XYZ表色系とは何か?~色空間とカラーマネジメントの基礎~ (後編)
- 2024/12/14
専門的な内容を含みますが、なにぶん素人がまとめたものですのでいろいろ間違いもあろうかと思われます。ご容赦ください。
前編からの続きです。
1931年という時代では、計算は基本的に手作業でした。コンピューターも電卓もありません。負の存在は非常に深刻な問題だったようです。等色関数は計算に使う道具です。ある色の三刺激値を導き出したいという場合、400~700nmの範囲で10nmごとに計算するとしても、31回のかけ算を行い、31個の答えを足して三刺激値を求めるわけです。これを R、G、B それぞれで行います。ただでさえ大変な計算なのに、負が絡んでくるとなると、大変どころの騒ぎではなく、計算ミスを誘発する危険性がありました。
CIEが1931年の大会で表色系についての合意に達し,いわゆるCIE標準観測者のrgb表色系を第1項に採用決定したと同時に,もう次のXYZ表色系を第5項で採用議決したのは,表色系の使いやすさに配慮したからであった.rgb表色系で何といっても不都合なのは,r(λ),g(λ),b(λ)が波長によっては負になることで,これが計算に誤りをもたらす原因となりかねない.等色関数の活用は前章のWrightらのRGB表色系で説明したように,積分という作業を必ず伴うのであり,このとき負の足し算とすべきところを正のまま実行してしまうことは容易に考えられることである.したがって誤った色度座標を得る危険がある.また色を測定する色彩計を開発する際にもこの負の値は芳しいことではない.
このような理由で正の値だけからなる等色関数の導入の必要は早くから指摘されており,すでに具体案はでき上がっていたので,rgb表色系の,いわば戸籍謄本への記載が完了すると同時に,日常使用する抄本とでもいうべきXYZ表色系も直ちに記載をしたというわけである.
引用元:池田光男『色彩工学の基礎』
補足しておくと、負を持つRGB表色系が使い物にならないわけではありません。負があるというだけで、すべての色を数字で正確に表現できるという点ではXYZ表色系と何ら変わりません。三刺激値は十分に計算可能です。ただ、世界中の誰もが使う「標準」を目指していたCIEとしては、すべての数が正であることを必須と考えたようです。そこで、RGB表色系をダイナミックに変換し、XYZ表色系を生みだし、2つの表色系を同時に発表することにしました。
RGB表色系から変換して新しい表色系をつくるにあたって、CIEは新しい原刺激を設定することにしました。色度図上の「人の見るすべて色」をカバーする3つの頂点を設定するわけです。必然的に、新しい原刺激は虚色(きょしょく、imaginary color)になるしかありませんでした。
虚色について説明したいと思います。人の見るすべての色は単色光の加法混色によってできるため、「色」はrg色度図のスペクトル色度点の内側の座標に存在します。では、その外側にある座標って何でしょう?答えは、何でもありません。本来はただの意味のない数字、意味のない座標です。「色」をR・G・Bという3つの数字で表そうと実験をして、計算をして、数字にしました。その副産物として、別に色でも何でもない数字も一緒に生まれてしまったのです。しかし、これを虚色と呼ぶことにしました。存在する色ではないが、数字として存在する色です。架空の色、想像上の色、非実在色などと説明されます。数学用語に虚数(きょすう、imaginary number)という概念があり、多分それのパロディーで虚色と呼ぶのだと思います。虚色という概念が生まれたことで、人の見る色を実在色(real color)とわざわざ呼んだりもします。なんだか変な話です。
しかし、この虚色という変な概念は、非常に役に立つのです。「虚色と虚色を加法混色して実在色をつくる」ということができます。もちろんそんなのは空想上の話ですが、数学的にそういう計算ができるのです。CIEは、虚色を原刺激にすることにしました。というか、非負ですべての色を表記するためには、そうするほかありません。色度図上で輪郭にカーブを持つ実在色のエリアを三角形で囲むということですから、三角形の頂点は必ず実在色の外側になります。
この新しい原刺激というのが、[X]、[Y]、[Z] です。架空の色なので、もう赤・緑・青とは呼べません。意味のないアルファベットで呼ぶことになります。原刺激 [R]、[G]、[B] は[X]、[Y]、[Z] へ。色度座標 r(λ)、g(λ)、b(λ) は x(λ)、y(λ)、z(λ) へ。等色関数 r(λ)、g(λ)、b(λ) は x(λ)、y(λ)、z(λ) へ変換されます。もはや等色実験はできません。数学的にしか存在しない、理論上の表色系です。頭がおかしくなりそうですが、それでも計算ミスを誘発する負(マイナス)があるよりはずっとマシだったようです。
どうせ原刺激を虚色にするならもう何でもありだから、とことん便利な表色系にしようという欲が出てきたのかもしれません。アメリカ代表のジャッドという研究者が「等色関数 y(λ) を V(λ) と一致させよう」と提案したそうです。RGB表色系では三刺激値R、G、Bから輝度(測光量)を求めるには、R + 4.5907G + 0.0601B という計算が必要でしたが、y(λ) を V(λ) に一致させておけばXYZ表色系はその計算が不要で、三刺激値Yの算出が終わったと同時に、輝度(測光量)のためのデータも得られることになります。Yが輝度を担当するということは、XとZは輝度がゼロでなくてはならないことになります。輝度がゼロの色というのも変な話ですが、虚色だから良いのです。3次元空間の中で輝度がゼロになる面、無輝面と呼ばれる面から原刺激 [X] と [Z] を選ぶことにしました。
実際どうするかというと、輝度がゼロになる色度座標 r、g を求めます。
R + 4.5907G + 0.0601B = 0
に
R + G + B = 1
を代入し、
r + 4.5907g + 0.0601(1-r-g) = 0
と書くことができるので、
(1-0.0601) r + (4.5907-1) g +0.0601 =0
と整理し、
0.9399 r + 4.5306 g + 0.0601 = 0
という式が得られ、これに当てはまる r、g はrg色度図の中にアリクネ、無輝線と呼ばれるラインを描かれます。輝度がゼロのラインです。
それから、[X] と[Y] の色度点を繋ぐ直線は504nmの単色光の色度点すれすれに近くなるように選択し、長波長のスペクトル軌跡と一致する直線になるようにします。こうすることで650nm以上の長波長では z(λ) をゼロにでき、三刺激値の計算は簡略化され楽になります。
また、RGB表色系では R =G=B の混色が等エネルギー白色と等色するように設定していましたが、この特徴はXYZ表色系でも同じく、X =Y=Z の混色が 等エネルギー白色と等色ようにします。原刺激 [X]、[Y]、[Z] をたとえば1ずつ、あるいは0.5ずつ、同じ数で混色すると白色になる、そういうふうに「仕組んだ」のです。以上の願望をすべて満たす原刺激 [X]、[Y]、[Z] として、以下の色が選択されました。
原刺激 [X] の色度座標(r, g, b) : 1.2750, -0.2778, 0.0028
原刺激 [Y] の色度座標(r, g, b) : -1.7392, 2.7671, -0.0279
原刺激 [Z] の色度座標(r, g, b) : -0.7431, 0.1409, 1.6022
rg色度図において、すべての実在色をぴったりカバーする三角形が確定しました。この3頂点が虚色の原刺激[X]、[Y]、[Z]です。
出典:大田『色彩工学 第2版』(2001)
rg色度図において、x軸、y軸を示します。x軸とy軸にとっては、「第1象限」と呼ばれる「xも正でyも正」の領域にすべての実在色が収まっていることが分かります。
[X] [Y] [Z] の軸の方向は、おおむね [R] [G] [B] に似ています。原刺激 [X] は赤、[Y] は緑、[Z] は青、とイメージできます。Xが大きくなると赤が強くなり、Yが大きくなると緑が強くなり、Zが大きくなると青が強くなる傾向があります。ただし原刺激 [X]、[Y]、[Z] は虚色なので、正確には色の名前では呼べませんし、呼ぶべきではないでしょう。
RGB座標系からXYZ座標系への変換を考えます。おおまかな流れは、まず色度座標 r(λ)、g(λ)、b(λ) を変換して、色度座標 x(λ)、y(λ)、z(λ)を得ます。そこから等色関数x(λ)、 y(λ)、 z(λ) を得るという段取りです。つまり、
ある色は三刺激値R、G、Bで表されますが、XYZでも表されます。よって以下の数式が成り立ちます。
X = Xr・R + Xg・G + Xb・B
Y = Yr・R + Yg・G + Yb・B
Z = Zr・R + Zg・G + Zb・B
このXr、Xg…の具体的な数字が分かれば、実際に計算して変換できるということです。ではどのように求めるかというと、連立方程式を解くことになります。たとえば、「X軸と一致する色」を考えると、Y = Z = 0 のため、以下の式を書けます。
1.2750 Yr -0.2778 Yg + 0.0028 Yb = 0
1.2750 Zr -0.2778 Zg + 0.0028 Zb = 0
また「Y軸と一致する色」は、X = Z = 0 のため、以下の式を書けます。
-1.7392 Xr + 2.7671 Xg - 0.0279 Xb = 0
-1.7392 Zr + 2.7671 Zg - 0.0279 Zb =0
また「Z軸と一致する色」は、X = Y = 0のため、以下の式を書けます。
-0.7431 Xr + 0.1409 Xg +1.6022 Xb = 0
-0.7431 Yr + 0.1409 Yg +1.6022 Yb = 0
そして基礎刺激、つまり等エネルギー白色は R =G = B = 1 また X = Y = Z = 1 のため以下の式が書けます。
Xr + Xg + Xb = 1
Yr + Yg+ Yb = 1
Zx + Zg + Zb =1
以上9個の式の連立方程式を解けばXr、Xg…が判明します。
Xr = 0.49000, Xg = 0.31000, Xb = 0.20000, Yr = 0.17697,Yg = 0.81240, Yb = 0.01063, Zr = 0.00000, Zg = 0.01000, Zb = 0.99000
です。そして色度座標x、y、zについては割合のためX・Y・Zの総数で割ることになります。
x = X / (X+Y+Z)
y = X / (X+Y+Z)
z = X / (X+Y+Z)
ですから、
なんやかんや計算した結果、以下の計算式ができます。
x = (0.49000 r + 0.31000 g + 0.20000 b) / (0.6697 r + 1.13240 g + 1.20063 b)
y = (0.17697 r + 0.81240 g + 0.01063 b) / 0.6697 r + 1.13240 g + 1.20063 b)
z = (0.00000 r + 0.01000 g + 0.99000 b) / 0.6697 r + 1.13240 g + 1.20063 b)
この計算式で、すべての波長の色度座標 r(λ)、g(λ)、b(λ) を x(λ)、y(λ)、z(λ) へ変換し、以下の表が完成します。負はなくなりました。
参考:池田『色彩工学の基礎』(1980)
単色光の色度座標の数表を、3次元空間で表示します。色度座標は単位面上(x+y+z=1)に位置します。X軸、Y軸、Z軸において正の領域に位置していることが分かります。
参考:池田『色彩工学の基礎』(1980)
x+y+z=1 なので、xとyだけあれば十分です。z=1-x-y で求められるため、z は省略可能です。Zの軸をぺしゃんこにして、平面図で描けます。横軸がx、縦軸がyの、有名なxy色度図の完成となります。
出典:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/CIE_1931_color_space
xy色度図はzが省略され2次元になっていますが、元は3次元なわけです。xが大きくなると赤みが強く、yが大きくなると緑みが強くなり、xもyも小さくなると代わりにzが大きくなって青みが強くなる。あたかも3方向から引っ張り合っているかのように、色は単位面上を動くことが分かります。
池田『色彩工学の基礎』ではrg色度図とxy色度図に碁盤目状の格子模様を描いて、座標系の変換を可視化しています。ダイナミックに変換したため、碁盤のマス目を見ると大きくひしゃげた様子が分かります。しかし、直線は直線のままです。また、これだけひしゃげても等エネルギー白色は rg色度図でもxy色度図でも同じ 0.33 , 0.33 の座標です。
出典:池田『色彩工学の基礎』(1980)
色度座標 x(λ)、y(λ)、z(λ) が分かれば、標準分光視感効率 V(λ) を組み合わせて計算し、等色関数 x(λ)、 y(λ)、 z(λ) を導出します。エックスバーラムダ、ワイバーラムダ、ゼットバーラムダと読みます。
x(λ) = ( x(λ) / y(λ) ) V(λ)
y(λ) = V(λ)
z(λ) = ( z(λ) / y(λ) ) V(λ)
すべての波長で計算し、等色関数 x(λ)、y(λ)、z(λ) の表が完成します。こちらも、やはり負はなくなりました。
参考:池田『色彩工学の基礎』(1980)
この数表をビジュアル化します。横軸に波長 λ、縦軸に等色関数 x(λ)、y(λ)、z(λ) をとってグラフにすれば、曲線が描かれます。表をグラフにしただけで、意味は同じです。グラフを見ても、負がなくなったことがよく分かります。
出典:池田『色彩工学の基礎』(1980)
グラフの縦軸は、三刺激値です。輝度ではありません。しかし y(λ) に限っては、まさに輝度と考えても良いかもしれません。標準分光視感効率 V(λ) と同じ曲線です。ちなみに、r(λ)、g(λ)、b(λ) のときと同様に、x(λ)、y(λ)、z(λ)も積分が一致しており、3つの山の面積は同じです。等色関数は、等エネルギー白色を表すためです。
ところで、x(λ) の曲線グラフは2つの山があります。このグラフを使って「人のL錐体には2つのピークがある」と説明する人がたまにいますが、誤りです。等色関数は、3種類の錐体細胞(S錐体・M錐体・L錐体)の分光感度ではありません。
x(λ) はピークを二つ持つ曲線となり504mmで最小値を示しているが,これは座標変換の際の原刺激 (Y) と (Z) を結ぶ線のとり方によって決まってきたことで,やはり特別の意味はない.色覚のメカニズムにこれを結びつけて考えることは誤りである.もっとも短波長側では色は紫に見えるが,そのことと x(λ) の短波長側の第二の山とは関係があると見てよい.
引用元:池田光男『色彩工学の基礎』
引用者訳:
y(λ) および z(λ) 等色関数にはそれぞれ1つのピークがあり、それぞれ「単峰性」である。しかし、x(λ) 等色関数は二峰性で、400nmと500nmの間に第2のピークがある。この「隆起」は視覚の生理学的特性を直接反映するものではない。これは、x(λ)、y(λ)、z(λ) 曲線が構築される数学的プロセスの結果として考えるのが最も適切である。
原文:
The y(λ) and z(λ) CMFs each have one peak - each is "unimodal." However, the x(λ) CMF is bimodal, having a secondary peak between 400 nm and 500 nm. This "bump" does not directly reflect any physiological property of vision; it is best considered as a consequence of the mathematical process by which the x(λ), y(λ), and z(λ) curves are constructed.
引用元:Charles Poynton『Digital Video and HD: Algorithms and Interfaces』
等色関数は「人の目の分光感度」を表すものです。しかし、それは「錐体細胞の分光感度」という意味ではないことには注意が必要です。しばしば間違って説明されるようです。等色関数は錐体の分光感度を間接的に求めたものであり、計算によって相互に変換可能と考えられています。
なお、実際には視覚には個人差があるので、これはあくまで人類を代表する平均的な「架空の人物」のデータである、割り切ったものである、という意味合いで、CIE測色標準観測者(CIE standard colorimetric observer)の等色関数である、と言われます。本当は、等色関数はひとりひとり違うのです。
さて、XYZ表色系が完成しました。XYZ表色系の等色関数は、物理測色においての計算に使用されます。計算方法は光源色と物体色で異なります。
光源色と物体色という言葉は、文脈によって違うものを指す場合があるので厳密には注意が必要みたいです。それにしても、ふと考えてみると、光源色・物体色というふうに区別するのは不思議です。ランプからの光であろうと、物体から反射してきた光であろうと、電磁波が目に入って視細胞を刺激するということでは同じです。この区分はどうやら「人がどう認識するか」という問題が根本にあるようです。カッツという心理学者が研究したことで知られているのですが、色の見えのモード(mode of color appearance)と呼ばれます。人が光源だと認識するのが光源色モード、物体だと認識するのが物体色モード、というふうに言ったりします。JISでは「色の表示方法−光源色の色名(JIS Z 8110)」と「物体色の色名(JIS Z 8102)」があり、光源色と物体色では色名が別に規定されています。面白いことに「灰色」や「茶色」は物体色にしかない色です。言われてみれば、灰色や茶色に光るランプというのは見たことがありません。
まずは光源色の計算方法から説明します。光源色の測色では、光源の分光分布 S(λ)(エスラムダ)を測定し、波長ごとにエネルギーと等色関数をかけ算し、最後に足し合わせるという積分の公式で示されます。光源色の場合、明るさを表す三刺激値 Y には上限がありません。
出典:納谷『産業色彩学』(1980)
絵にするとこんな具合です。
参考:篠田・藤枝 『色彩工学入門: 定量的な色の理解と活用』(2007)
前編でも説明しましたが、細長い「S」みたいなやつ、∫はインテグラル、積分記号です。最後の dλ(ディーラムダ)は d×λ という意味ではなく dλ でひとつのキーワードです。∫ と dλ はセットでひとつの意味を成しており、ここでは「380~780nmの範囲で細かく波長ごとに分けて計算して積みなさい」という命令になっているわけですが、では具体的に何を分けてやるのか、というのが ∫ と dλ の間にある S(λ) x(λ) です。ある波長 λ の物理エネルギー S(λ)と、その波長の等色関数 x(λ) をかけ算して、重みづけするのです。波長ごとにかけ算した結果を、最後に足し合わせて、ある光の三刺激値が算出されます。
次に、物体色の計算方法ですが、光源色とは少し異なる公式が示されます。光源の分光分布 S(λ) と物体の分光反射率 ρ(λ)(ローラムダ)をかけ合わせ、物体から反射される光の分光分布を得る形になっています。
出典:納谷『産業色彩学』(1980)
絵にするとこんな具合です。
参考:篠田・藤枝『色彩工学入門: 定量的な色の理解と活用』(2007)
光源をS(λ)と書くのはおそらく"Source"のSだと思われます。文献によってはP(λ)と書くこともあり、これは"Power"のPだそうです。物体の反射率をρと書くのは、ρはアルファベットのRに対応するギリシャ文字で、"Reflectance"(反射率)のRから来るようです。そのため文献によっては、ρ(λ)ではなくR(λ)と書かれています。
ところで、物体を照らす光源が異なると、物体から反射されてくる光も違ってくるので、算出される三刺激値も変動してしまいます。これでは物体の色を定量化できません。そのためCIEはCIE標準イルミナント(CIE standard illuminant)と呼ばれる基準の光を制定しました(「標準の光」や「測色用の光」は標準イルミナントの旧名称のようです)。1931年、RGB表色系・XYZ表色系と同時に、標準イルミナントA、B、Cというものを定めました。現在ではその後1967年に定められた標準イルミナントD65が主に使用されています。この標準イルミナントD65という光は、イギリス・アメリカ・カナダで測定された大量の昼光データを分析した上で決定されていて、代表的な正午の光、太陽光と全天空からの光の全部による照明光とされます。もっとも「昼光」というのは刻々と変わりますし、条件によって大きく変わるもののため、CIEは補助標準イルミナント(supplementary standard illuminant)D50、D55、D75も一緒に定義して、必要に応じて使い分けられるようにしました。さて、標準イルミナントD65は、かなり波長ごとにデコボコしている光です。
出典:大田『色彩工学 第2版』(2001)
標準イルミナントD65は、「JIS Z 8720 測色用の標準イルミナント(標準の光)及び標準光源」においても規定されています。波長ごとの相対的な強度が、560nmで100に規格化された数字で書かれています。これを見ても、波長によって上がったり下がったり、激しいデコボコが分かります。
出典:日本産業規格 JIS Z 8720
標準イルミナントを実現する人工光源のことをCIE標準光源(CIE standard source)と言いますが、デコボコの激しい標準イルミナントD65の人工光源をつくることは容易ではなく、将来的にも期待できず、近似するものが常用光源(daylight simulator)D65と呼ばれて使われています。また、標準イルミナントD65は単に情報、データとして計算に使用されたりするようです。物理測色には刺激値直読方法と分光測色方法の2種類があります。刺激値直読方法では標準イルミナントに近似する照明光で試料を照明し、反射光から三刺激値X・Y・Zを算出します。一方、分光測色方法では、試料の「分光反射率」を計測し、測色器が内蔵している標準イルミナントのデータを使って演算することで三刺激値X・Y・Zを算出します。つまり実際には標準イルミナントD65で照明していなくとも、標準イルミナントD65で照明したという計算結果を得るということみたいです。
なお、物体色の場合には公式の中に係数 K がありました。積分のあとに、以下の式で示される係数 K をかけ合わせます。
出典:納谷『産業色彩学』(1980)
係数 K は基準化のための要素で、この計算により物体色の場合に三刺激値Yは100という上限を持つことになります。物体色の明るさとは、物体の反射率という物理特性と考えられるためです。たとえば黒い紙と白い紙が並べて置いてあり、ごく弱い照明光で照らされている所をイメージしてください。そこから、この照明光をどんどん強くしていくと、黒い紙から反射される光の強度は、いつしか「弱い光で照らされたときの白い紙」を上回ります。それでも、黒い紙が白色に見えてくるということはありません。人が認識する物体の色の明るさというのは、絶対的な光の量ではなく、そのときどきの照明に対する相対的なものなのです。物体色の場合Yは「輝度」とは呼べなくなり、ルミナンスファクターと呼ばれるようです。
XYZ表色系は、各種の色空間(color space)を策定する際に使われます。「色空間」という言葉は文脈によって異なる使われ方をするので注意が必要な用語ですが、ここでは色を具体的に表記するために規格化されたベクトル空間を指すものとして主に使いたいと思います。抽象的な概念はここではなるべく「カラーモデル」と呼び、「RGB色空間」ではなく「RGBカラーモデル」と呼ぶことにします。ただ「RGB色空間」と呼ぶのが間違いというわけではないと思います。均等色空間(uniform color space)や線形色空間(linear color space)など、抽象的なものを指して色空間と呼ぶことは普通にあります。また「色域」という意味で色空間という言葉を使う人も少なくありませんが、ここでは色域と色空間は区別して別の意味で使います。
具体例として、ここではsRGB色空間を見てみましょう。エスアールジービーと読みます。sは"standard"のsです。sRGBは、現代のコンピューターで一般的に使用されている色空間です。コンピューターが普及してきたときに、モニターで表示する色がメーカーによってバラバラで、こりゃあいかんということで、アメリカのヒューレット・パッカード社とマイクロソフト社が1996年に共同で作成しました。
sRGBは名前のとおりR・G・Bの3原色を使いますが、これら原色(primary colors, primaries)は色度座標 x, y によって定められています。
sRGBの R(赤) x,y = 0.64, 0.33
sRGBの G(緑) x,y = 0.30, 0.60
sRGBの B(青) x,y = 0.15, 0.06
xy色度図では、2つの色の加法混色で作られる色は2つを結ぶ直線上に来ることから、3原色の頂点がつくる三角形が、加法混色で表現できる色の範囲になります。この色範囲を、その色空間における色域(しきいき、gamut)と呼びます。色域が広いとか狭いとか、広色域だとか言ったりします。面白いことに、色空間の中には、色域を広くするために虚色の原色を採用するものもあります。
出典:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/SRGB
よく各種の色空間のもつ色域の広さを比較する際に、xy色度図上で表現されます。各種の色空間はR・G・Bという軸の直交座標を持つ3次元のベクトル空間です。これを、xy色度図上で表していると考えることができます。
次に、色空間を構築するための白色点という要素を説明したいと思います。一般的にRGBカラーモデルではR・G・Bを同じ数、たとえば1ずつ、あるいは0.5ずつ混色すると、赤みも緑みも青みも感じない「白」という色になるように単位が定められます(灰色は物体色にしかない色で、色度は同じなので白と見なします)。このときの「白」というのも、厳密に言えばいろいろ種類があります。sRGBの白色点は、標準イルミナントD65の相関色温度(correlated color temperature)である6504Kに定められました。これも色度座標 x, y で表現されます。
sRGB色空間の白色点 x,y = 0.3127, 0.3290
色域(3原色)が同じでも、白色点が違えば、違う色空間が形成されます。白色点という仕様を定めることによってR・G・Bの単位が決定する、と考えることができると思います。よく「RGBを同じ値にすると白になる」と当たり前のことのように言われるのですが、勝手にそうなっているわけではありません。順序が逆で、白になる量を、同じ値に定めたわけです。
それから、色空間を定義するもう1つの要素があります。一般的にガンマ(gamma)と呼ばれ、あるいはログ(log)、EOTFやOETFという専門用語が使われることもありますが、伝達関数(でんたつかんすう、transfer function)という要素です。そう、また「関数」が出てくるのです。ある数字を入れたら別の数字が出てくる箱です。色空間には、特定の数式によって、本来であれば小さな数を大きな数に引き上げて記述する非線形色空間があります。なぜそんな面倒なことをするのかというと、歴史的にはCRTモニター(つまりブラウン管テレビ)の物理特性に対応するために始まりましたが、偶然にも数値を人の知覚する明るさとほぼ均等にする効果があることが分かり、CRTが使われなくなった現代でも、限られた符号(たとえば0~255)を効果的に使うための非常に有用な仕組みとして活用されています。[別記事:ガンマについて]も良かったらご一読ください。
出典:Charles Poynton. "Digital Video and HD: Algorithms and Interfaces" Second Edition(2012)
sRGBでは以下の計算式によって線形から非線形へと変換されます。sRGBはよくガンマ2.2と言われますが、全体としてガンマ2.2の近似であるという意味で、実際には単純なガンマではありません。計算式に出てくる指数は2.4ですし、0.0031308以下と0.0031308より大きい数字では別の計算式が適用されます。これが全体としてはガンマ2.2と非常に良く似るようです。
参考:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/SRGB
さて、色空間にはAdobe RGBとかDCI-P3とか、たくさん種類があります。RGBカラーモデルという点では共通ですが、色域(3原色)、白色点、伝達関数が違えば、違った色空間(ベクトル空間)が形成されるため、RGB値が同じでも違う色を意味します。 カラーマネジメントにおいては、色空間の変換を適切に行うことが重要になってきます。各種の色空間は計算式によってXYZへの変換、XYZからの変換ができます。
具体例として、sRGB色空間からXYZ色空間への変換を見てみましょう。まずsRGBの画像では一般的に0~255の数字でRGB値が保存されますが、最大値の255で割って0.0~1.0という「正規化」された数字にしてから扱います。そしていわゆるガンマと呼ばれる非線形な数字の歪みを解除する計算を行い、線形色空間に変換します。0.04045(古いバージョンでは0.03928)を境に別の計算式が使用されます。
参考:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/SRGB
線形の状態になったR・G・B値を計算によってX・Y・Z値に変換します。
参考:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/SRGB
数が縦と横に並んでいる変な数式が出てきましたが、これは行列(ぎょうれつ、matrix)と呼ばれる式で、ここでは行列の積(かけ算)になります。横と縦をかけ算して足すことを意味しています。
つまり、何も難しい計算ではなく、以下の計算式という意味です。
X = 0.4124R + 0.3576G + 0.1805B
Y = 0.2126R + 0.7152G + 0.2722B
Z = 0.0193R + 0.1192G + 0.9505B
このようにして、sRGBのRGB値は、XYZ色空間の中でのXYZ値へ変換できます。もちろん逆変換も可能で、同じような方法でXYZからsRGBへ変換できます。sRGB色空間に限らず、各種の色空間はこのようにしてXYZ色空間と相互に変換ができるようになっています。デジタル画像をある色空間から別の色空間に変換するとき、XYZ表色系にもとづくXYZ色空間が仲介役となり、橋渡しを務めているのです。すごいですね!
完
【前編・後編を通しての参考文献・引用文献】
全体的な参考
・Charles Poynton. "Digital Video and HD: Algorithms and Interfaces", Second Edition. Morgan Kaufmann, 2012.
・篠田博之, 藤枝一郎. 『色彩工学入門: 定量的な色の理解と活用』. 森北出版, 2007年.
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・池田光男. 「色を物理量で表した先輩たちの知恵」. 『日本色彩学会誌』 第24巻 第1号, 日本色彩学会, 2000年. https://dl.ndl.go.jp/pid/10747215
・矢口博久. 「2. カラーマネジメントシステムを支える色彩論」. 映像情報メディア学会誌 第53巻 第6号, 映像情報メディア学会, 1999年. https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1997/53/6/53_6_780/_pdf
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・福田保, 池田光男. 「測色学と色覚論」. 『日本色彩学会誌』 第2巻 第3号, 日本色彩学会, 1977年. https://dl.ndl.go.jp/pid/10745369/1/1
・池田光男. 「色覚の心理物理」. 『テレビジョン』 第23巻 第11号, テレビジョン学会, 1969年. https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej1954/23/11/23_11_894/_pdf
・児玉晃. 「色の物理的表示方法 ―CIE表色系について―」. 『日本釀造協會雜誌』 第59巻 第9号, 日本釀造協會,1964年. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/59/9/59_9_772/_pdf
標準分光視感効率(標準比視感度)について
・矢口博久. 「光とダイバーシティ」. 『光技術コンタクト』 2021年10月号. 日本オプトメカトロニクス協会, 2021年. https://www.joem.or.jp/2021-10-0.pdf
・山中俊夫. 「視覚研究の展望 ―比視感度関数と視覚のメカニズム―」. 『照明学会雑誌』 第60巻 第11号, 照明学会, 1976年. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1917/60/11/60_11_596/_pdf
色の見えのモードについて
・岡嶋克典. 「色の見えのモード」. 『日本色彩学会誌』 第24巻 第1号, 日本色彩学会, 2000年. https://dl.ndl.go.jp/pid/10747221/1/1
JISについて
・森礼於. 「JIS原案作成活動」. 『日本色彩学会誌』 第7巻 第1号, 日本色彩学会, 1983年. https://dl.ndl.go.jp/pid/10745681
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