医師である被疑者との「信頼関係」を築くのにどうして暴力団の話をしたりやくざ系の隠語を用いたりするのか
矢部善朗創価大学法科大学院教授から,
引用されている京都地裁の決定は大阪高裁でひっくり返されています。どっちを信用するかは皆さんのご自由ですが、法制度上は上級審の判断が尊重されます。とのはてなブックマークコメントを頂きました。どちらを信用するか読者の皆様に判断していただくため,地裁決定の該当箇所を,少々長いですが,このエントリーの末尾に引用しておきました。高裁判決については,矢部教授がサイテーションをつけていないので,引用できません(そもそも,公刊されているのでしょうか。)。
ここでのポイントは,国立療養所宇多野病院の内科医長だった被告人との信頼関係を築くために自己の職務内容を説明する中で,暴力団の話や「ポン中極道」という言葉をつかったり,被告人が釈放される際に他の被疑者の連絡役に利用されてはいけないという意味で「ハトを飛ばす」という言葉を用いたというA刑事の供述を,地裁の裁判官は疑い,高裁の裁判官は信じたということです。私には,医師である被疑者との「信頼関係」を築くのにどうして暴力団の話をしたりやくざ系の隠語を用いたりするのか理解しがたいのですが,この程度の弁解でも警察官は裁判官から信じてもらえ,脅迫をしてなかったと認めてもらえるのだとすると,取調べ状況の全面可視化が実現しない限り,取調べ担当の警察官は,被疑者を脅迫し放題で後に咎められることはないということになりそうです。元検察官である矢部教授も,この程度の弁解を取調べ担当警察官から受ければ,被疑者がいっているような脅迫は取調べの際にはなかったと信じるような方なのでしょうか。
ア 被告人の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、平成一二年三月一八日から二〇日ころ、被告人け、警察官A(以下「A刑事」という。)から、「(被告人の居住地の近くに甲野組という暴力団があり、その構成員である)Bというポン中極道のすごいやつがいる。お前とこの近くにおるんやぞ。(本件犯行を)やってへんとか、そんな眠たいような話を続けていると、お前のとこには小学生の子供がおるわな。取り返しのつかないようなことになる。」との趣旨のことを言われ、更に「(A刑事は)警察の中で影響力があって、暴対や生安にも顔がきく。暴走族をやっていたこともあるし、そのつてもある。ポン中極道にハトを飛ばすことは朝飯前や。」「(警察官がそんな無茶はできないのではないかとの被告人の質問に対して)普通のやつはでけへんけれども、おれらは権力を持っている。京都府警三万人という味方もいるし、後ろには検察庁もついていて、正検も専任が六人もいる。いわばお前は自転車で、わしらのダンプカーと衝突するみたいなもんや。所詮勝ち目はないし即死や。」という表現で、暴力団構成員を意のままに用いて被告人の家族に危害を加える旨申し向けられた結果、恐怖感を覚え、同月一九日以降自白するに至った、というものである。
被告人の供述内容は、特異な状況を極めて詳細かつ具体的に描写している上、刑事司法に関する知識に乏しく、勾留中は独居房に収容され、他の在監者からの情報を入手できなかった被告人が通常知り得ない内容を多く含み、迫真性に富むものである。A刑事から申し向けられたと被告人が供述する内容には、京都府警察官の数やBなる暴力団員が起こしたとされる事件など客観的事実と齟齬する部分もあり、その細部については被告人の記憶違いが存する疑いもあるが、上記供述全体を被告人の創作、ねつ造ということはできない。
なお、被告人は、弁護人が連日接見していたにもかかわらず、起訴から約五か月後にはじめて、上記脅迫の事実を弁護人に申告しており、この点で上記供述の信用性に疑問を投げかける立場もありうるところである。しかしながら、被告人は、A刑事において、被告人が同人に関する話を弁護人にした内容を知っていたため、上記事実を弁護人に伝えると、これがA刑事に伝わり報復等をされるのをおそれていたこと、A刑事から、他の事件の例を挙げて、弁護人に告げ口したら弁護人にも不利益が生ずる旨申し向けられていたこと、上記申告当時のころ、子供と面会してその無事を直接確認して安心し、本当のことを言おうと考えて、弁護人に申告するに至ったという事情等に照らすと、不合理とはいえず、上記認定を左右するものではない。
イ 他方、A刑事の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、暴力団の話や「ポン中極道」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した際、被告人との信頼関係を築くために自己の職務内容を説明する中で話をした、「ハトを飛ばす」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した時点、及び、被告人の逮捕後の早い時点で、被告人が釈放される際に他の被疑者の連絡役に利用されてはいけないという意味で言ったなどと、脅迫の事実等を否定するものである。
A刑事の供述は、被告人との信頼関係を築くための話題として暴力団についての話を子細にしたという点で、それ自体不自然な内容を含む上、同じく参考人としての事情聴取をしたC医師に対しても同様に自己の職務内容につき話をしたとするものであるが、この点は同医師の証言で裏付けられなかった。また、A刑事は、被告人が自白に至る重要な契機となったのは、本件発生当日、製薬会社の営業社員と会っていたことが明らかになった関係で、被告人にはコーヒーを飲む時間がなかったのではないかと追及され、その説明に窮したためである旨供述するが、被告人が同営業社員から貰った名刺は同年三月七日に押収されており、これには被告人が名刺を受領したと思料される日付が記載されているところ、これを前提とした取調べは同月一九日以前になされていたことは明らかであるから、A刑事の言う上記の追及が自白の契機となったといえるのか疑問である。そうすると、A刑事の供述は信用性が低いといわざるを得ない。
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