中国の名門大学、清華大学で開催された某国有企業の就職説明会(2017年11月、北京市内)
中国の名門大学、清華大学で開催された某国有企業の就職説明会(2017年11月、北京市内)

 国慶節を終えた直後の10月中旬、対外経済貿易大学の教え子のSNS上に悲痛なつぶやきが流れた。

 「倍率は50倍だって!」。

 大手国有商業銀行の某地方支店の応募状況だ。彼女のSNSはほどなく、同じく就活真最中の同級生たちからのコメントで埋め尽くされた。

 中国では今、秋季の就職活動が佳境を迎えている。新学期が9月から始まる中国では、就職活動は秋季と春節を挟んだ翌年の春季の二度のピークがある。それぞれ10月と2月頃から始まり、3か月ほど続く。

 日本の新卒採用状況をみると、人手不足や企業の好業績を背景に空前の「売り手市場」が続いている。一方中国では、年7%近い経済成長を続けており、2012年から生産年齢人口が減少に転じ、都市部の年間新規就業者が1300万人を超えているため、学生優位の「売り手市場」となっていると思われがちだが、中国の就活状況はまったく異なる。

就職超氷河期の現実

 学歴を極めて重視する中国において、現代版科挙とも言える中国の全国大学統一入試、通称「高考」は人生最大のイベントと言っても過言ではない。その熾烈な競争を勝ち抜いてきた学生たちを4年後に待っているのは「就職超氷河期」という現実である。

 中国では1998年に高等教育規模拡大政策が実施され、大学の定員数は右肩上がりに増加してきた。教育部の統計によると、98年に約87.7万人(大学生83万人、院生4.7万人)だった卒業生は、2016年には760万人(大学生704万人、院生56万人)まで増加している。中国国内の報道によると、2017年に卒業生は795万人、2018年には800万人を超える見込みである。

中国の大学卒業生の推移<br />出所:中国教育部の統計より筆者作成
中国の大学卒業生の推移
出所:中国教育部の統計より筆者作成
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 学内でも「史上最悪の就職難」という言葉をよく耳にするが、毎年「史上最悪」を更新している状況だ。

 卒業生が急増する一方で、その受け皿となる企業の増加スピードは追いついていない。

大手金融機関の面接を待つ学生たち(2017年11月、北京市内)
大手金融機関の面接を待つ学生たち(2017年11月、北京市内)

ホワイトカラーとブルーカラーの給料は?

 産業構造を見てみると、経済発展の過渡期にある中国社会では、エリート意識を持つ大卒者よりも、依然として大量のワーカーを必要としている。

 若干古いデータとなるが、人力資源社会保障部の2013年の統計を使って学歴別の求人倍率を計算すると、「大学専科(大専)」を含む大卒・院卒が0.84倍であったのに対し、学歴要求なしを含む小学・中学・高校卒は1.17倍であった。2002年以降このような状況が続いている。

 中国のブルーカラー市場とホワイトカラー市場は分断されている。中国では「大卒=ホワイトカラー」という意識が依然として強く、「メンツ」を重んじるあまり肉体労働を敬遠する傾向にあるためだ。

 労働市場のこのような分断と不均衡は賃金にも表れている。『2017年中国大学生就業報告』によると、2016年大学生の卒業半年後の月収は全国平均で4376元(約75000円)となっている。これは「211大学(21世紀の優秀100大学)」や「985大学(1998年5月に選出された重点研究大学)」と呼ばれる国家指定の重点大学の卒業生も含む平均収入で、名前も知られていないような三流大卒の現実はさらにひどい。

大卒「蟻族」の月収は出稼ぎ労働者より低い

 対外経済貿易大学の廉思教授が2009年に発表した「蟻族」と呼ばれる社会現象が話題となった。これは、地方出身の大卒者が思うような就職ができず、大都市近郊で集団生活を送る現象。社会保障も無い非正規雇用の形態が大半で、賃金も極めて低いと言われる。

 「蟻族」の所得に関する公式な統計はないが、平均月収は首都北京ですら2000~3000元程度とメディアでは報じられている。中国農業部が発表した2017年第1~3四半期の農業農村経済報告によると、「農民工」と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者の平均月収は3459元であった。大卒「蟻族」はこのレベル以下ということになる。

 さらに高収入の出稼ぎ労働者もいる。最近都市部ではフードデリバリーサービスが活況を呈しているが、中国中央テレビが運営する「央視網(CCTV.com)」で公開されている報道番組によると、配送員の月収は最低でも五、六千元で、人によっては一万元を超えるケースもあるという。ネット通販も好調で宅配業者間で人材確保競争も激しく、賃金は右肩上がりとなっている。

 ブルーカラー市場にもこのような高収入の職業があるが、大卒者はほとんどいない。

まだまだ続く「卒業=失業」

 中国の大学教育はエリート時代から大衆化時代へと転換している。米社会学者のマーチン・トロウは、高等教育の発展段階をエリート段階(進学率15%まで)、マス段階(同15%~50%)、ユニバーサル段階(同50%以上)に分けた。

 教育部の統計によると、中国の進学率は高等教育規模拡大政策が実施前の1997年には9.1%であったが、2002年に15%に達した後も右肩上がりで上昇し、2016年には42.7%にまで高まっている。

 つまり、中国の大学は既にエリート教育ではなく、大衆教育となっているのである。このように、大学進学率の上昇に伴い、大卒資格の価値が低下しているにもかかわらず、旧態依然のエリート意識が就職の足かせとなっているといえよう。

 「大卒で就職できなかった友人は卒業後何をやっているのか」という問題を私の学生に尋ねたところ、「無職で家にいる」という回答が多かった。理由は「安い給料はもらいたくないから」、「メンツにかかわる職には就きたくないから」、「肉体労働は将来性がないから」だという。

 要するに、思うような就職ができない卒業生は、家が比較的裕福であれば親のすねをかじる「啃老族」に、経済的に余裕がなく実家に帰れなければ大卒「蟻族」になるという構図となっている。

 今後も大学の卒業生は徐々に増加していくと考えられる。また、産業構造の転換は摩擦の伴う長期的課題であり短期間で実現できるものではない。したがって、「史上最悪の就職難」は引き続き「史上最悪」記録を更新し続け、中国の「卒業=失業」という構造的問題の解決には相当時間を要するであろう。

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