1980年にミロク情報サービスを買い取り、オーナー社長に就任した是枝伸彦氏。様々な困難を乗り越え、税理士などの会計事務所やその顧問企業向け業務用アプリケーションソフトを開発・販売する優良企業に育て上げた。2005年に社長を長男の是枝周樹氏に譲ったが、これからの経営者に期待することは多いという。
かつて親会社だったミロク経理が倒産したことの余波を受けて経営危機に陥るなど、様々な苦労をされてきました。これまでの経営人生から学んだことは何でしたか。
是枝:自分の勉強不足です。特に、外国語についてそう思います。情報収集力に直結するからです。ICT(情報通信技術)の世界は米国が先進国ですから、直接、情報収集をしたいのですができない。この点は人生で一番悔いているところです。もしも外国語ができたら、日本にいなかったかもしれませんが。
米国の企業は、創業後間もない中小企業であっても、世界がマーケットだと思っています。タイム・シェアリング・サービスの会社を作った相手も、ボイスメールの会社もそうでした。ボイスメールはあんな小さな会社だったのに、英国のブリティッシュテレコムやフランステレコム、ドイツテレコムとも直接ビジネスをしていたわけですから。
私は、ミロク情報サービスを「よくここまで大きくしましたね」と言われることが一番恥ずかしい。本当は、企業規模は今の10倍にはなっていないといけなかったんです。
このビジネスなら、売上高5000億円になっていいはず
どのような将来を思い描いていたのですか。
是枝:経営を引き受けたとき、年商は6億円くらいで、10年後はそれを100億円にするんだと思って頑張ってきました。9年かけてその目標を達成したときには、あと15年で1000億円にすると言ったけれど、それはできなかった。だから恥ずかしいんです。
経営システムと経営ノウハウと経営情報サービスを提供するこのビジネスはグローバルなものですし、インフラのようなものですから、5000億円規模になってもおかしくありません。
同じ分野に独SAPという会社があります。創業はうちより5年早いだけですが、それが今や1兆円企業です。本来なら、うちがそうなっていてもおかしくなかった。それは悔やんでも悔やみきれない。もしも私が直接、外国人とコミュニケーションできていたらと思っています。
FA(ファクトリーオートメーション)、OA(オフィスオートメーション)の次に何が来るかを考えたとき、私の頭に浮かんだのは営業のオートメーション化でした。今で言うCRM(顧客情報管理)ですね。以前、社員を米国に調査に行かせたときにはこういう会社はありませんでした。これは伸びると思っていたので早くやりたかったんですが、米セールスフォース・ドットコムが出てきて、あっという間に市場を構築してしまいました。
限られたリソースをどこに集中させるかは、経営者が頭を悩ませるところです。
是枝:そこも反省だらけです。うちが今の程度にしか伸びなかった理由の1つはパソコン対応です。これをためらったことを今でも後悔しています。
会計ソフトなどをパソコン対応した際、オフコン用が300万円くらいだったので、パソコン用も100万円程度の価格を付けたのですが、他のメーカーが数万円の商品を出してきました。それは私たちが作ったものとは機能やターゲットが違う商品でしたが、もしも別会社をつくってやっていれば、ミロクというネームバリューもあったことですし、新興の企業に勝てたのではないか。経営者として最大のミスジャッジだったと思っています。
経営理念を貫き自社の価値を知る
そこからはどのように盛り返しましたか。
是枝:お客様に対しては着実に仕事をしてきました。私がエンジニアなら、エンジニアとしての欲求を満たすために仕事をしたかもしれませんが、私はマーケットの方を向いてユーザーニーズに応えるという姿勢を貫いてきました。
そのうえで、ユーザーの意識まで変えるものを提供したかったのですが、その意識を現場に醸成させるところまでは持っていけませんでした。
けれど、これからでも遅くないと思っています。2005年に息子の周樹に社長のバトンを渡しました。彼には思い切ってチャレンジしろ、ベンチャー精神を忘れるな、と伝えてあります。
オーナー企業を二代目が継ぐとベンチャー精神が薄れるといった声も聞かれます。
是枝:私は心配していません。今まで以上にチャレンジしていくだろうし、攻めすぎて失敗しなければいいなと思っているくらいです。
今後、技術はどんどん進化しますし、制度も変わっていきますが、経営方針に立ち返ると、まだまだできていないこともたくさん見つかります。
この会社は、経営者のマネジメントを支えるためにあります。すると、資金調達、生産性向上、売り上げアップ、新制度への対応など、様々なことに関わっていかなければなりません。
税務ソフトや会計ソフトを売るだけでなく、税理士や会計士にはコンサルタントになってもらい、中小企業を変えていくくらいのことはしなくていけません。
どうしたらそれができるかと言えば、やはり人です。人材を育てることも大事ですし、いい人材を採用することも大事です。育成の時間を買うためには提携や買収も必要です。
今、売り手市場で、採用する側には厳しい状況と言われます。
是枝:厳しいです。ですから一生懸命にいろいろな人に会って「いい人いませんか」と聞いています。世界で活躍できる人材を確保できれば、うちはSAPに比べるとまだ伸びる余地があります。社長にもそう言って発破を掛けています。ただ、経営会議と取締役会で会うくらいです。もう任せたのだから、私は外へ出て、関係づくりをしています。
是枝周樹社長を含む、若い経営者にアドバイスをお願いします。
是枝:企業の寿命には30年説がありますが、当社は2017年で40周年です。その先も生き延びて100年企業を目指したいと思います。それを実現するには、冒頭にも述べたように、企業理念、そして経営方針が徹底されなくてはなりません。何のために、どんなスタンスでその事業を行うのか、そこがきちんと確立できれば、苦労や障害にも耐えられるはずです。
ときには環境を変えて、新たに別の事業をしてみようと思うこともあるでしょうが、芯がなければ軸がぶれてしまうし、裏を返せば芯があれば、どんな困難でも突破もできます。
これは繰り返しになりますが、数字には表れない自社の事業の価値をしっかり確認することです。この視点で自社の価値が上がっているかを確認していくことです。ミロク情報サービスがこれまでやってこられたのは、その2つがあったからです。
苦しいからと商売替えをしようと思ったこともないし、まだまだスタートだと思っています。その上で、利益の従業員への分配率が日本で一番高い会社にしたい。そこは40年やってまだできていません。心残りです。
これからの経営者はどういったことを意識する必要がありますか。
是枝:ご存じのように高度成長期に創業した経営者たちが高齢化し、企業の廃業率も上がっています。一方で、新しい企業は今では年間12万社ほどしか生まれていない。私は、年間20万社くらい誕生しないと、日本はだめだと思っています。というのも、中小企業が活躍するのは、これからじゃないですか。ICTの世界にしても、ロボットの世界にしてもそうです。
しかも、ツールも制度も変わり、マーケットは国際化していきます。その変化に対応するために、勉強をしなくてはならないでしょう。中小企業だからグローバル化に関係ないという時代ではないですから、狭い範囲だけを見るのではなく、経営環境について勉強して、ビジネスを広げていってほしいと思います。
経営者は視点を高く設定すべき
政府にも、もっと中小企業を支援してほしいと思っています。起業したい人には100万円でも1000万円でも無利息無期限でお金を貸してあげるべきだと言っています。
さらに現役の経営者の方には、いろいろな人と付き合って、環境に対する目配りをして、学んでほしい。もし分からないなら、聞けばいいんです。そういう関心、そして自覚を持ってほしいと思います。
英国人アナリストのデービッド・アトキンソン氏は、日本にはまだまだ資源が眠っていると指摘しています。私もその通りだと思います。伝統的なところにも、まだまだ新しい商品やサービスが生まれる余地があるのです。そういうところを、政府も地方自治体も刺激してくれたらいいのです。経営者も、そういう意識でもう一度視点を高く設定し、新たなビジネスを掘り起こしていくべきだと思います。
(構成・片瀬京子)
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