クリス・アンダーソン氏が執筆した『MAKERS~21世紀の産業革命が始まる』(NHK出版)によって3D(三次元)プリンターというデジタルツールが市民権を得た。3Dプリンターを使えば個人のアイデアを手軽に形にでき、誰でもがメーカーになるチャンスがある。一方で、3Dプリンターは日本の製造業にどのようなインパクトを与えるのか。3Dコンサルタントの異名を取るケイズデザインラボ社長の原雄司氏に聞いた。
(聞き手は木村 知史)
『MAKERS~21世紀の産業革命が始まる』が日本でもヒットしました。この書籍で大きく取り上げられた3Dプリンターは、知名度がかなりアップしたように感じます。ケイズデザインラボは、3Dプリンターを含むデジタルツールを販売されていますが、影響はありますか。
原:お陰様で各種デジタルツールの引き合いも増えましたし、販売も好調です。マスコミにも多く取り上げられるようになりました。ただちょっと残念なのは、3Dプリンターが日本の産業に与える効果が、偏って解釈されていることです。すごく極端に言ってしまうと、3Dプリンターなら誰でも好きなものが作れる、そのモデルのデータをインターネットでEMSなどの少量生産でも請け負う業者に発注すれば世界中で販売できる、金型産業を含む日本のものづくりは窮地に追い込まれる、みたいな論調でしょうか。
一部の製品では、もちろんそうなるかもしれません。3Dプリンターを使わなければできない形状の製品はありますし、また本当にマニアだけが使うような製品なら、個人で作って売ってもいいかもしれない。
でも、それで日本のものづくりがひっくり返るかというと、そんなことはありえません。ひょっとすると3Dプリンターは“魔法の箱”のように何でも作れると思っている人がいるかもしれませんが、そうじゃないですよね。前提となる3Dデータが必要だし、使用できる材料だって限られている。また、複雑な形状が作れるといっても、製造ノウハウがなければ中途半端なものができあがってしまう可能性だってある。
誰でもがメーカーに簡単になれるかというと、そんなことはないわけですね。
原:もちろん、個人が出したアイデアを最終的には製品として売るところまでにこぎつける、いわゆるアンダーソン氏がいうMAKERSも増えるでしょう。実際に、私の知り合いにも書籍の影響を受けて、会社を辞めて独立した人もいます。MAKERSを夢見ているわけですね。これは決して悪いことではありません。
ただ、私が日本において3Dプリンターの活用方法として期待しているのは、そういったMAKERSの誘発にもつながるのですが、ものづくりを行ううえでのコミュニケーション・ツールとしての活用なのです。新しいアイデアなどができたら3Dプリンターでモックアップを制作。それを様々な人の意見を聞くためのコミュニケーション・ツールとして利用してほしいのです。
この利用方法は、昔から3Dプリンターの活用として言われてきたことです。メーカーが新製品を開発する際に、従来であれば二次元の図面を前に、いろいろと議論してきた。それが3DCAD、そして3Dプリンターが出現することで、実際のモックアップを前にして議論ができる。いわば、“触れる化会議”ですね。モックアップ制作を場合によっては複数回行い、製品開発の際に発生する不具合を可能な限り前出しにすることで、期間の短縮を実践してきたわけです。そういった意味では、日本の大手メーカーには3Dプリンターは既に浸透していると言えるかもしれません。
それが3Dプリンターの低価格化によって、3Dプリンターを気軽に購入したり、3Dプリンターによる出力サービスセンターがスタートしたりするなど、モックアップが手に入れやすくなった。要するに、3Dプリンターによるモックアップが中小企業や個人に広がりやすい土壌ができました。極端な話ですが、町の発明屋さんみたいな人がいたとしましょう。彼がいいアイデアを持っていて、簡単なスケッチとか二次元の図面を基にして熱く提案されたところで、具体的なイメージがわかなければ理解しにくい。ただし、モックアップがあれば話が違います。いいアイデアなのか、実現の可能性はあるのか、どこを改善すればよいのか、などがその道のプロであれば、アドバイスしやすくなります。
アイデアの意図が正しく伝わるということですね。ただ、コミュニケーション・ツールとして3Dプリンターが有効なのは日本に限った話ではありません。
原:もちろん、二次元図面などに比べてモックアップがコミュニケーション・ツールとして有効なのは、万国共通です。ただ、そのコミュニケーション・ツールを生かせる土壌が、日本と他国では全く違います。日本が有利な点は大きく二つあります。一つ目はものづくりのプロが多くいること、そして二つ目が日本は狭い国だということです。
『MAKERS』を読んでおぼえた違和感
ご存知のように、日本は製造業の国です。ものづくりのプロが本当に多くいます。モックアップがあって、それが製品として魅力のあるものだと分かれば、改善案が多く指摘できるのもそのプロなのです。ここの部品は切削部品で作ろうとか、いや板金部品の方がいいとか、さらには金型構造を考えるとこの形状は変更した方がいいとか。彼らは従来からこういったことを二次元図面を基に実践してきた。これが、モックアップがあることで、さらに詳細にできるようになるんでしょう。
そして、日本であれば国土が狭いですから、その気になれば顔を合わせて話ができる。都心部にいたとしても1時間、2時間はかかるかもしれませんが、電車で乗っていける距離にいろいろな分野のものづくりのプロがたくさんいます。こういった有利性を、是非生かさなくちゃいけない。
もちろん、3Dデータを共有すれば、ある程度は遠くに離れていても議論はできますし、最終的には製品ができます。でも本当にいいものができるかどうか話は別です。私も一時、3Dデータをクライアントと共有して、離れた場所で同じデータを見ながら議論したことがありました。ただ、何となく問題を共有しきれない。その時に、思いました。電車で行けるんだから、移動時間をけちらずに顔を合わせて話をしよう。モックアップを前にしながら、詳細な話をしようと。
アンダーソン氏の『MAKERS』の基本的な考えは、もちろん賛成しますし、読んだときはぐさりと刺さりました。中小企業の機動力を生かすためには、参考になるところが本当に多くあると思います。ただ一方で、読み返した時に、ちょっとだけ違和感をおぼえました。これで、本当にいいものができるのかなって。いいものを作るためには、やっぱりその道のプロが顔を合わせて議論するフェーズが必要です。そしてそのフェーズを濃厚なものにできるのが、3Dプリンターではないでしょうか。
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