「アーティスト」と「デザイナー」の違いとは?
- 2024/02/07
ご存じかもしれませんし、そうではないかもしれませんが、「CGデザイナー」は和製英語だそうです。
映像ジャーナリストの鍋潤太郎氏は、2008年以来たびたび日本のVFX業界で使われ続けている和製英語の肩書きについて指摘し、問題提起されています。
2008年8月29日
鍋潤太郎☆ハリウッド映像トピックス 日本の 「CGデザイナー」という呼び名は時代遅れ?
2009年3月6日
鍋潤太郎☆ハリウッド映像トピックス 米VES提唱「ジョブ・タイトル・ガイドライン」邦画クレジットでも採用が始まる
2012年12月7日
PRONEWS
[鍋潤太郎のハリウッドVFX最前線] Vol.29 筆者も含め、みんな間違えていた「CGクリエイター」という呼び名
2018年4月17日
PRONEWS
[鍋潤太郎のハリウッドVFX最前線] Vol.91 再び、ジョブタイトルについて語ってみる
2022年11月30日
PRONEWS
[鍋潤太郎のハリウッドVFX便り] Vol.02 VFXアーティストになるために必要なこととは?
たしかに、いくら外国映画のエンドクレジットを探しても ”CG Designer” という肩書きは見つかりません。
では英語では何というのでしょうか?
どうやら、“CG Artist” になるようです。鍋潤太郎氏の記事では ”Digital Artist” が推奨されていますが、"Digital Artist" は非CGスタッフ(コンポジターなど)を含む広い範囲の人々の肩書きとして利用されていると見られ、「CGデザイナー」には対応していないと思います。私の推察では、「CGデザイナー」に対応するのはおそらく ”CG Artist” です。"CG Artist" は、"Compositor" や "2D Artist" といった非CGスタッフと並ぶ形で現れることが多いため、ちょうど日本の「CGデザイナー」に合致していると思います。
直近約10年間の外国映画171本のエンドクレジットを調査したところ、”CG Artist” という肩書きは、そのうち48作品で使われていました。割合としては約28%。映画3~4本を調べたら、そのうち1本では ”CG Artist” の肩書きが現れるわけで、じゅうぶん一般的に通用している肩書きと言えそうです。”CG Artist” という肩書きを使ったのは以下の33社のVFX会社です。
Artemple Hollywood
Atomic Fiction
Cantina Creative
Cinesite
Crafty Apes
Digital Domain
DNEG
Flystudio
Framestore
Fuel VFX
Furious FX
Iloura
Luxx Studios
Mackevision
Mammal Studios
Method Studios
Nvizible
Ollin VFX
One of Us
Peerless Camera Company
Pixomondo
Raynault VFX
Rebellion
RISE
Rodeo FX
Scanline VFX
Shade VFX
Storm Studios
Territory Studio
The Embassy
The Yard
Zero VFX
なお、"CG Artist" の代わりに "3D Artist" が使われることもあるようです。"3D Artist" は "CG Artist" とは同時に現れないこと、また、"CG Artist" と同様に "Compositor" や "2D Artist" などといった非CGスタッフと並ぶ形で現れることから、"3D Artist" は "CG Artist" の別の呼び方だと考えられます。"3D Artist" は171作品のうち29作品、つまり約17%で使用されていました。”CG Artist”よりは少ないものの、著名な会社を含む以下の19社のVFX会社が使用しており、珍しい肩書きというわけではなさそうです。
Blacksmith
Cinesite
Crafty Apes
DNEG
Framestore
Lola Visual Effects
Mels
Method Studios
Nvizage
One of Us
Pixomondo
Rising Sun Pictures
Savage Visual Effects
Scanline VFX
Soho VFX
Spin VFX
The Secret Lab
UPP
参照:
VFX役職名リファレンス - CG / 3D
"CG Artist" は、2008年に米国の視覚効果協会(VES)が発行したクレジットガイドラインに掲載されているため、"3D Artist" よりも広く使われているのかもしれません。
海外で使われる”CG Artist” と日本で使われる「CGデザイナー」。
では「アーティスト」と「デザイナー」は何が違うのでしょう?
個人的な考察を、ここに記したいと思います。
「アーティスト」と「デザイナー」の違いについて、日本ではしばしば以下のように説明されることがあります。
アーティスト
自発的な自己表現をする人。作家。
デザイナー
クライアントの依頼を受けて制作する人。課題を解決する人。
確かに、日本ではこのようなニュアンスが広まっている気がします。
ですが、どうも英語の "Artist" と "Designer" では、このような使い分けはされていないように思います。
少なくとも、英語圏のVFX業界では “Artist” という肩書きはずっと気軽に使われています。”○○ Artist” の肩書きには枚挙にいとまがありません。
CG Artist / 3D Artist
Compositing Artist / 2D Artist
Animation Artist
FX Artist
Rigging Artist
Modeling Artist
Texture Artist
Environment Artist
Lighting Artist
Layout Artist
Matchmove Artist
Roto Artist
Paint Artist
Asset Artist
Concept Artist
Previs Artist
もう、誰もかれもがアーティスト、という感じです。
これに対して、”Designer” の肩書きの人は、驚くほど少ないです。
“Designer” の肩書きを使っているのは、たとえばSF映画に出てくる画面のグラフィックスをつくるような、まさに「ザ・デザイン」という感じの仕事をしている人などで、かなり限られるようです。
Wikipedia英語版で、言葉の意味を調べてみました。
Artist
アートを制作・実践・実演する活動に従事する人。
伝統的にはビジュアルアート(視覚芸術=絵画、デッサン、版画、彫刻、陶芸、写真、ビデオ、映画製作、デザイン、工芸、建築など)の分野で実践する人のみを指す。
しかし、エンターテインメントビジネスの世界ではミュージシャンなどの分野のパフォーマーも指す用語として使われる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Artist より翻案・要約
アートに従事する人がアーティスト、ということです。
では、アートとは何を指すのでしょうか?
Art (disambiguation)
アートとは、想像力豊かな人間の活動範囲とその成果。
https://en.wikipedia.org/wiki/Art_(disambiguation) より翻案・要約
または、
Art
アートは人間の活動の結果得られる産物。
創造的または想像力のある才能を含む。
アートを構成するものの一般的な合意はなく、解釈は歴史や文化によって大きく異なる。
絵画、彫刻、建築や、演劇、ダンス、舞台芸術、そして文学、音楽、映画なども、広義のアートに含まれる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Art より翻案・要約
または、
The arts
視覚芸術 (建築、陶芸、描画、映画制作、絵画、写真、 彫刻を含む)
文芸 (小説、演劇、詩、散文を含む)
舞台芸術 (ダンス、音楽、演劇を含む)
技術的な能力と想像力を駆使して、作品やパフォーマンスを生みだす。
https://en.wikipedia.org/wiki/The_arts より翻案・要約
"Art" は、かなり広い意味を含むようです。
ということは、かなり広い範囲の人が "Artist"、ということになります。
もちろんCGもアートで、CGをつくる人は当然アーティストということなのでしょう。
では、"Designer" はどういう人でしょう?
Designer
デザイナーとは、図面や設計図を作成して、何かをつくる前にその形状や構造を計画する人。
実際には、有形または無形の物、製品、プロセス、法律、ゲーム、グラフィックス、サービス、または体験をつくる人は誰でもデザイナーと呼ばれる。
コンセプト、アイデアをつくる人。
鑑賞してもらうためのアートをつくるアーティストとは異なる。
デザインのメソッドとデザイン思考を使い、問題を解決し、新しい解決策を提示する。
https://en.wikipedia.org/wiki/Designer より翻案・要約
アートは鑑賞してもらうのが目的。デザインは違う?デザインとは?
Design
デザインは、物、プロセス、仕組みのコンセプトや提案。
https://en.wikipedia.org/wiki/Design より翻案・要約
ハリウッド映画のスタッフにも、"Designer"は登場します。
タイトルシークエンスの仕事で有名なカイル・クーパーも、"Designer"です。
"Production Designer" はハリウッド映画では超重要スタッフです。
Production designer
プロダクション(=制作)デザイナーは、映画やテレビ制作におけるストーリー全体の美についての責任者。
監督、撮影監督、プロデューサーと直接協力して、重要な創造的な役割を担う。
プロダクションデザイナーという用語は、映画『風と共に去りぬ』(1939)の制作中にウィリアム・キャメロン・メンジースによって造られた。
アートディレクター(美術監督)とよく混同されるが役割が異なる。
プロダクションデザイナーは、ビジュアルコンセプトを決定し、スケジュール、予算、スタッフ配置など、映画制作のさまざまな手配に対処する。
アートディレクター(美術監督)は、コンセプトアーティスト、グラフィックデザイナー、セットデザイナー、衣装デザイナー、照明デザイナーなどによって行われるビジュアルの制作を管理する。
https://en.wikipedia.org/wiki/Production_designer より翻案・要約
なお、アカデミー賞の Academy Award for Best Art Direction は2012年に Academy Award for Best Production Design に変わりました。AMPASのアートディレクター課(Art Directors Branch)がデザイナー課(Designers Branch)に変更されたためだそうです。
"Costume Designer" も重要スタッフです。アカデミー賞にも、Academy Award for Costume Design があります。
Costume designer
衣裳デザイナーは、映画、舞台作品、テレビ番組の衣裳をデザインする人。
衣裳デザイナーの役割は、キャラクターの服装や衣裳を作成し、シーンの質感や色などのバランスを調整すること。
衣装デザイナーは、監督、舞台美術、照明デザイナー、音響デザイナー、ヘアスタイリスト、メイクアップアーティストなどと協力して仕事をする。
https://en.wikipedia.org/wiki/Costume_designer より翻案・要約
"Designer"は、グラフィックをデザインする人以外では、コンセプト・アイデアをつくる、設計/計画する人というニュアンスで使われることがあるようです。そのため、映画のスタイルを決定するような、重要な責任者が "Designer" を名乗るケースがあるように思えます。
ところで、何がアートで、何がアートではないか、その解釈は国や時代、つまり文化的背景によって変わる可能性があります。たとえば、フランスやドイツでは、また違った解釈かもしれません。同じ国でも、時代によって解釈が変わってきたかもしれません。ですから日本における「アート」「アーティスト」や「デザイン」「デザイナー」のイメージが必ずしも間違いとは言えないかもしれません。
ただ、現代の英語圏での "Artist" と "Designer" の用法は日本人のイメージとは違う、という点には気を付けた方が良さそうです。
日本人は「アーティスト」と名乗ることに遠慮がちな一方で、「デザイナー」という言葉は気軽に使っている気がします。
そのまま英語にすると良くないかもしれません!
気軽に使うべきなのは “Artist” であり、ひょっとすると ”Designer” こそ本当は気軽に使うべきではない可能性があります。
和製英語の「CGデザイナー」を使うことには、日本国内で使うぶんには「伝わりやすい」というメリットがあると思われます。しかし、海外で ”CG Designer” とは名乗らない方が良さそうです。おそらく、言いたいことが正しく伝わらないと思います。
日本発の作品でも、Netflixのように全世界に発信していく配信スタイルが増えており、日本のVFX関係者も英語でのクレジットを提出する機会が増えています。
しばしば ”CG Designer” という和製英語がそのままクレジットされているのを見かけますが、やはり、和製英語ではなく、正しい英語で提出できた方が良いんじゃないかと思います。
なお、CGWORLD.jpのCG用語辞典では、英語的な用法で「アーティスト」の説明が書かれています。
アーティスト
CG映像制作やゲーム開発などにおいて、ビジュアル制作を担当するスタッフの総称。日本ではデザイナー、クリエイターと呼ぶ場合もある。仕事内容に応じて、コンセプトアーティスト、モデラー、アニメーターなど、様々によび分けられる。
引用: CG用語辞典 アーティスト
個人的には、日本のVFX業界も、せっかく英語の肩書きを使うのなら、英語として正しい使い方を普段からしていった方が良いのではないか、と思っています。
なお、直近約10年間の日本映画・ドラマ60本のエンドクレジットを調査したところ、21作品、つまり約35%で「CGデザイナー」または "CG Designer" の肩書きが、17社によって使用されていました。
その一方で、28作品、つまり約47%の作品で「CGアーティスト」 または "CG Artist" の肩書きが使われていました。日本のVFX業界では、正しい英語の肩書きが浸透しつつあるようです。調査した範囲内の話となりますが、少なくとも以下の33社の会社が、「CGアーティスト」または "CG Artist" の肩書きを使った前例があります。
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画龍
京楽ピクチャーズ.
神央薬品 (CGリードアーティスト、2017年「鋼の錬金術師」)
日本映像クリエイティブ
白組
参考:
VFX役職名リファレンス - [日本] CG / 3D
「CGアーティスト」がさらに日本国内で普及して定着すれば、「CGデザイナー」という和製英語を使う理由はなくなっていくかもしれません。