福島県の放射性物質除去・低減技術実証試験事業の問題点について
福島県は「民間等提案型放射性物質除去・低減技術実証試験事業」において複数の農業用資材による土壌中の放射性セシウムの農作物への移行を低減する技術の実証試験を行った。その成績書をPDFで入手したが、内容に問題があり、またEMを検討資材の1つとしている。EMを使用した資材を検討対象にすること自体が悪いわけではないが、検討内容に不備がある上、このEM資材を提供した企業にデータをいいように利用されている。
ただ、このデータをEM提供者が都合よく利用しているという問題点については、京都女子大学の小波秀雄教授が「小波の京女日記」というサイトで指摘されている。そこについては小波先生の意見に同意なので、こちらでは別の問題点を指摘しておきたい。
実は、ツイッター上で小波先生が堆肥の標準施用量について質問を投げかけられておられたので、それに対して私のほうから「通常平米当たり2~3kg(t/10a)で、5kgというのはやや多めだが、やらない量ではない」という趣旨の回答をさせていただいた。そのときは何のことか分かっていなかったのだが、小波先生のサイトを見てこの問題に関することだと気が付いた。
さて、「農用地等の放射性物質除去・低減技術実証事業の試験結果(第2報)」(PDF注意)を見ると、EMオーガアグリシステム標準堆肥という資材を5t/10a施用している。では、5t/10aというのは堆肥の施用量として実際はどうなのか。実は、「堆肥」という言葉自体が専門家以外には定義があいまいで、なお原材料などによってその性質は様々である。であるため一般に土作りを目的とした肥料成分量が低めの堆肥なら5t/10aというのは(多めではあるが)通常野菜作りにはまったく問題がない。通常このように土作り資材として大量に施用される堆肥としては家畜糞では牛ふん堆肥、または植物質の堆肥(バーク堆肥など)が用いられる。
牛ふん堆肥は通常籾殻、オガクズなどの副資材が混合されており、このため窒素含量が0.3~0.4%程度であるから5t施用しても窒素全量で15~20kg/10aということになる。この程度の肥料成分含量であれば、実際に肥料としての肥効率は半分程度にも満たないため野菜類なら5t程度の施用は問題にならないということになるわけである。
ところが、EMオーガアグリシステム標準堆肥は5t/10aの施用量で窒素成分で157kg/10aにも達する。およそ3.1%である。これは、ほぼ鶏糞堆肥に匹敵する成分量である。牛ふんなどの10倍近い。通常、鶏糞は農業生産の現場では肥料成分量が多すぎ、また有機質資材としては肥効が早く、肥効率も高いため土作りというより肥料として使われる。このEM堆肥がどのくらいの肥効率で即効性がどのくらいなのか分からないが、それにしても常識はずれの量である。完全に土作りの範囲を超えているといわざるを得ない。
通常の作物試験であれば窒素施用量等の試験である場合を除き、肥料成分量は各試験区でなるべく統一する。この試験でもEM堆肥を除き、窒素施用量は統一されているところからもその常識は理解されているものと思われる。
このような試験を行うとすれば、県の事業であるためおそらく当該県の農業試験場だろうと思う。そこで土壌・肥料の研究を担当している部門があるので、そこが担当しているのだろう。とすれば、この施用量が通常の試験としては異常なものであることは当然理解されているはすだ。これだけ条件が違えば、試験作物の生育も変わるため、何を比較していることにもならないからである。であるから、自分が試験設計をするとすれば、化成肥料などを用いて(無処理区を除き)各試験区とも肥料成分量を合わせて行うと思うが、EM堆肥の成分量に合わせるのはかなり無理があるように思う。コマツナなどの葉菜類ならまだしも、花を咲かせることが必要な果菜類であれば、花芽分化を行わず収穫に至らない可能性もある。窒素成分が多すぎると、通常植物は花をつけにくくなるからである。もちろんいかに有機質資材とはいえ、これほど窒素量が多いと、おそらく植物体の硝酸態窒素含量も多いことだろう。
ではなぜこれほどの施用量で試験を行ったのだろうか。この試験事業の表題を見れば「民間提案型」とある。つまり、EMオーガアグリシステムの提供者がこの分量が放射性物質の吸収率を下げるのに効果的であると指定してきたのだろう。
しかし、収穫物調査の結果を見ていると、意外に大きな差はない。EM堆肥区が若干生育がいいという程度である。実際の収穫物を見ていないためなんともいえないが、もし品質等にも問題がないとすれば有機質の分解が遅く、相当緩効的に肥料成分が働いたと好意的に解釈することもできる。腐植に富むため、硝酸態にならずアンモニア態窒素のまま土壌に吸着されていたのかもしれない(それはそれで畑地としては問題か?)。しかし、植物に吸収されなかった成分はいずれは畑地土壌以外の環境に流出し、環境負荷も大きくなるなどの問題も懸念されるのである。
では、問題点を整理してみよう。
1 EM堆肥は肥料成分が多すぎ、試験の条件が違いすぎる
2 現実の施用量としても多すぎるため、実用技術として使えるか疑問
3 環境負荷の増加が懸念される
おそらく、試験を担当した職員はこのくらいのことは分かりすぎるくらい分かっていると思う。その心中を察するに余りあるものがある。この試験実施・公表については色々と事情があったことと思うが、せめて公表の時点で何か対策が検討できなかったものかと思われ、残念でならない。
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コメント
ツイッター片瀬久美子先生のツイートより参りました。貴重な考察、大変に興味深く拝察いたしました。
EMの堆肥ですが、元データを見たところ、窒素以上にリン酸が多く含まれており、ご推察のような畜糞か動物性のものが大変に多く含まれた食品廃棄物あたりが主体であることは、まず間違いないだろうと思います。
であるとするならば、この窒素分が遅効性である可能性はかなり低いように思われますし、そもそも全窒素量が3%程度あって、遅効性というものが(炭素率などから考えても)想像できません。
また、これだけの量が無機化されて、その大半がアンモニアでとまるというのも現実的ではない気がします。
がんさんは「コマツナなどの葉菜類ならまだしも」とおっしゃっておられますが、この手の堆肥をこの量投入していれば、恐らく塩類集積から根やけを起こしてまともに成長しないと思いますし、そうでなければ間違いなくボケて巨大化するはずです。
どう考えてもおかしいと思って、ほかのデータをつぶさに見てみましたところ、詳細版の方にある「表2.土壌の交換性カリウム」のデータのEMの部分だけが異様に小さくなっていることに気がつきました。
kg/10aとmg/100gなので直接比較をしてよいのかどうか気になるところではありますが、ほかの物が 投入成分≒収穫後の成分量 なのに対して、EMのみが約1/4と小さくなっています。
ここから考えるに、推測ではありますが、実験期間中に与えられた水の量が違っているのではないでしょうか。
施用量が提供者の指示によるものであるならば、それ以降に関しても指示があればそれに沿った方法をとっていると考えるほうが自然で、EMは大量のかん水を指示していたのではないかと思うのです。
こうすれば硝酸は常に流れていきますから、障害が発生するほどのことにはならない。そして、カリウムも流れはするものの、もともとが尋常でない量ですから生育不良になるほど減ることもない。
もし、これがこの想像通りであるならば、この実験方法は思っているよりもはるか念入りに作り上げられている様に思います。どんぶり勘定ではなくきちんとした計画の上に、事前に何度かテストしなくては、こんなにうまくいくとは思えないのです。
だらだらとした長文失礼いたしました。御考察の一助にでもなれば幸いです。
投稿: Toshi Moto | 2012年5月24日 (木) 16時30分
>Toshi Motoさん
コメントありがとうございます。そうですね、塩類集積というか土壌のEC(電気伝導度)の上昇に伴う浸透圧の上昇で根やけを起こすことはまず間違いないと思います。もし、各肥料成分が有機体のまま保持されていたのであれば、分解に伴うガスや有機酸の発生で根が傷められることも考えられますので、私が障害が起こらなかった原因を推察した部分はあまりにも無理があるかとは思います。
それから、確かに収穫後土壌の交換性カリウムがEM区のみ大きくさがっていますが、水もあまり大量にやりすぎますと根腐れを起こすため非現実的な量であったとは思えませんが、ほかの区より多かった可能性はありますね。EM区は有機質資材を施用しながら思ったほど塩基置換容量(保肥力)が増大しなかったのかもしれません。もしかしたら、EMは嫌気性発酵を経て作られるため、有機酸のせいでpHが低く、調整のために施用された石灰でカリウムが置換されて流された可能性も考えられます。また、本文と同様な無理矢理な解釈をすれば、カリウムが有機体のまま保持されていたため交換性カリウムとして検出されなかったと言う可能性も・・・。
いずれにしても、仰るようにEM堆肥提供者がこの堆肥を使った栽培マニュアルを整備しており、それに沿ってこの試験を実施させたのかもしれませんね。そのおかげで、これだけかけ離れた条件による試験になったと考えるとつじつまが合いますね。
自分が深く考えずに流してしまった部分に対する示唆に富んだコメントありがとうございました。
あ、それからkg/10aとmg/100gは土壌の仮比重を1、作土層の深さを10cmと仮定すると同じ数字になるので、そのまま読み替えてもいいかと思います。
投稿: がん | 2012年5月24日 (木) 18時43分
興味深く拝見しました。福島での実験には疑問点が多いですね。学者ではないので素人考えですが・・・
この実験で知り得た情報は少なく特に堆肥に関しては何を原材料に使ったかも不明です。畜産分野では、飼料にゼオライト粉末を入れている人達もいます。当然、糞中にはゼオライトが存在します。実測している成分をもとに、この実験が適性だとは判断できません。またこの実験ではEM菌そのものが関与した事実を証明してはいないです。土壌中の核種が消滅した形跡もなし。EMボカシを使う場合は千倍程度に希釈しても(カリウムや窒素が微量)野菜の生育や除染には絶大な効果があると言う話しだったのでは・・・カリウムや窒素などの成分の多さを見れば、植物の生育環境を無視してまで、結果を残したかったのでしょうか?
過剰なアンモニア性窒素は亜硝酸菌から硝酸菌よに酸化され、環境に流出、野菜にも残ってしまう。
不経済でもあります。私達の研究でも(とんでも科学?)菌や腐植による研究をしてました。実験設備が故障して中断中に設備内部が嫌気性になり、日光が当たり光合成細菌が異常繁殖。でも線量変化無し、今回分析したら、試験前とほぼ同じベクレルでした。
光合成細菌はセシウムを崩壊させません。当たり前の結果ですよね。
比嘉さん?は大学の名誉教授ですか?昨年金沢大学名誉教授?が糸状菌?によりセシウム137がバリウムに変化?って記事を見て、変化したバリウムの量をもとに崩壊エネルギーを計算したら莫大なエネルギーになった。
疑似科学なのか?思い違いなのか?福島の発表は都合の良い解釈がされて、広められるでしょう。
科学的な見方で分析見解をしていたならと考えると残念です。
投稿: 北斗 | 2012年6月24日 (日) 15時09分
>北斗さん
コメントありがとうございます。
仰るとおり、EMによる除染には普通に考えて効果はなく、ご指摘のように問題点が多すぎます。比嘉先生のお話はろくな検証もなく、到底信じられるものではありません。
しかし、EMは今じわじわと拡がっており、それを少しでも食い止める力になりたいと思っているのですが・・・。
投稿: がん | 2012年6月28日 (木) 19時19分