フランドルって英語ではフランダース。言わずもがなの『フランダースの犬』の舞台。ルーベンスの絵で泣いていた日本人は、ネロを思って泣いてしまったんだな。それをみて何で「何で?」って思うかっていうと、ヨーロッパでは、この物語は、「負け犬の死」として評価されてるからということだ。「負け犬の死」!ヨーロッパの人も結構ドライだねぇ。
で、この映画監督、『フランダースの犬』を検証するドキュメンタリー映画を撮った。資料を発掘したり(どんな?)、世界6か国で計100人を超えるインタビューをして完成した。得た結論は、「日本人の“滅びの美学”」。
そうか?
ていうかサンプル少なすぎないか?

“滅びの美学”というより“判官贔屓”じゃないのか。日本の歴史でいえば“滅びの美学”は松永久秀、“判官贔屓”はそのものスバリ、源義経だ(俺解釈)。誰が久秀に共感してる?って話だ。まぁ、西洋に“判官贔屓”って考え方が無い(だろう)からしょうがないけども。
あれは、“判官贔屓”を発揮した、アニメの演出が良かっただけ、それが日本人にハマったってだけだと思うのだがどうだ。検証する必要も無い気がする。でも、柴田理恵みたいのを見たんだったら、検証したくなる気持ちもわかるなぁ(笑)。わかるけども、日本人にはMっ気が多分にあるってだけの話だ。『フランダースの犬』を持ち出して大仰に検証するべき題材でもない。
ちなみに俺は、『フランダース』では1滴も涙を流さないけども、『ラスカル』でワンワン泣く。ほっとけ。