国際競争の激化や人手不足を背景に企業現場の労働強化が進む中、心身に異常を訴える会社員が増えている。中でも長時間のデスクワークを余儀なくされるホワイトカラーを悩ませているのが“国民病”とも言える肩凝り。オフィスを見渡せば、わずかでも症状を和らげようと頻繁に首をポキポキ鳴らしている社員が少なからずいるはずだ。
だが、あの“首鳴らし”は我々の想像以上に首に衝撃を与えている、と警鐘を鳴らす専門家がいる。頻度によっては、生死に関わる重大な病気の遠因となる可能性すらあるという。この瞬間も日本中のオフィスで繰り広げられているであろう「首ポキ」。その恐ろしさと、正しい肩凝り治療のあり方を緊急報告する。
(聞き手は鈴木信行)
まずは肩こり研究所の概要と、設立に至った経緯を教えてください。
丸山:五本木肩こり研究所は、肩凝り治療に特化した鍼灸マッサージ治療院です。私はもともとスポーツトレーナーになりたくて体育大学に進学し、在学中から様々なアスリートのケアをしていました。その過程で、アスリートのみならず多くの人の悩みの種でありながら、原因や治療法が十分に解明されていない肩凝りに関心を持つようになりました。歴史的な背景に着目すると、日本人は肩凝りに既に400~500年悩まされている、と考えられます。安土桃山時代には既に針治療が始まっているんです。
安土桃山ですか。
丸山:よく「肩凝り」という言葉を作ったのは夏目漱石だと言われますが、当然、症状自体はずっと前からあって、江戸時代には今で言う“マッサージ業”が産業として生まれています。ただ、これだけの歴史があるにもかかわらず、現代に至るまでその原因さえよく分かっていません。医療技術が急速に進歩していても、命に関わる病気ではないだけに、どうしても研究の優先順位が下がってしまうのでしょう。
安土桃山時代から日本人を悩ます肩凝りの正体
肩の筋肉が硬直して血流が悪くなるのが原因だと思っていました。
丸山:それは正しいんです。ただ、肩の筋肉が硬直するのにもまた原因があって、その大元を改善せず首や肩だけ集中治療しても肩凝りが根本的に改善することはない、というのが私の考えです。私の研究の結論は、肩の筋肉が硬直するのは、主に「胸」「背中」「腰」「股関節周り」「太もも」の筋肉が硬いあるいは弱いから、となります。その結果として負担のかかる姿勢となり、その姿勢が長時間続くことで肩に影響を及ぼすんです。一般的に猫背は丸まる姿勢ということで悪いことだと認識されていますが、実は直立しすぎる姿勢も余分な力みを生むこととなり、首や肩に負担をかけてしまいます。また、「姿勢が悪いのは骨にゆがみがあるからだ」という声もありますが、私はそうではなく、あくまで先ほど申し上げた胸や背中、股関節周り、太ももの筋肉に問題があるからだと結論付けています。
だとすれば、肩周りをマッサージしたり、患部に湿布薬を張ったりするだけでは、根本的な改善は望めませんね。
丸山:そんな考えの下、新しいアプローチで肩凝り治療をする目的を掲げ2012年に設立したのがこの研究所です。ここでは「胸」「背中」「腰」「股関節周り」「太もも」の筋肉の、緩めるべき部分を緩め、強めるべき部分を強めることで、肩の筋肉が固まらない体を作っていきます。
実際に肩凝りが治るのですか。
丸山:週一回、2~3カ月通院して頂き、生活習慣の改善など当方のアドバイスを実践してもらえれば、たとえ60歳以上の方でも現状よりは確実に快方に向かいます。30~40代で来院して頂ければ、「メンテナンスにより生涯肩凝りに悩まされない体質になることすら可能」と考え、治療に取り組んでおります。
なるほど。では、そんな肩凝り治療のプロにお聞きします。肩凝りに悩まされている人の多くがついやってしまう首をポキポキ鳴らす行為。あれは肩凝り解消に役立っているんでしょうか。私自身、一瞬、肩や首が楽になったと感じる時もありますが。
首ポキで「一瞬、肩や首が楽になった」は気のせい
丸山:それは完全な錯覚です。首の関節を鳴らすことを私は「首ポキ」と呼んでいますが、百害あって一利なしの行為です。首ポキは我々の想像以上に首に衝撃を与えていて、頻度によっては、生死に関わる重大な病気の遠因となる可能性すらあります。
えええ。生死に関わるとは、首の骨が折れたり、首の血管が千切れたりする可能性があるということですか。
丸山:“普通の首ポキ”でそこまでの衝撃はかかりません。
なら、なんで首を鳴らすだけで死ぬ可能性が…。
丸山:順を追って説明しましょう。まず、今話している首ポキですが、肩凝り同様、なぜあのような音がするのか正確な原因は分かっていません。ただし有力な仮説はあります。首に限らず関節は骨と骨が関節包という袋のようなものに覆われていて、そこには関節腔という隙間があります。関節腔は普段は滑液という一種の潤滑油で満たされています。ここで、普段は動かさない範囲まで関節を動かすと関節腔の容積が増し、陰圧が発生します。そして陰圧が発生すると滑液に溶けていた窒素や二酸化などの気泡が発生するんです。
なるほど。ちょっと難しいですが、とにかく関節を大きく動かすと、関節周りに気泡が出来るわけですね。
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