「Diversity(ダイバーシティ)」という言葉が、日本の産業界でも日常的に使われるようになった。「企業で、人種、国籍、性、年齢を問わずに人材を活用すること」(デジタル大辞泉)とあるように、組織の多様性を高めるという文脈で使われるようになったのは読者の皆さんもご承知の通りだ。

 ダイバーシティを高めるうえで女性の積極的な活用も重要だが、本稿では外国人の登用を中心に書きたい。

 日本企業が外国籍の人材を積極的に採用するようになったのは、海外市場で売り上げを伸ばしていくことが重要になってきたからだ。人口が減少する日本市場にしがみついていても、企業が成長するのは難しい。そのため、多くの日本企業は海外市場へ打って出る必要に迫られている。

 海外市場を攻略するためには、現地の人材を活用するのが最も合理的だ。言葉や価値観、そして現地特有の商習慣などを日本人が完全に理解するのは不可能に近い。だからこそ多くの日本企業は、外国籍の人材を雇用する必要性に迫られることになった。

 それに伴い、異なる価値観を持った従業員を束ねていくための経営も必須となった。それがダイバーシティという外来語が日本で広まった要因の1つである。

 ダイバーシティを高めようという動きは歓迎すべきだが、今はその方法論ばかりに注目が集まっている気がしてならない。「新卒採用の△割を外国人にする」だとか「社内公用語を英語にする」などという施策は、確かに世間の注目を集めやすい。ただ、そうした手段を講じたとしても組織の変化は表面的なものにとどまるだろう。

 日本企業が本質的に変わるためには、マネジメント層(その多くが40代以上の男性だ)が自分たちとは異なる価値観を受け入れることが必須と私は考える。外国籍の新入社員がいくら増えたとしても、社員がどんなに流ちょうに英語を操れるようになったとしても、それで組織の多様性が高まったとは言えない。会社の屋台骨を支える幹部たちが、新しい価値観をどれだけ受け入れられるか。その度量にかかっているはずだ。

 「度量」などと大層な言葉を使ったが、やるべきことは日本人の上司が外国人の部下の話をきちんと聞くことに尽きるというのが私の持論だ。私がそのような考えに至ったのは、中国に進出している日系企業の取材活動を通じて、成功している企業はどこも風通しが良いと感じるからだ。日本人幹部と中国人スタッフのコミュニケーションが非常に円滑で、組織としての一体感が高い。

ゴーン氏に憧れて日産に入社

 「部下の話をきちんと聞く」――。そんなことはお前に言われなくたって実行している、と言うなかれ。以下は、2004年から日産自動車で働いている呉越氏に聞いた話だ。中国人である呉氏の話を通じて、日本人の上司に話を聞いてもらう外国人部下の気持ちを感じてもらえたら幸いだ。

日産自動車の呉越氏。2013年から中国の東風日産乗用車に商品企画本部副部長として出向している(写真:北山宏一)

 呉越氏は北京生まれの中国人だ。留学のため1991年に初めて日本にやって来た。成田空港から都内に向かうバスの中で見た光景は今でも忘れられないという。(今では中国でも当たり前だが)道路には自動車が溢れており、「このクルマは全部個人のものですか」というのが呉氏の最初の質問だった。当時の中国は、首都である北京でも自動車に乗れるのは特権階級の人だけで、大衆は自転車で移動するのが当たり前だったからだ。

 自動車に対する憧れはその後も続く。苦学して立教大学を卒業した呉氏は最初、日本のある設備メーカーでアジア向けの営業職に就いた。ただ、自動車メーカーで働きたいという思いが次第に強くなり、2004年に中途採用で日産に入社した。

 日産を選んだのは社長であるカルロス・ゴーン氏の存在が大きかったと呉氏は言う。中国人の仲間と話す中で、中国人である自分が活躍できる会社はダイバーシティを重視している日産が一番だという結論に達した。

 確かに日産には多様な人材が働いていた。商品企画本部に配属された呉氏の直属の上司は日本人だったものの、その上を辿っていくとインド人、米国人、ポルトガル人などが続き、最後にはフランス人であるゴーン氏がいた。

 多様な国籍の人々が働く日産であるが、呉氏は当初、自分の存在意義を見出せずに悶々とした日々を過ごしていた。呉氏の役割は、「ティーダ」や「シルフィ」などグローバルモデルに中国市場で売れる要素をどれだけ反映させられるかということだった。

 グローバルモデルは当然のことながら基本的な仕様は全世界で統一されているので、各国の販売部門からは自分の国で売りやすい要素をできるだけ採り入れるよう要請が相次ぐ。それらを基に商品企画本部が仕様を決定していくが、呉氏は思うように中国市場のニーズをグローバルモデルに盛り込めずにいた。

「データあんのか?」と詰問する上司

 入社2年目に転機となる出来事があった。呉氏は幹部が顔を揃える会議で発言する機会を得たのだ。その日の会議で呉氏は、あるグローバルモデルについてサンルーフを標準装備にするように提案した。「中国人は抑圧した生活を送っており、せめてクルマを運転する時ぐらいは開放感を感じたい。サンルーフが付いていれば車高の低いセダンでも室内を広く感じられるので、面子を重視する中国人には喜ばれる…」など中国人としての考えを述べた。すると

 「お前さぁ、データあんのか?」とある部長から詰問が飛んできた。

 データはなかった。当時の中国市場は販売台数がようやく500万台を超えたばかりで、日系自動車メーカーにとっては北米や日本の市場に比べて重要度は低かった。しかも、モータリゼーションが始まったばかりで、中国の消費者がどんなクルマを欲しがっているかまだ精緻に分析されていなかった。会議の雰囲気は重くなり、下を向く呉氏。その時、

 「そういう中国人ならでは発想が大事なんだよ」と別の部長が助け船を出してくれた。

 この一言が呉氏の気持ちをどれだけ救ったかは想像に難くない。実際、この一言があってから呉氏は「中国人としての意見をもっと出していこう」と思うようになったという。

「ティーダ」のモデルチェンジに貢献

 こういうこともあった。中国でヒットするクルマのデザインとして「大気(ダァチィ)」という言葉が頻繁に使われる。直訳すると「立派な」という意味となるが、中国の自動車業界では「押し出しが強い(デザイン)」という意味で使われることが多い。

 ただ、呉氏に言わせれば、大気は外面だけでなく内面も包括する広い概念だという。だからこそ本社のデザイナーに中国で売れるクルマのデザインについて説明する時、呉氏は紫禁城(故宮)の写真を見せるのだそうだ。

北京の中心にある紫禁城(故宮)。明と清の時代の王宮で皇帝が暮らしていた(日産自動車のプレゼン資料より抜粋)

 紫禁城が醸し出す「気迫」や「おおらかさ」、そして見る者を抱擁するかのような巨大さ。言葉には表しにくい大気という概念を呉氏が説明すると、デザイナーは「直感で分かる」と応えてくれるという。一般的な日本人には紫禁城と自動車のデザインが結びつくなど想像もつかないが、これも中国人ならではの発想と言える。

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