安倍首相の靖国神社参拝に中国・韓国のみならず米国まで反応した。駐日米大使館が「失望した」との声明を出した。防空識別圏を設定するなど中国の動向に懸念が高まる中、日本の外交・安全保障政策に不安はないか。外務省で日米安全保障条約課長、在中国日本大使館公使を歴任し、米中を深く知る宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹に聞いた(聞き手は森 永輔)
第1次政権の時に靖国神社に参拝できなかったことを「痛恨の極み」としていた安倍晋三首相が、ついにその信念を行動に移しました。しかし、中国と韓国がこれを非難したのはもちろんのこと、米国までが「失望した」との声明を出しました。尖閣諸島を含む東シナ海の海域上空に防空識別圏を設定するなど、中国の動向に懸念が高まる中、日米同盟にきしみが生じる可能性があります。自らの信念と強固な日米同盟の維持。安倍首相が信念を優先させたことに疑問を覚えます。
宮家:安倍首相は、自らの信念と日米同盟を秤にかけて信念を優先したのではないと思います。同首相は信念を大事にする人であると同時に、現実主義者でもあります。国益を守らなければならない時には、躊躇なく国益を守る現実的な決断をするでしょう。
今回の靖国神社参拝は、就任後1年経っても中国とディール(取引)ができなかった、そして今後もできる見込みがないことをも踏まえ、内政・外交を総合的に判断した上で、最終決断したのだと思います。
ディールとはどういう意味ですか。
宮家:2006年に第1次政権で首相に就任した時の安倍氏の行動を思い出してみてください。小泉純一郎・元首相が靖国神社に参拝したことで日中関係は冷え込んでいました。安倍首相はそれを改善すべく行動しました。「中国と戦略的互恵関係を築く」ことと、「安倍首相が靖国神社を参拝するかどうかは言わない」ことで中国と“握った”わけです。
中国とのディールは困難
安倍首相の考えと行動は今も当時と変わらないでしょう。しかし、今回は首相に就任してから1年経っても中国とディールできていません。安倍首相がずっと配慮し続けてきたにもかかわらずです。彼は就任以来一貫して中国との首脳会談を提案し続けてきました。靖国神社にも参拝せずにきました。それでも音沙汰はなかった。それどころか、中国側は海上自衛隊の護衛艦にレーダーを照射したり、東シナ海上空に防空識別圏を設定したりする有様です。
2008年以来、中国の行動はあまりに頑なです。
2008年からですか。
宮家:そうです。中国は2008年頃から、それまで南シナ海で取っていた強硬な姿勢を東シナ海にも展開し始めました。例えば中国の公船が日本の領海に侵入したのは2008年末のことです。それが2010年に尖閣諸島の付近において中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突した事件につながるわけです。
残念ながら、これからもディールできる兆しは見えません。安倍首相は、日本に対する中国の態度は変えられないと見切ったのでしょう。靖国神社に参拝すれば「冷え切った」関係が一時的には「凍って」しまうかもしれません。しかし、既に「冷え切って」いるのだから「凍って」も大きな差はないとも考えられる。このことも含めて様々な要素を総合的に勘案した上で、自らの信念に忠実に行動することを選んだのではないでしょうか。
安倍首相は今回、「政治家として政治判断をした」のだと思います。
日米同盟にきしみが生じる可能性
中国とディールできるかどうかが重要だった。それは理解できます。しかし、それで日米同盟にきしみを生じさせるのは、いかがなものでしょう。
アジア政策において米国は同盟国と協力して行動する方針です。2013年の10月の日米安全保障協議委員会(日米2+2)でも両国の考えは完全に一致。それに基づいて「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を見直すことを決めました 。日米2+2の共同発表は、日米安全保障条約に基づき、日米間の防衛協力の基本的な枠組みや今後の方向性を示す文書です 。普天間基地の移転も動き始めました。これらが進めば日米関係は一層緊密なものになるでしょう。
さらに言えば、日本なしで米国は何ができるでしょう。安倍首相の靖国神社参拝が日米同盟に多少影響することはあっても、それは限定的なものにとどまると思います。
米国は日本に失望した
なるほど。しかし、駐日米国大使館は「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」との声明を出しました。「失望」(disappointed)という表現は異例のものだと聞いています。
宮家:確かに、日本に対してはめったに使わない表現かもしれません。しかし、それを過大視する必要はないと思います。
「失望する」は「期待していることをしてくれなかったから、がっかりした」という程度の意味です。それほど強い表現ではありません。外交用語には「抗議する」「非難する」など、「失望する」よりも強い表現がいくらも存在します。1980~90年代に貿易摩擦が生じていた時の方がはるかに険悪な雰囲気でした。
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