「自分には市場価値なんてないよ」

 次世代人財育成会社を経営する私は、50代のビジネスパースンを対象に研修を行う機会が少なからずある。今の50代はまさに1980年代の日本のバブル経済を垣間見た経験のある、残り少ない現役世代だ。研修で私が「みなさんはご自身の市場価値をどう考えますか?」と聞くと、「自分には市場価値なんてないよ」と自虐的に回答する人が多い。

50代のビジネスパーソンに「みなさんはご自身の市場価値をどう考えますか?」と聞いてみると、「自分には市場価値なんてないよ」と自虐的に回答する人が多い。しかし、市場価値がないわけないじゃないですか。
50代のビジネスパーソンに「みなさんはご自身の市場価値をどう考えますか?」と聞いてみると、「自分には市場価値なんてないよ」と自虐的に回答する人が多い。しかし、市場価値がないわけないじゃないですか。

 一昔前なら私も、「そうだよねー。我々世代はそんな風に育てられてないもんね。若い頃から『歌って踊れるビジネスパースンになれ』と言われてきただけだから。私も同じ!」と心の中で答えただろう。

 しかし、外資系企業の社長を経て、今や零細を通り越して微小(だが誇りでもある!)企業を経営する立場から、これまで経験したことを振り返って言わせてもらえば、「いやいや、そんなことはないでしょう。市場価値がないわけないじゃないですか」と即座に否定する。

 だって、一年間の勤務日数を仮に240日として、一日8時間(実際にはもっと多いでしょうが…)、大学卒業から50歳まで28年間働いてきたと仮定しましょう。いったいどれだけ仕事と向き合ってきたことか。

 合計勤務時間は、8時間×240日×28年間=5万3760時間と、天文学的な数字になる。これだけの時間、仕事をして、逆に手に職がつかないようにする方が、むしろ難しいのではないか。何かしら自分の得意分野は、できてしまうものだ。

“濃縮果汁”のように経験の密度が濃い世代

 しかも、今、50代くらいになっているこの世代は、現代の若手とは違って“濃縮果汁”のように経験の密度が濃いのだ。

 先日、自分の運営している学校に講師としてきてくださった60代の方が、「バブル時代の経験を伝えるのが、自分の責務だ」とおっしゃっていたことに、まったく賛同する。我々は、失敗事例とその原因を並べ立てて単に教訓を伝えたいだけじゃない。同時に、日本人がみな、明るく楽しく勢いよく仕事をしていたことを若い人たちに伝えたいし、年配世代には思い出させたいのだ。そこから若手も年配者も、どうやって自身の市場価値を高めていけばよいかヒントが出てくるから。

入社わずか3カ月で数千万円の貸し付けを審査

 少しだけ生き生きしていた当時のことを披露したい。

 高度経済成長期は、とにかく仕事がたくさんあった。私など入社わずか3カ月で数千万円の貸し付けの審査に一人で出向かされたものだ。申し訳ないが、つい数カ月前まではジーパンをはいて気楽にキャンパスを闊歩していた、あほ学生だ。それが4カ月後には経営者と向き合って丁々発止…などできるわけはもちろんない!

 こちらは、見てはいけないと言われた「質問リスト」をちらちら見ながら、必死に事前に用意した質問をする。先方は、お金を借りたいから真摯に質問に答えてくれる。しかしある時、年配の経営者が「おれはこんなに若い人間に審査されるのか…」とつぶやいたときに、申し訳なさのあまり土下座したくなったのが正直なところだ。

 それからは、格好つけずに相手の懐に飛び込む質問スタイルに変えるよう努力した。所詮、若造は若造…若造らしいやり方があるはずだと気づいたのだ。

 上司に、「テレビを漠然と見るなよ!」と叱られたのもヒントになった。アナウンサーをよく見てみろ。聞かれている側がとても話しやすそうにしている人と、そうでない人とに分かれるだろう。どう聞いたら相手が本音を語ってくれるのか、ヒントを探れというメッセージだった。

入社わずか3カ月で数千万円の貸し付けの審査に一人で出向かされたこともある。冷や汗ものだったが、任せてもらったからこそできるようになったことは多い。
入社わずか3カ月で数千万円の貸し付けの審査に一人で出向かされたこともある。冷や汗ものだったが、任せてもらったからこそできるようになったことは多い。

任せてもらったから、できるようになった

 昔は現場研修を総合職全員に課す会社が多かった。私は素晴らしいと思う。私が保険会社に勤めていたときを例に挙げれば、内勤の総合職2名がひと組になって行う保険の販売実習を経験した。そのとき実習の成績がビリになって、正直かなり気持ちがへこんだことがあったが、そのあと、新人の営業職員に同行して販売指導する研修ではかなり実績をあげた。年配ではあったが保険業界では新人だった営業職員の頑張りを応援したい!という気持ちが強かったためだ。

 現場研修を通じて若手が、悔しい、へこむ、なにくそ、と思う、人と共に喜ぶ、しつこくチャレンジする…という失敗と成功の経験を重ねる仕組みが当時にはあった。それ以上に、その成長を暖かく見守る余裕や懐の深さが、当時の会社や上司にはあった。

 数え上げればきりがない、今から思えば本当にありがたい実戦経験の数々。国にも企業にも余裕があった。勢いもあった。成長していた。だから、極端な人手不足の下、若手、さらに若手へと責任を委譲していった。我々はこうして育ててもらったのだ。頭が良いからできたのではなく、任せてもらったからできるようになったのだ。

腹をくくらないと乗り切れない壁もあった

 上司は上司で、先日発売され話題となっている『住友銀行秘史』(私はサラリーマンとしては、こうした内実をつぶさに書籍に書くことを受け容れられずにいるが…)にも描かれているような、結構ぎりぎりの決断を迫られていた時代でもあった。モーレツサラリーマンとして腹のくくりがないと乗り切れない壁も多かったはずだ。

 さて、言っても詮ないこのような昔話をなぜ今さら書くのか? それは、当時と比べれば、“逆回転”したような今の環境では、人がとても育ちにくいことを明確にしたいからだ。この記事を読むような方々には目新しい話ではないだろう。でも研修で同じ話を若手にすれば、みな興味津々で聞いているから面白い。

 「皆さんは普通に生きていたら育ちませんよ! アジア人の若手との競争に負けますよ」…そのことだけでも良いから、本音の現状認識を若い人たちに伝えてあげる意味は大きい。さもないと、鍛える場をもらえずにいる若手は「我々は大丈夫かも?!」と誤解してしまうからだ。せめて、先を考え、深く悩むきっかけぐらいは与えたいと思う。それが、現在の長期デフレ&コンプライアンス呪縛に縛られたビジネスパースンの解放への一歩となるのではないか。

50代へ本音の応援歌を送りたい

 若手へのメッセージはこの辺で端折らせてもらうとして、本日は表題にある通り、50代のシニアへ本音の応援歌を送りたい。

 私は今まで日本および世界の大企業に勤めてきて、52歳で起業した。お金に余裕があって道楽で始めた…わけではない。お金もまだしばらく稼ぐ必要がある。ただし、金融業界でお金にまみれて生きてきたから、死ぬときに「少しは次世代の役に立ったと思いたい!」という自己実現欲求の方が上回る年齢になってきた、それだけのことだ。

 さて、「次世代に生き生きと活躍する人財を作りたい!」と高い理念を掲げたところで、起業にあたって最初に考えなければいけないのは、どろどろの現実だ。まずはオフィスを借りて机をそろえること。それまでは、図書館や公園に通うしかない…。

 いろいろ頑張って、少しビジネスが育ってくると、次に「せめて備品の購入や会計は人に任せたい!」などという欲が出てくる。余談だが、こうした会社の立ち上げ期から働いてくれた社員が、見るに見かねてか、自ら仕事のカバー範囲を広げて会社を支えてくれるようになるのは本当にありがたい。最大の喜びだ。いつかはその気持ちにこたえたいと、自身の励みにもなる。

 さらにもう少し会社が成長すると、「運営をともに行うパートナーを採りたい」などというニーズも生じてくる。そこで突き当たる壁が、誰が微小(笑)企業に勤めに来てくれるか?という難題だ。

50代のシニアへ本音の応援歌を送りたい。
50代のシニアへ本音の応援歌を送りたい。

お世辞で言っているわけではない

 そんなプロセスを経て、昔、出会ったビジネスパースンを思い出したり、伝統的大企業で今、50代を迎えた人に研修で向き合ったりしていると、私には誰も彼もが有能人財に映るのだ。

 なんせ、かつて修羅場をくぐってきているから腹が座っているし、組織の力学も見えているから無駄な戦いは避けるし、そこそこの知り合いがいるので調査力も高いし…いちいち良いことづくめなのだ。

 別にお世辞で「市場価値がある!」と言っているわけではなく、本当に必要なのだ。その手を借りたいのだ。うまくっていているスタートアップ企業は雰囲気も明るいし、経験を持った年配者に、本音では頼りたいと思っているためやりがいもある。運よく株でも少し持たせてもらえば、それなりの資産を手に入れる夢もある。

 さてここまで来て、やっと本日の本題となるが、そんな人財ニーズがありながらなぜ流動化が進まないのか? もちろんいろいろな要因があるが、ここでは50代の隠れたポテンシャル発揮を妨げている理由──逆の立場から言えば、ここだけちょっと意識と行動を変えれば、もう今から第二の人生引っ張りだこですよ!というポイントを記してみたい。小さな習慣を少し変えるだけで、ご自身が、定年まで待てずにチャレンジしたくなるかもしれない。


【市場価値倍増の心得 五箇条】

 私が今、大企業にいたとしたら、先々に備えて自分に課していたであろう「市場価値倍増の心得 五箇条」を紹介したい。

【その1】 世代や考えの異なる友人を、毎年3名ずつ増やす

 例えばだが、①20歳以上年下の社外の仲間、②起業家、③(在日)外国人の友人──を毎年1名ずつ増やすと決める。

 自分がまさにそうだが、年配者は放っておけば、自分が正しいと思って視野が狭くなりがちだ。全く異なる世界の人と友人になるためには、年老いてなおかつ自己否定できる頭の柔軟性と心の鮮度の維持が不可欠になる。そういう努力を続けるオヤジが過去を語れば、若手も耳を傾ける。さもないと煙たがられる。

 ■「柔軟性維持装置の重要性」
 ──自分の本能と戦うことで、人はいつまでも成長できる


【その2】 「大会社」ゆえに許される贅沢に慣れない

 例えば、会社の特権の利用は70%までに控えるようにする。具体的には、極力、車(タクシー)に乗らず電車で移動する、ホテル宿泊内規で認められる基準より一つ下のクラスに泊まる、飛行機ならエコノミークラスに乗る、顧客の接待は基準上限の価格の高い場所を選ばず、そのぶん知恵を絞る。たまには個人の金で人とつきあう。

 他人の金なら上限まで使うという姿勢は急には直らない。そもそも下品である。金はとても重要、でも金でできることには限界もある。代わりに脳みそに汗をかかせる! それが日本の美徳ではないか。

 ■「儲けあってこそ使える金」
 ──まずは節約、そのうち、金使いが上手になる。


【その3】 会計を学ぶ

 飲んだくれながらでも、バブル時代の経験を語れば、若手には教訓となる。そこに、多少の数字を交えると、知的に見えてさらに説得力が増す。

 私は目的なき資格に意味はなしと考える。ただ、簿記3級だけは年老いても是非取ることをおすすめしたい。決算帳簿が読めるようになると、金の出し入れへの感受性が高まる。年配者はビジネス勘はあるので、その経験に数字で後講釈をつける力を得られる。

 レストランでも、パチンコ屋でも、製造の現場でも、金融でも…すべての商売は、単価と回転率や稼働率などに分解して考えるとわかりやすい。経験に会計を通じて養われる数字勘が備われば、鬼に金棒だ。

 ■「とにかく会計を学ぶ」
 ──会計知識は、経験知を大きく見せる。言葉の説得力を増す。


【その4】 自分の手を動かす

 若手の仕事を奪うな!という視点はさておき、いつまでも自らの手を動かす意識は大事だ。

 起業した後、たかだかプリンターの設定に数時間かかった時に、愕然とした。昔はプログラミングもどきの作業もしていたのに! 今の時代、せめて人並みに技術の発展に追いついておかないと、思考能力にも影響が出るから要注意だ。

 大げさな話ではなく、まずは「ワード」「エクセル」「パワーポイント」などの資料を自分で作る。しかも文字だけがパンパンに詰まっているようなものではなく、少しイラストやグラフなどを入れて分かりやすいものを自分で作っていれば、なお良し。自身の手を動かして分析し、それを分かりやすく表現し続ければ、思考能力は後退しない。経験をうまく伝える努力は、自分の思考力をも高める。

 ■「自分の内面の劣化を見逃さない」
 ──手を動かし続ければ、頭も回転する。


【その5】 自身の経歴書を毎年書く

 自身の市場価値。ないと思えば、なくなる。ある!と思えば、瞬時に高まる。

 繰り返しになるが、大企業という大きなフィールドで戦ってきた経験は、普通では手に入れられない貴重なものなのだ。そこに方向を定めたスキルや知識の向上の思いが加われば、さらに価値を増す。

 まずは、自身の経歴書(実績、能力・スキルを含む)をA4サイズで最低3ページ以上書いてみる。その時に、過去に働いてきた歴史を一貫して語れるよう、一つの自己アピール・ストーリーを作ることが大事。そして、毎年更新、適宜変更する。それが、定期的に自分の価値を高めるストーリーを見直し、さらに価値を向上させてくれるテーマを探し出すきっかけとなる。

 蛇足だが、日本のビジネスパースンは経験している分野の幅が広いので、例えば第2の人生のキャリアを、X、Y、Zと3つ想定して、それぞれに応じた経歴書を3つ書いてみると、さらにいろいろな発見があるはずだ。実は人生の選択の幅は広いのだ。

 ■「自分には市場価値がある」
 ──生煮えの謙虚さで自身を高い挑戦から逃がさない(私の自戒)。


スタートアップ企業で周りに頼られるという生き方

 外国の友人がいつも言う。「なぜ日本人は自分を過小評価するのか?」と。

 「市場価値を倍増する」と、この原稿のタイトルにつけたが、これは今から倍増するという意味ではない。「すでに絶対に持っているご自身の価値を、埋もれさせずに、そのまま世の中に解き放ってあげてくださいね!」という、私の心からのお願いを込めたものです。

 大企業で部下に煙たがれるより、スタートアップ企業で周りに頼られる生き方を選びたい! 日本でそんな変化が生じるのは、もはや時間の問題だろう。人生の年輪を必要とする企業が世の中にはたくさんあることを、私は人財育成の仕事を通じ て、日頃目の当たりにしている。人生100年時代、50歳ならまだ道半ば。まだまだ成長の喜びを楽しみたい。

 “使えない50代”というのは、ついつい威張って、下をあごで使おうとする人たちのことだ。人生の努力の刈り取りに入るのが早すぎる人たち…。誰しもが自分はそういう人間ではないと思い込みがちだ。だからこそ、陥りやすいワナに気づく仕組みを作って、自らに課せばよい。それだけで、もともと価値のあるスキルや能力は放っておいても自然な輝きを増す。そして人を魅きつけるのだ。

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