2016年、邦画で最も話題となった作品は新海誠監督の「君の名は。」だろう。

 興行収入は既に194億円を突破。邦画では歴代3位の記録を打ち立てた。日本での熱も冷めやらぬうちに、海外での公開もスタート。計92の国と地域での配給が決まっており、既に公開しているタイ、香港、台湾では興行ランキング1位を獲得する人気ぶりだ。

 記者も2回映画館に足を運んだが、緻密に練られたストーリー展開はもちろん、都市部や田舎町の細かく綺麗な”日本らしい”景色の描写が、国内外問わず人気を集める所以だと感じた。そして今週金曜日からは、いよいよ中国での公開が始まる。日本公開からわずか3ヶ月強という異例の速さでの上映開始に、その注目度の高さが現れている。

 今回、中国のコンテンツ産業について取材をするなかで、閉鎖的だった中国の映画産業が大きく変わり始めているのではと感じた。2つの作品を巡る動きにそれが如実に現れていると思う。一つが、まさに「君の名は。」だ。

慎重だった中国でのパートナー選び

 中国公開に向けては、実は今年8月の日本公開前から既に動きがあった。

 「中国にも新海監督ファンが多くいる。中国で公開するときは、ぜひ我々に手がけさせてほしい」

 中国でスマートフォン(スマホ)ゲームの配信を手がけるアクセスブライト(東京都港区)の柏口之宏社長は、日本公開が始まる前から配給会社、東宝の担当者にこう頼み込んでいたと言う。この時点では、海外での具体的な配給計画は決まっていない状態だったが、日本の公開前から既に世界各国からオファーは殺到しており準備は進んでいた。中でも特殊市場である中国は慎重だ。海外映画の輸入審査が厳しい上に、海賊盤も出回るなど市場環境がいいとは決して言えない。それだけに配給会社選びにも慎重にならざるを得ない。

 今回アクセスブライトが窓口となり、同社が提携する中国の映画製作 最大手、北京光線伝媒(ベイジン・エン ライト・メディア)が配給・配信の権利を獲得した。アクセスブライトは2011年に、セガ・チャイナを設立した柏口社長が立ち上げた会社。ゲームを中心としたコンテンツを中国の文化に合わせて「カルチャライズ」し配信している。これまでに8本の日本のゲームを中国で配信しており、来年、世界で人気のキャラクター「ハローキティ」を題材にしたスマホゲームの中国配信も決まっている。日本の映画業界のトップ企業が中国の映画業界のトップ企業とタッグを組むことになったのだ。

 中国はこれまで、「海外コンテンツが成功するには難しい市場」と言われ続けてきた。先述の通り映画やゲームは海賊版が横行していることに加え、映画にいたっては公開される海外映画に年間約50本(利益分配方式が 20本、版権買い取り方式が30本)との決まりがある。輸入審査は時間をかけて厳しく内容をチェックされる。ハリウ ッドの大作が優先されることが多く、事実2013年と2014年は1本も邦画の公開がなかった。

 しかし、今年邦画ではすでに「ドラえもん のび太の日本誕生」、「寄生獣」「ちびまる子ちゃん」など既に8本公開されている。滑り込む形で「君の名は。」の年内公開が決定した格好だ。 通常半年ほどかかる輸入審査も、2〜3ヶ月だけ。これは、現地ファンの熱烈なラブコールがあったからだけではないと記者は考える。

当局悩ます海賊版の存在

 中国の映画産業で問題視されているのが、海賊版の存在だ。海賊版を巡っては、世界各国の映画業界から批判を受けており、取り締まりに力を入れているものの「いたちごっこ」が続く状態。政府側としても、正規の映画を楽しむという当たり前の大衆文化を、国民に根付かせたいとの気持ちも強い。海外映画の輸入規制が、逆に海賊版の流通量を増やす結果につながっているとの指摘もあり、中国当局としてもこうした動きを抑制するために海外映画の輸入枠を緩和しようと動き始めている。

 実際、「公式の立場として輸入枠を50本と設けているが、最近は50本を超えていることも多い」(映画業界関係者)と言う。12月ともなれば2016年の海外映画枠はほぼほぼ埋まっていたはず。輸入審査を異例の速さで進め「君の名は。」の年内公開を許可したのは、中国当局の輸入枠規制の緩和に向けた姿勢の表れではないだろうか。

 閉鎖的だった中国の映画産業の緩和を示す、もう一つの作品がある。

 2015年に中国で公開され、中国産アニメとしては歴代最高の興行収入(約192億円)を記録した「⻄遊記之⼤聖帰来 (原題)」だ。

2015年に中国で公開され、アニメとしては異例のヒットとなった「⻄遊記之⼤聖帰来 (原題)」。田暁鵬(ティエン・シャオポン)監督。
2015年に中国で公開され、アニメとしては異例のヒットとなった「⻄遊記之⼤聖帰来 (原題)」。田暁鵬(ティエン・シャオポン)監督。
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 この映画が2017年夏に日本で公開される。中国のアニメ映画が日本で公開されることは非常に珍しい。それだけではない。日本での公開にあたっては、「ゲド戦記」や「コクリコ坂から」などの人気作品を手がける宮崎吾朗監督が、日本版の監修に合流することが決まった。セリフだけでなく、曲や声優などを日本市場に合わせて作るという。

 日本で「⻄遊記」の配給を手がけるアクセスブライトの柏口社長は、「今後こうした日中コラボレーションが増えていくのでは。日本のアニメの技術を学ぼうとする中国の貪欲な姿勢がうかがえる」と指摘する。中国もアニメーションの技術は高いが、ストーリー展開や世界観の作り方などでは「日本は圧倒的にうまい」(中国の映画業界関係者)。日中コラボレーションなどを通じ、こうした点で日本のアニメ技術をお手本にしていきたいとの考えだ。

中国産映画の輸入も加速

 彼らが貪欲に技術を吸収した先に見据えているのは、中国映画の海外輸出だ。これまでほとんど自国市場に限っていた中国映画だが、今回の「⻄遊記」のように積極的に海外へと打って出ようとしている。米国に次ぐ世界2位の経済大国に育った中国だが、文化の輸出という面ではソフトパワーの弱さが目立つ。映画を始め、中国産映画やゲームなどの輸出を加速し、世界に中国文化を発信していきたいとの思いが透ける。

 「君の名は。」のスピード公開に見る映画の輸入緩和と、「西遊記」に見る輸出の加速。双方の戦略で、中国は映画産業の活性化を急ぐ。巨大経済大国に育った中国だが、ソフトパワー市場のテコ入れにはしばらく時間がかかりそうだ。

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