、米国産牛肉報道の初編を作ったキム・ボスル、イ・チュングンPDなどを強制拘引する一方、取材の原本テープなどを持ち出すために押収捜査をすると見られている。このため、文化放送労組は8月12日、即刻非常対策委員会体制に転換し、検察の行動開始に備えて‘公営放送死守隊’を結成することを決定した。
△8月14日、文化放送時事教養局PDたちがソウル汝矣島にある文化放送本社ロビーで、経営陣の奇襲的な謝罪放送を糾弾する連座籠城をしている。(写真=ハンギョレ/キム・ジョンヒョ記者)
新しい政府が韓国放送チョン・ヨンジュ社長の解任と、文化放送『PD手帳』弾圧に方向を定めた理由を‘緩んだ箍論’で説明する者もいる。文化放送社長出身のチェ・ムンスン民主党議員は、「チョン前社長と『PD手帳』は、2つの放送局の緩んだ箍」だと語った。何よりチョン社長と『PD手帳』が政権にとって目の上のこぶのような存在でもあるが、各放送局内で支持よりも多くの批判を受けている緩んだ箍が、集中的に揺さぶられているということだ。内部世論の分裂を適切に活用すれば、より絶大な効果を発揮できるという計算もうかがえる。チョン社長の場合、専任労組から始まり、現在労組にいたるまで絶え間なく辞退圧力にさらされている。そして彼が試行したチーム制改編などで不利益を受けたと考える幹部社員などにとっても不満の対象だった。『PD手帳』も政治的是非に巻き込まれる度に、ドラマや芸能PDたちから内部批判を受けてきた。最近の事態に関しても同じだ。
「どこの誰が怖れないというんだ」
文化放送芸能局のあるPDの話だ。「最近、文化放送の視聴率がよくない。これに関して経営陣と一部のPDは、『PD手帳』が影響していると見る傾向もある。「どうか止めてくれ」ということだ。PDたちには基本的にセンセーショナリズムがあり、今回のこともそのような過程でミスをしたのだが、芸能やドラマPDたちは心情的に『PD手帳』がやりすぎなのではないかという考えを持っている。経営陣こそ『PD手帳』問題を早く処理し、視聴率に気を使いたいということなのだろう」。
一部では、文化放送が8月15日の夜、政府が主催した‘大韓民国建国60年大音響漢江祭り’を録画放送したことをあげて、文化放送がすでに政権に求愛の手を差し出しはじめたのではないかと疑う向きもある。芸能局のあるPDは8月14日に「先週、突然編成されたが、国務総理室を通じて話がまとまったそうだ」、「文化放送が政権のラッパ手になろうとしているのではないか」と話した。これについてペク・ジョンムンTV編成部長は、「1カ月前から総理室から何度も要請が来ていたが、オリンピック放送のために(建国関連の番組は)制作しようとは思わなかった。しかし、韓国放送やSBSも関連番組を放送しているのに、公営放送として光復節関連番組をしなければならないのではという意見があり、急いで決定した」とし、「それ以外に政治的考慮などはまったくない」と話した。最近、社会的に‘建国60年’の主張をめぐって論争が起きていることに関しては、「私たちも内部での論争の末、画面上のセットタイトルは仕方なくそのまま出すが、私たちがつけたタイトルは‘大韓民国60年…’と、違うものが出るようにした」と説明した。
まだ韓国放送や文化放送に現れているような、報道や時事番組の声が萎縮する様子は見えないというのが内部の評価だ。しかし、オム・ギヨン社長が時事番組のガイドラインを強化し、デスク機能を導入するなど、放送の全内部統制を強化する方針を打ち出した部分は注目される。『PD手帳』のオ・ドンウンPDは、「(そのような措置が)事前検閲や制作の萎縮として現れてはならない」と語った。
しかし、新政府が公営放送を掌握するために行っている一連の作業が、放送局の構成員たちに心理的恐怖をもたらし、自己検閲強化によって批判精神を後退させるのではという憂慮が広がっている。キム・チャンリョン仁済大教授(言論政治学部)は、「文化放送の謝罪放送は、経営陣が政界の圧力に屈服した結果だ。これからは文化放送で誰も(政治的に)敏感な報道をしようとはしないだろう。今、放送界では言葉で言いにくいことが起きており、憂慮を禁じえない」と語った。チェ・ムンスン議員は「李政権は言論を脅かし、恐怖の雰囲気を醸成することで屈服させようとしている。(チョン社長が解任されたことに関して)どの放送局の社長が、恐れずにいられるのか」と聞いてきた。
△8月11日、韓国放送の職員たちが、ソウル汝矣島の韓国放送新館にあるユ・ジェチョン理事長室の外壁に印刷物を貼っている。(写真=ハンギョレ/パク・ジョンシク記者)
民営化圧迫と正修奨学会
しかし、政府の強攻ドライブは放送局内部を団結させる‘効果’もあった。文化放送内部には職種間の多様な異見が存在するが、それが表面化する可能性はほとんどないと思われる。『PD手帳』への押収捜査の噂が流れるなど、捜査機関による政権の公営放送掌握圧力が露骨になりながらも、むしろ団結の声がかなり大きくなっているためだ。
文化放送より内部の考え方の違いがはるかに大きかった韓国放送も、この叫びをきっかけに内部統合の雰囲気が強まった。これまで労組はチョン・ヨンジュ社長解任に賛成する一方、PD連合会や記者協会などの職能団体はこのような労組に対して批判をしていたが、8月8日のユ・ジェチョン取締役の要請で本社ビルに私服警官が投入されてからは雰囲気がかなり変わった。韓国放送の職員たちは1990年4月の放送民主化闘争以来、警察力が会社内部に入るのは初めてだったため、自尊心に深い傷を負った状態だ。労組と‘公営放送捜査のためのKBS社員行動(以下、社員行動)’は8月13日、本館3階の会議室で開かれる予定だった取締役会を共に阻止した。彼らは現在の取締役会を認めない一方、取締役会がこれから進める社長公募手続きも阻止することに決定した。
『PD手帳』をめぐる政権と文化放送構成員との闘いがこれからどのように展開されるのかはわからないが、今後政権が文化放送を締め付けるために動員できる手段は他にもある。まず、民営化という脅迫だ。民営化されれば、文化放送は大々的な組織改編が不可避となるうえ、商業放送の性格上、今よりもかなり強烈な視聴率の圧迫を受けざるをえなくなる。しかし、文化放送民営化を無理やり推進することは簡単ではない。資産20兆ウォン(約2兆円)台の巨大企業民営化には、少なくとも5年前後の長い期間が必要であり、30%の株を所有している正修奨学会は事実上、朴槿恵(パク・クネ)元ハンナラ党代表のものだと言えることから、ややもすればパク元代表を民営化された文化放送の大株主にする枠組みになりかねないからだ。ニューライト全国聯合が7月29日に開いた‘MBC位相鼎立方案討論会’のコメンテーターを務めたキム・ウリョン韓国外大教授は、3段階民営化方案を提示した。文化放送の地方系列社を売却した後、正修奨学会の持株をすべて放送文化振興会が引き受け、このうち60%を一般国民に、10%を社員に売却する方案だ。結局は、放送文化振興会が30%の持株を所有した大株主として残ろうというものだが、パク元代表側の反発という現実的な制約要因は依然として残っている。
△8月12日、『ニュースデスク』が終わった直後、奇襲的に出した‘ハッキング’謝罪放送画面。
これよりは放送法施行令改正によって巨大総合編成チャンネル事業者(PP)を出現させ、公営放送局に打撃を与えようという動きがより直接的に押し寄せている。総合編成チャンネル事業者は報道、娯楽、教養などあらゆる部門の放送コンテンツを作り、ケーブルTVや衛星放送に供給する業者であるため、地上波放送事業者のように別途の送信施設を備える必要もなく、既存の放送局と同じような役割を果たすことができる。すでに80%近い世帯が地上波ではなくケーブルや衛星放送を通じてテレビを視聴しているうえ、‘インターネットマルチメディア放送’(IPTV)サービスも目前に迫っている状況だからだ。したがって番組の質さえ確保されれば、ケーブルや衛星放送などを通じて韓国放送や文化放送程度の影響力を確保できる。CMの時間もこれらの公営放送に比べてより長く中間CMを流すこともできる。CMの営業も地上波放送局とは違い、韓国放送広告公社を経る必要はない。それでなくても毎年1000億ウォン(約100億円)近く放送CM市場が減っており、頭を痛めている公営放送やSBSにとって巨大総合編成チャンネル事業者の誕生は、とてつもない広告売り上げの減少ということも意味している。既存の韓国放送、文化放送、SBSの3社体制を揺るがす破壊力を持っているのだ。放送通信委員会は8月14日、放送法施行令の改正のための公聴会を開こうとしたが、関連団体の反発で不発に終わった。政府がこれを強行した場合、公営放送局2社とSBSが同時に同伴ストを行うことも可能だというのが放送界の意見だ。
文化放送労組が8月18日午後に開くことにしている組合員総会で、どのような声が表出するかが今の関心事になっている。この総会では謝罪放送に対する対処方案が集中論議されると見られている。また、8月21日が締め切りとなっている南部地裁の訂正報道判決に対する会社側の控訴是非も現在の局面に与える影響が大きい。控訴をするのであれば一旦、公営放送を守る闘争が政権 対 放送局という構図に流れるが、控訴をしないことになれば、文化放送労組としてはオム・ギヨン社長退陣をはじめとした会社を相手にした全面的な闘争宣言が不可避となる。こうなると構図が複雑になる。韓国放送の場合も、取締役会が社員行動や労組の反対にもかかわらず8月25日に新しい社長を李大統領に任命要請することになり、衝突は不可避だ。オリンピックや夏期休暇シーズンが終わる8月末には公営放送を守る闘争が本格化するしかない構図だ。
両放送局、「闘争が不可避だ」
新言論フォーラム会長を務めているチェ・ヨンイク文化放送論説委員は「闘いはまだ序の口だ。社員たちや労組が立ち上がった状態で政権がこれにどうやって対応するのかが、放送掌握企図がどれほどのものかを推し量るバロメーターになるだろう」と語った。パク・ソンジェ文化放送労組委員長は「私が捕まっても第二、第三のパク・ソンジェが出てくるだろう」と話し、韓国放送社員行動内部でも「玉砕を覚悟した闘争が不可避だ」という話が出てきた。公営放送を手中に入れようとしている新政府のはばかりのない進軍の中、これを守ろうとする放送局内部にいる構成員たちの力の集結は、ますます加速度を増している。
( 『ハンギョレ21』 2008年08月18日 第724号)