米国ではここ数年、成功を収めるための最も重要な要素として「グリット」が注目を集めている。その意味は、努力・根性・忍耐・情熱。人生で成功するには、IQの高さや天賦の才よりも、グリットのほうが重要であることが、科学的にも裏付けられている。米国でも(日本でも)、かつては、グリットが尊重されていたが、つい最近まで、天賦の才や優れた容姿、富を持った人が称賛され、努力や忍耐は軽んじられる傾向にあった。しかし、その流れが変わりつつあるという。『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』の共著者のリンダ・キャプラン・セイラー氏に、今なぜグリットが脚光を浴びているのかを聞いた。

(肥田美佐子=NY在住ジャーナリスト)

 米国ではここ数年、成功を収めるための最も重要な要素として「グリット」が注目を集めている。その意味は、努力・根性・忍耐・情熱。米国でも(日本でも)、かつては、グリットが尊重されていたが、最近では、天賦の才や優れた容姿、富を持った人が称賛され、努力の根底にあるグリットは軽んじられる傾向にある。つまり、華やかな結果にばかり目を奪われてしまい、その結果につながる過程を見ようとしない。

 ところが、功成り名を遂げた人をよく調べてみると、必ずしも生まれながら才能に恵まれた人が成功をつかみ取っているわけではない。

 たとえば、バスケットボール界のスーパースター、マイケル・ジョーダンや私の大学の同窓生で個人的にもよく知っているコリン・パウエル元米国務長官、映画監督のスティーブン・スピルバーグ、中国の電子商取引最大手アリババ集団を創業したジャック・マー会長。彼らはいずれも、幼少期は普通の子どもだった。誰一人として、神童や名手として生まれついたわけではない。

 彼らに共通するのは、誰にも負けない努力・根性・忍耐・情熱、つまりグリットである。成功を収める人々の大半に共通する事実は、天賦の才やIQという“It Factor”(イット・ファクター=生来備わった要因)ではなく、“Grit Factor”(グリット・ファクター=グリット要因)を持っていることだ。飛び抜けた才能やIQがなくても、必死に努力すれば誰でも成功できる。そして、グリットのいいところは、才能と違って後天的なものなので、いつでも、その努力を始められるところにある。

 私と長年の仕事のパートナー、ロビン・コヴァルは、グリットのすばらしさに気づき、それを多くの人に知ってもらいたいと思い、『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』を執筆することにした。

<b>リンダ・キャプラン・セイラー</b><br /> 1997年に広告代理店キャプラン・セイラー・グループをロビン・コヴァルと共同で創業し、CEOに就任。パブリシス・キャプラン・セイラー(現・パブリシス・ニューヨーク)の会長も務めた。コダック・モーメント、アフラックのアヒルのCMなど、有名な広告キャンペーンを数多く手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たす。リンダたちが手掛けたアフラックのアヒルのCMによって、アフラックの知名度は3%から96%に跳ね上がった。現在は、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで主にグリッドに関する講演活動を行っている。最新刊は『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』(ロビン・コヴァルとの共著、日経BP社)。
リンダ・キャプラン・セイラー
1997年に広告代理店キャプラン・セイラー・グループをロビン・コヴァルと共同で創業し、CEOに就任。パブリシス・キャプラン・セイラー(現・パブリシス・ニューヨーク)の会長も務めた。コダック・モーメント、アフラックのアヒルのCMなど、有名な広告キャンペーンを数多く手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たす。リンダたちが手掛けたアフラックのアヒルのCMによって、アフラックの知名度は3%から96%に跳ね上がった。現在は、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで主にグリッドに関する講演活動を行っている。最新刊は『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』(ロビン・コヴァルとの共著、日経BP社)。

弱小企業が75社との激烈な競争に勝てた理由

 この本を書こうと思ったのは、私たちの実体験がきっかけだった。1997年、ロビン・コヴァルと広告代理店キャプラン・セイラー・グループを創業した。広告業界は競争が激烈で、しかも男性中心の社会。40代の女性2人で立ち上げた会社の分の悪さは覚悟の上だった。ライバルより何倍も一生懸命に働き、工夫し、スタッフ同士が緊密に協力し合い、常にライバルの一歩先を行っていなければ、競争を勝ち抜くことはできない。

 グリットのすばらしさを最も実感したのが、2009年に米ファストフードチェーン、ウェンディーズの広告・宣伝業務を受注したときだった。それまでにも、アフラックのアヒルCMを発案したりして、小さな成功はあったが、ウェンディーズの話は仕事の規模が違った。競合は、なんと75社! キャプラン・セイラー・グループは、そのなかで最も小さく無名の代理店だった。誰も私たちの会社が勝つとは思っていなかった。ウェンディーズでさえ、まさか私たちに発注するとは当初考えもしなかったそうだ。

 私たちは、どのライバルよりも、いい仕事をしようと心に決めた。単にみんなで集まってアイデアを考えるだけでなく、スタッフたちは、ウェンディーズにお願いして、実際に店でボランティアとして働き、ハンバーガーやフレンチフライのウェンディーズ流調理法を体得した。そんなことをしたのは、私たちだけだった。

 企画の中身を充実させたのはもちろんだが、クライアントの心を動かすために、思いつく限りのあらゆることを試みた。

 たとえば、『ウェンディーズ、バーガーキングを抜いて、全米2位のファストフードレストランに!』という見出しが躍るダミーの新聞を制作し、「わが社を選んでくだされば、これが現実になります」と言って手渡したり、社員が寝袋持参で会社に泊まり込み、企画を練ったり、髪にカーラーを巻いたり、歯を磨いたりする姿をビデオで録画し、「こんなに一生懸命やっています!」とクライアントにアピールしたり。

 そうした甲斐あって、私たちは75社のライバルのなかから選ばれた。その最も大きな理由は、「君たちほど一生懸命やってくれる会社は、ほかにない」ということだった。

 ウェンディーズの広告宣伝の担当者は、私たちが、ダミーの新聞まで作ったことが信じられないようだった。そして実際に、それから2年もたたないうちに、ウェンディーズは、マクドナルドに次ぐ全米2位のファストフードレストランになったのだ。

 私たちは、飛び抜けて優秀だったわけでも才能があったわけでもない。どの代理店よりも必死にやった――それが成功の理由だ。つまり、これがグリットなのだ。

Guts、Resilience、Initiative、Tenacity

 そう気づいてから、いわゆる成功者と言われている人たちを調べてみると、いずれもグリットがカギであることがわかった。だが、世間の人々は、こうした事実に気づいていない。そこで、ロビンと私は、本を書いて、それをみんなに知ってもらわなければと考えた。

 グリットとは、次の4つの要素に分解できる。まず、困難なことに挑み、逆境にめげない「度胸(Guts)」。次に、挫折から立ち直る「復元力(Resilience)」。3つ目が、率先して事に当たる「自発性(Initiative)」。そして、何があっても目的に向かってやり抜く「執念(Tenacity)」だ(それぞれの頭文字を取るとGRITになる)。

 アイビーリーグに通わなくても、GPA(成績平均点)が最高値でなくても、SAT(大学進学適性試験)で2400点を取らなくても、成功するチャンスは十分ある。

 むしろ、あなたの10倍頭がいい人よりも、あなたのほうが成功しやすい。天才が成功する確率は、わずか2%にすぎない。頭脳明晰だと何もかもが容易にできてしまうが、その才能のせいで努力を怠るようになり、大人になって障害にぶち当たるとお手上げ状態になりやすい傾向がある。

 ずば抜けた頭脳の持ち主でないほうが、努力することの意味と価値を理解して、実行しやすいというわけだ。

「ゆとり世代」の失敗を繰り返すな

 著書『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』では、人々にこうした事実を知らせ、自信を与えるためのメッセージを盛り込んだ。米国では、非常に多くの親が、この本を子どもに贈っていると聞く。

 現代の米国の子どもたちは、十分なグリットを持ち合わせていないと言われている。グリットの低下を招いた問題の一つが、ひと昔前に盛り上がった「自尊心運動」だ。

 心理学者や社会学者らは、子どもにもっと自尊心を植え付けるよう説いた。「自分がいかに特別な存在か」「いかに聡明で唯一無二の存在か」を子どもたちに言い聞かせなければならない、と主張した。

 2000年以降に成人したミレニアル世代の多くは、自尊心運動のなかで育った。全員がトロフィーを手にし、勝ち組も負け組もない。あるのは、たったひとつの共通のメダルだけ。「楽しければ、勝ち!」の世界だ。(著者注:日本でも同じように「ゆとり教育」が推進された時代があった)

 だが、現実はそんなふうにはいかない。勝つのは一人だけ。楽しんだからといって勝利はつかめない。それが人生だ。

 私の子ども時代は、試験で95点を取れば、父にこう言われたものだ。

 「残りの5点はどうしたんだ? 今度は満点を取るんだぞ」

 自分が特別だとか唯一無二の存在だとか言われたことなどなかった。両親から、「仕事にありつきたいなら、一生懸命やらなきゃダメだ」と言われて育ったものだ。

 そしていま再び、努力・根性・忍耐・情熱といった、努力の原動力の重要性に光が当たるようになってきた。

 私は現在、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで講演活動を行っている。学生にはこんな話をする。

 「親から、どれほど素晴らしい子どもだと思われていようが、関係ない。GPAやSATがどんなに高得点でも、あなたがたは特別な存在なんかじゃない。実社会に出れば、それがよくわかる。もっと頭がいい人や勤勉な人が、たくさんいる」

 そして、こう続ける。

 「仮にあなたが成功できるとしたら、それはグリットのなせる業だ」と。

人間の集中力の持続平均時間は金魚より短い

 第2章「『才能』という神話」で触れているように、グーグルのような企業でも、採用に当たって、人材に求めるものが変わりつつある。どの大学を出たか、場合によっては大卒かどうかさえ見ない企業も増えている。クリエイティブでやる気があっても、大学教育が合わない人たちも数多くいることに気づき始めているからだ。

 変化の速いデジタル時代にあって、グリットは極めて重要な要素になっている。若者たちは毎日、おびただしい量の情報にさらされ、1つのことに集中するのが至難の業になってきている。いわゆる「心ここにあらず」状態である。ギャンブルやドラッグ、アルコールと同様、データストリーミングも依存症を引き起こし、昨日と同じ数のショートメッセージでは飽き足らず、もっともっとと脳が欲するようになる。

 最近の研究によると、人間の集中力の持続平均時間は金魚より短くなっている。金魚の集中力も短く9秒だが、人間は8秒に短縮している(マイクロソフト・カナダの2015年の研究。ちなみに2000年は12秒だった!)。

 石器人は何にも邪魔されず、木の棒をこすり合わせ、気長に火が起こるのを待つことができた。だが、何もかもがエクスポネンシャル(飛躍的)な速度で起こり、脳が追いついていけないほどの情報や知識が世界にあふれる現代こそ、何かをやり抜くにはグリットが必要であることは言うまでもない。

(一部敬称略、次回に続く)

※本原稿は著者の了解を得て、一部、書籍『GRIT』から引用しています。

『GRIT(グリット) 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』
 (リンダ・キャプラン・セイラー、ロビン・コヴァル著、三木俊哉訳、1620円)
(リンダ・キャプラン・セイラー、ロビン・コヴァル著、三木俊哉訳、1620円)

 GRIT(グリット)は、いま米国で最も注目されている「成功のためのキーワード」で、「やり抜く力」を意味します。「真の成功」をつかむための最重要ファクターは、生まれながらの才能やIQではなく、GRIT(グリット)であることが科学的にもわかってきています(むしろ「IQの高い人は、自分を過信し、努力を怠る」)。しかも、GRITの素晴らしいところは、生まれつきのものではなく、学習によって獲得できることです。しかも、年齢は関係ありません。いつでも誰でも、GRITを身につけることができます。本書は、豊富な実例をもとに、GRIT(グリット)の身に付け方を手ほどきします。


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