前編に続き、経済産業省 近畿経済産業局長である関 総一郎さんと、「ことづくり」への取り組みや、その課題を探っていきます。
5月30日には大阪で、関局長をモデレータに「IoT時代の未来志向のビジネスモデル~モノ作りとサービスの融合の時代へ」を、近畿経済産業局/一般財団法人アジア太平洋研究所、ものこと双発協議会主催で開催いたします(詳しくはこちらをご覧ください)。
田中:小売業では、IoT(モノのインターネット)でいうと、例えばPOS(販売時点情報管理)のデータの所有者が変わってくるかもしれません。日本でも、多くの会社が自社でデータを管理するようになっています。
関:データの蓄積とその活用を通じた価値創造の担い手が、これまでとは変わってくるかもしれませんね。ただ、日本では、IoTやビッグデータと聞くと、自社の事業に関わる機微なデータを知らないうちに他社に吸い上げられてしまうのでは、といった警戒感もあるようです。競争力の源泉が、他社と共有されてしまうことに対する懸念です。しかし、例えばドイツが提唱するインダストリー4.0においても、決して他社と共有したくない情報までもオープンにさせられてしまうことを目指しているわけではないはずです。
情報を共有することがお互いのメリットになるという範囲では共有し、そうでない情報は秘匿するというのが当然ですし、どのようなデータを誰と共有するのか、選択的に対応することは技術的にも難しいことではありません。IoTに対して漠然と警戒して、その活用への発想を止めてしまうのではなく、他社とつながるメリットはどこにあるかを探りながら、事業の新たな強みをどのように生み出していくのかに取り組んで欲しいところです。
田中:「我が社は、データを共有したくないので、データは自社だけで扱います」といったところで、共有しても構わないデータをIoT関連サービス企業と連携し、事業を強くする競合企業がでてくるはずです。その取り組みには、外資系だけでなく、国内の競合も加わるかもしれません。
タクシー業界では、現にそのようなことが起きています。米国のタクシー配車アプリケーションサービス企業のウーバー(Uber)の登場によって、米国で有名な黄色いタクシーの元祖とされるシカゴのタクシー会社・イエローキャブが経営破綻しました。
IoTによるサービスを顧客が選んだ例と言えます。日本でも、始める企業が出てくるでしょう。規制によって止められることではなく、データの取り扱いに不安を感じるのならば、その危うさへの対策も含めて、IoTを使ったサービスを、どのようにして自社の仕組みに移し替えることができるかを考えた方が、前向きでしょう。
関:そうですね。IoTでつながることが前提となるとしても、次の課題は、つなぐ手法をそれぞれが自社流に作りこむのではなく、皆が共有できる方式、皆が理解できる方式で構築できるかということです。海外では、データのやり取りについて標準化を進めたり、または、オープンなプラットフォームを提案し、企業連合を構築するためのツールとして使っている傾向が見受けられます。
これからは、例えば工作機械を売る際、顧客はそれにどのようなIoT関連の機能が備わっているかをチェックするようになると思います。その時に、見知らぬプロトコル(通信の手法)よりも、なじみのある標準的なプロトコルに則っている方が、その機能にどのような使い道があるか、自社の中でそこから得られるデータをどのように蓄積・分析できるのかを顧客が理解しやすくなるのではないでしょうか。共通の言語で説明できる標準的な手法をIoTに導入している方が、機械そのものの性能の差もわかりやすくなるでしょう。見本市でもこうした点をわかりやすく表示できていることが訴求力の向上につながると思います。
データのやり取りの方式で差別化を図るのではなく、そこは共通にしながら、その上にどのような機能やサービスを提案するかで、競争力を磨くべきだと思います。
顧客はしばれば逃げていく
田中:日本は今後、人口が減ってくる国です。必然的に、勝負するのは世界が土俵になるでしょう。そこで、特殊な手法や言語を使っていては、メンテナンスなども懸念されてきそうです。特殊な手法や言語を採用してくれる市場は、海外には少ないでしょう。どこまで共通の手法を使い、どこから自分たちの強みを打ち出していくのかを考えるべきです。
関:本当に競争力のある企業ならば、これからも独自のインターフェースや通信手法を使い続けても、強みを発揮できるかもしれません。サプライヤーや顧客との信頼感が強く、ある一定の閉じた世界では、通用しやすいと思います。顧客が自社のファミリー製品ですべて揃えてくれるといったように。
しかし、さまざまなメーカーの機械を使って生産ラインを構築することが前提となる分野では、難しくなるでしょう。家電などでも似たような状況といえるでしょう。家電ではすでに機器どうしの通信方式の規格化が進んでいます。
田中:囲い込むことで顧客をしばろうと考えると、かえって一定の顧客を遠ざけることになります。
関:囲い込みではなく、むしろ求められるのは顧客と機器を通じて継続的につながるという関係をどう活かすのかという発想ですね。掃除機であれば、多くの場合、掃除機は所有することによる満足感や心の豊かさを得るために買うのではなく、掃除というサービスを得るために買うものです。ただし、これまでは自分で掃除機を操作するしか、掃除する方法がありませんでした。でも、もしかすると、今後はこれまでとは違う形で掃除というサービスを家庭に届け、それによる新しい事業モデルが考えられるようになるかもしれません。IoTの時代になると、このような広い発想でサービスを考えることができるでしょう。
関:自動車では、従来は、運転する喜び、所有する喜び、移動の手段という、実は異なる三つの価値が混然一体となっていました。これに対して、今後は顧客がこれら三つの価値を分けて考えてくる時代が来るかもしれません。「運転する喜び」といっても、渋滞中はその喜びは得難いので、自動運転で割り切りましょうという考え方が広まるかもしれません。また、人によっては、車を所有する喜びには価値は見出さないが、移動の手段は身近にあってほしい、というケースもあるでしょう。これら多様なニーズに応える価値の提供が、IoTによって格段に開けてきます。
このように、サービスを基軸にしてビジネスモデルを考える時代になると、メーカーは発想を広角打法にしていく必要があります。
イスラエルにはチャンスがある
先日、イスラエルを訪問した時にも、考えさせられました。イスラエルは、IoT技術に優れたベンチャー企業が多くあります。日本企業が新しい事業モデルを作り上げる中で、強力なパートナーになりうる可能性が大きい国です。イスラエルも日本好きときています。
田中:第二次大戦時、リトアニアにおいて、約6000人と言われるユダヤ人難民にビザを発給して国外脱出のチャンスを与え、その命を救った外交官の杉原千畝さんの逸話は、イスラエルでは知らない人が珍しいようです。
関:イスラエルの企業は、国内マーケットが小さいので、自らの技術だけで大きく成長していくことが難しいことを知っています。創業時から、自前だけでは限界があり、常に提携先を求めて経営しているという特徴があります。日本の企業も、ウィンウィンの関係を築ける候補として、イスラエル企業をもっと意識してはどうでしょうか。
最近では、自動車を狙ったサイバーアタックを防ぐセキュリティ技術に優れたイスラエル企業が注目されています。また、犯罪の捜査に関連して、米国の連邦捜査局(FBI)がアップルにiPhoneのロック解除のための情報の提供を求めたものの、アップルが拒否した件では、このロック解除のための情報の解読を、イスラエルの技術によって実現したことが知られています。
田中:日本のサン電子の子会社でした。こうした関係からも、イスラエルと日本は、相互補完性が高い気がします。
イスラエルには、独特な成功モデルもあります。国内の人口は約800万人と少ないのですが、海外にも約700万人のユダヤ人がいます。海外でライセンス事業などで成功し、そのライセンス料などをイスラエル国内に送り、国内での事業を支えています。
これも、将来は人口が減る日本にとって、参考となる成功モデルと見ています。国内市場に限りがあるため、海外に出て世界で勝負して得た成果を使い、国内で次の種を育てます。
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