デンマークの玩具大手レゴは、「ヘイトスピーチ」と決別した(写真:永川智子)
デンマークの玩具大手レゴは、「ヘイトスピーチ」と決別した(写真:永川智子)

 クリスマス商戦が本格化し始めた今月12日、大手玩具メーカー・レゴが、英タブロイド紙「デイリー・メール」とのタイアップを終了し、同紙と連携したプロモーション活動を当面停止すると発表した。デイリー・メールは、タブロイド紙「ザ・サン」に次ぐ、英国2位の購読数を持つ保守系新聞だ。

レゴ本社がタイブロイド誌「デイリー・メール」との決別を宣言したツイート
レゴ本社がタイブロイド誌「デイリー・メール」との決別を宣言したツイート
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 タイアップ終了の理由は、EU(欧州連合)離脱を問う国民投票に端を発する、同紙の移民や難民などへの、あからさまな「憎悪扇動」の論調だと言う。

 以下、離脱投票(今年6月23日)近辺の同紙一面見出しの数例だ。

 「移民が住宅危機に火をつけた」(今年5月20日)
 「移民の恐怖で離脱支持急増」(同6月14日)
 「政治家が揉める間にまたトラック一杯の欧州からの難民がイギリスに」(同6月15日)
 注:同紙は後日、この見出しに当初掲載されていたトラック荷台上の難民の画像が欧州ではなく、イラクやクウェートから入ってきた難民であると訂正している。

 憎悪を煽ったとして問題となった最近の事例は、EU離脱手続きの開始には議会の承認が必要、との判決を下した3人の高裁判事の個人名と顔写真の下に同紙が打った「国民の敵」という見出し付きの一面である。EUからの離脱、ひいては移民流入の阻止を妨害した「悪者」を吊るし上げるような論調は、「まるで1930年代のナチス・ドイツのようだ」と読者の強い反感を買った。ソーシャルメディア上で批判が広がったほか、新聞と出版業界による自主規制機関IPSOに千件以上の苦情が申し立てられている。

 デイリー・メールはレゴとのタイアップで、新聞のおまけに同社の玩具をつけるキャンペーンを展開していた。レゴが今後デイリー・メールとのキャンペーンを停止するに至った理由は、ある消費者からの手紙であったと言う。

 手紙を書いたのはボブ・ジョーンズさんという男性。11月4日、フェースブックのレゴの公式ページに、自分は6歳の男児の父親であり、自分も息子もレゴのファンであること。そして、この数年、デイリー・メールについていたレゴのおまけを目当てに、嫌々ながらも同紙を購入してきたことを綴り、続けてこう記した。

 「このところの(デイリー・メール紙の)見出しは、右派の意見という域を超えている。外国人に不信を抱かせ、すべてを移民のせいにし、昨日(11月3日)の見出しでは、法的な決断を下したイギリスの高裁判事について、彼がゲイであることまで攻撃した。記事は行き過ぎだ。(略)貴社のような革新的な企業がこの『新聞』を支援し、購買数の増加に貢献していることを、心の底から不快に思う」

 「レゴは私にとって、常に多様性を重んじる商品だった。(略)あなた方とデイリー・メールとのつながりは誤りだ。貴社のような企業は、彼らを支援すべきではない。息子に、今年は(略)レゴのおまけをあげられないことを告げるのはひどい気分だったが、『この新聞は、君が学校で出会う友達のような人々のことで嘘をつくのだよ』と説明した。6歳の息子でさえ、彼らが印刷することが間違っていると理解している」

 以下はレゴ本社より、キャンペーン停止発表当日届いた、筆者への取材の回答だ。

 「我が社の最大の目的は、レゴで遊ぶクリエイティブで素晴らしい体験を、世界の子供たちのために作っていくことだ。このために、私たちは子供たちの言葉を、時間をかけて聞いている。彼らの親や祖父母が感じることを私たちに語りかける時にも同じくらいの時間をかけ、注意深く聞いている。世界の消費者から、当社と我々のブランドに気持ちを表現してもらえることは、我々を謙虚にする。そして、またとても光栄なことでもある」

 「毎日世界から寄せられる信頼に応えるため、我々は最大の努力を続ける。デイリー・メールとの協力は終了し、今後同紙と共にプロモーション活動を行う予定は当面無い」

 ジョーンズさんからの手紙が直接の理由であることを言及してはいないが、11月12日、英国の大手新聞・テレビは、レゴのデイリー・メールとのプロモーション停止のニュースを相次いで報じた。

 ジョーンズさんの手紙の最後には#stopfundinghate「ヘイトへの投資を止めろ」という意味のハッシュタグが付いている。「Stop Funding Hate」とは、EU離脱を問う国民投票の選挙キャンペーン中から、一部メディアによって煽られてきた、特定の人々に対する憎悪を止める目的で設立された、非営利団体である。

 今年8月にこの団体を設立したメンバーの1人、ロージー・エラムさん(30歳)は、活動の目的を次のように語った。

非営利団体「Stop Funding Hate」のエラムさん

 「私たちは無論、表現と報道の自由を信じ、重んじている。しかし、同時に人々が社会において、ヘイトスピーチに晒されることなく、安心して暮らして行けることも信条としている。報道の自由と同時に、消費者の自由、ヘイトに対する意見を述べる自由も存在すべきだ」

 「(離脱投票キャンペーンの時には)反外国人というレトリックが頻繁に使われた。離脱投票はEUに加盟し続けるか否かを問うものだったのに、キャンペーンでは、移民や欧州各国で問題となった難民危機が主な題材として取り上げられ、分断的で憎しみに満ちたレトリックが繰り返された。言葉使いがとても過激になり、難民をゴキブリ呼ばわりするなど、その後も状況は悪化した」

 「特定の新聞が、明らかにヘイトスピーチを展開し、国民投票の時にピークに達した。多くの人々が(そうしたヘイトスピーチに)直接影響を受けたと感じ、この時期にヘイトクライム(憎悪による犯罪)も急増したこともあって、何か行動を起こさなければと感じた。(略)当面の目的は企業に、ヘイトへの投資をやめさせること。長期的には、ヘイトスピーチの撲滅である」

 こうした動きに呼応するセレブもいる。ガーディアン紙など複数の報道によれば、難民擁護派であるサッカーの元イングランド代表、ゲーリー・リネカー氏は、自身がCMに登場するポテトチップスの英メーカー・ウォーカーズに対し、デイリー・メール同様、移民・難民敵視を書き立てる「ザ・サン」への広告掲載をやめるよう働きかけたという。同氏はStop Funding Hateのキャンペーンにも賛同し、レゴの決断についてもツイートしている。

 筆者は以前、EU離脱を問う国民投票の最中、白人至上主義者と見られる英国人の男による議員殺害と、メディアによる憎悪拡大の功罪について書いた。(「英国の女性議員殺害が問う“憎悪扇動”の大罪」2016年6月20日掲載)当時、離脱関連取材で訪れた英国各地では、保守系タブロイド紙や一般紙に記載されていた、移民を一方的に悪者に仕立てるポピュリスト政治家の言葉の数々が、多くの離脱派市民の口から、そっくりそのまま聞こえてきていた。前述のエラムさんも、投票後に急増したヘイトクライムについて、新聞に掲載されるヘイトの言葉が、人々の行動を肯定してしまう危機を感じたと指摘した。

 世界を震撼させた米大統領選でも、トランプ支持派の集会で、移民や女性、障害者などに対する聞くに堪えない「仮想敵」への憎悪がスローガンとしてメディアを通じて垂れ流され続けた。米ABCニュースのサイトでは、選挙後、トランプ氏がキャンペーンで多用した、メキシコ系移民の排除を意味する「壁を作れ!」というスローガンが、ミシガン州郊外の中学校で生徒らによって昼休みに合唱される様が確認できる。

 こうしたキャンペーンの最大の罪は、勝つためならなりふり構わず人々の悪感情を煽り、その高揚感に乗せた票を勝ち取る戦術だ。こうした戦術家や暴言を利用する人間や企業には、目的が達成された後、憎悪を煽ってきたことが社会に及ぼす影響など、お構い無しである。筆者の元へは米国在住の、移民のみならず白人の友人らからトランプ氏の勝利に「いったい子供たちになんと言って説明すれば良いのかわからない」という、途方にくれたメッセージが届き続けている。

 憎悪の垂れ流しは、特に若い世代や子供たちに、大人による、弱い立場にいる人たちへの暴言や暴力を容認する社会の有り様を示してしまうことにほかならない。離脱支持者が圧倒的多数派だった街で取材中に、12~13歳の少年たちが東欧系移民に関して「リトアニア人とかポーランド人なんか、悪い奴らだ」と、口汚く罵っていた姿に言葉を失った。いったい家庭でどんな言葉が飛び交っているのか、この子たちはどんな大人に育っていくのかと、暗たんとした気持ちになった。

 昨今、大国で相次いで、憎悪を容認するような大人が「勝利」していく様を見せつけられていた子供たちのために、世界の大手玩具メーカーが憎悪を煽るタブロイド紙に「NO」の態度を突き付けたことは、極めて重要だ。また、憎悪に対し暴力や暴言で対抗するのではなく、一消費者、一市民として企業に異を唱えることが無駄な行為ではないと証明したことも賞賛に値する。

 今年のクリスマスには商品の優良さもさることながら、会社の信条を知ることで、子供にレゴを買い与えることをためらわずにすむ大人が、英国では増えそうである。デイリー・メールとの協力停止の発表を伝えた同社のツイートには、ツイートから7時間後までに4万以上の「いいね!」がついた。

 同社の企業責任を記すウェブページには「すべての子どもには楽しくクリエイティブで、魅力的な遊びの体験をする権利がある。遊ぶことで子供たちは学ぶものであり、遊びは必須である。遊びの体験を提供する者として、我々は自らの行動において、すべての子供とステークホルダー、社会と環境に責任をもたなければならない」とある。子供を憎悪に満ちた言葉から守ることは、企業の社会的責任を果たしていることになる。

 筆者は数年前、レゴ本社のあるデンマークの都市ビルンで、CEO(最高経営責任者)のクヌッドストープ氏にインタビューしたことがある。たまたま、友人の子供がダウン症であることがわかった時期であり、取材の空き時間、ふと広報担当者に、レゴで遊ぶことのダウン症児への好影響について聞いてみたところ、単なる立ち話のつもりが、後日、レゴが独自に行っていた、関連の分厚い調査資料が送られてきた。会社を見るときには広報担当者を良く見ろ、とは記者仲間が以前言っていたことだが、広報の対応を見て、売り上げだけではなく、子供と玩具の関係性を真摯に考えている会社である印象が、当時強く残った。

 憎悪が勝利したかのような米大統領選やEU離脱の結果を受け、米国でも、ここ英国でも、悲嘆にくれる大人たちが少なくない。しかし、たとえレゴのような事例は稀であっても、手紙を書いた父親のように、憎悪を煽るような新聞は買わない、広告主に異を唱える、レゴのような会社を購買で支えるなど、一消費者にもできることは、まだまだあるはずだ。

 言論の自由はあくまでも「公共の福祉に貢献すべき」ものであり、これを盾に憎悪をばらまくことは許し難い。「売るため」に短絡的な憎悪というカンフル剤に頼る同業他社を横目に、何を書き、どう信条を貫くのか。メディアに携わる当事者として、また、社会を構成する一人の大人として、襟を正し続けたい。

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