2008年、イラク戦争やイスラム過激派の取材で中東にいた私に、「ニューヨーク・タイムズ」紙の編集部から連絡があった。加工食品産業について調査してほしい、という依頼だった。
米国南部、ジョージア州のピーナッツ加工工場で、ずさんな製造管理によって病原菌のサルモネラが混入した。消費者8人が死亡し、体調不良をきたした人は43州で推定1万9000人。同社のピーナッツ原料を使った加工食品は数千にも及び、メーカー各社は商品回収などの対応に追われた。この事態の中で、ひとつの実態が浮き彫りになった。複雑な取引関係と収益に縛られた加工食品業界は、もはや原材料をコントロールしきれなくなっていたのだ。
ピーナッツの次に私が調査したのはハンバーグ肉だった。大腸菌汚染による食中毒事件が相次いだからである。調べてみると、事態はピーナッツにも増して深刻だった。食肉加工業者は、安い端肉を世界中の食肉処理場から調達し、それらを混ぜ合わせてハンバーグ肉を出荷している。その工程で、消費者を守るために取れる対策が明らかにあるのに、それらは置き去りにされていた。
しかし私は、加工食品についてさらに目を開かれることになった。ある日、ワシントン州シアトルで知人と夕食を共にした。加工食品分野の情報源として私が特に信頼する一人である。彼はこう言った。
「マイケル、確かに食中毒は痛ましい事件だ。だがそれと同じくらい、人々の健康を脅かしている脅威がある。それは、食品メーカーが意図的に商品に加えているものだ。こちらは、彼らが絶対的な支配権を握っている」
これが5年前の話だ。そして、まさに彼の言葉どおりだった。米国の統計を見てみよう。成人の3人に1人、子どもでも5人に1人が、医学的肥満に該当する。食生活が原因のひとつとされる2型糖尿病の患者は2400万人、さらにその予備軍が7900万人。痛風患者は800万人。これらの病気の急増は、清涼飲料の取り過ぎなど、不健康な食生活との関連性が指摘されている。
肥満の急増は医療費増大と生産性低下をもたらし、その社会的コストは年間3000億ドルと推定されている。日本など、ここまで劇的な数字でない国もあるが、こうした病気の増加傾向は世界的にみられる。
塩分・糖分・脂肪分は、加工食品業界の聖杯
この危機的状況の大きな責任を負っているのが、塩分・糖分・脂肪分を大量に使い続けている加工食品産業だといえる。
私たち消費者も、そのことはとっくにわかっていた。この種の食品――私としては「好きになりたくないが好きになってしまう食品」と呼びたい――が、われわれの健康を蝕んでいる、と。だが、今や明らかになったのは、企業もそれをよく承知していたということだ。彼らは承知の上で、塩分・糖分・脂肪分の使用量を増やし続けていた。
塩分・糖分・脂肪分は、加工食品業界の3本柱、彼らの聖杯である。消費者をつなぎとめるため、業界はこの3本柱に頼り切っていた。その内実に迫ろうとした本書の執筆は、私にとって、探偵物語の中に入り込むような経験となった。
まず幸運だったのは、本来であれば極秘であるはずの業界記録にアクセスできたことだった。その元になったのは、複数の州がタバコ産業を訴えた訴訟である。裁判の結果、タバコ企業は内部資料を公開しなければならなくなった。世界最大のタバコ企業フィリップモリスは、1980年代後半、米国の2大食品メーカーであるゼネラルフーヅとクラフトを買収し、2000年代まで最大の食品メーカーでもあった。
調べてみると、タバコ企業が提出した資料は、食品産業の機密情報の宝庫でもあった。おかげで私は、企業の業務連絡、内部報告書、戦略文書、覚え書きなど、合計8100万ページにも及ぶ膨大な資料を閲覧できた。このことは、取材した業界内部の人々に、より深い秘密を明かしてもらうのにも役立った。
明言しておきたいが、私は食品業界のことを、意図的にわれわれを太らせようとか病気にさせようとしている悪意の業界だと見ているわけではない。彼らが目指しているのは、他のすべての企業が目指していることと同じだ。買わずにはいられないような商品を作り、できるだけ多く売って、できるだけ多くのお金を得る。問題の根は、そこにある。
“しかし、もうわれわれは知っている。食品企業が成功し生き残るために、塩分・糖分・脂肪分がどれほど重要か、彼らが知っていることを。彼らの研究が示しているように、この3成分の配合が完璧になっていれば、われわれは歓喜し、商品は飛ぶように売れる。われわれは買う量が増え、食べる量も増える。そして企業である彼らは、手にするお金が増える。”
本書『フードトラップ』は陰謀の場面から始まる。しかし読者は、その趣が予想とずいぶん異なることに驚かれるだろう。私自身、初めて知ったときは愕然とした。1999年春、大手食品企業の経営者たちが極秘に集まり、夕食会を兼ねた会合を持った。彼らが一堂に会したこと自体も驚きだが、そのうえ、議題は肥満急増の問題だった。プレゼンを行ったあるクラフト幹部は、責任の少なくとも一端は自分たちにあると話した。そして問題解決に向けて、業界一丸の取り組みに着手すべきだと訴えかけた。
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